第224話 家族旅行 三日目、家畜市場の光景


 基本的にこの街の市場は、与えられた場に自分で簡単な店舗を作って商売するという形になっているようなのだが、家畜市場の一帯は毛色が違って、槍や斧といった目立つ武器を構えた兵士達が警備し、書類を抱えた役人のような者達が管理する形で商売が行われているようだ。


 そんな市場は頑丈な木の柵で覆われていて、奥の方には屋根で覆われた一帯があり、更に奥にはイルク村にあるような厩舎や、市場という言葉には似つかわしくない大きな建物なんかもあり……そしてそこかしこに兵士達の姿があり。


 コルムが言っていたように入場する際には審査のようなものがあるようで……立派な門を構えた入り口の脇にある小さな門では、市場に入ることなく家畜を預けたりあるいは受け取ったりといったやり取りが行われている。


 その小さな門でやり取りされているのはガチョウや羊といった、比較的小さめの家畜ばかりで……馬などはまた別の所でのやり取りが行われるようだ。


 そんな市場の門の前に立つとカマロッツが、門の前に立つ兵士達に門を開けるようにとの指示を出してくれて……そうしてから私達の方に向き直り、この市場についての説明をし始めてくれる。


「家畜が集まる場というのは、相応に不潔でもありますから、できるだけ人の出入りを少なくしているのです。

 売りたい家畜を預けたり、ちょっとした家畜を買ったりする程度の用事であれば、あちらの門でのやり取りで事足りるという訳です。

 柵を設置したり多くの兵士を配置したりしているのは泥棒への備えと……それと家畜が暴れた時のための備えでもあります。

 暴れ馬が人混みに突入したとなっては大惨事になってしまいますので……そういったことのないよう、壁で覆った上で扱いに長けた者達が常駐しております。

 領内各地の家畜市場の運営はエルダン様が直々に行っており、手数料なども特に取ってはいません。

 そうすることで市場と畜産の活性化を狙っているとのことです」


 馬や牛の家畜達は荷物を引かせたりその背に乗ったり、畑を耕してくれたりと、人々の生活の根底に根ざしている生き物だ。


 その数が増えてくれたなら、人の行き来が活発化し、農作が活発化し……肉などで食事が豪華になり、人々の生活が豊かになっていく。


 もちろん数が増えただけ世話が大変になるだとか、牧草がたくさん必要になるだとかの問題もあるのだが、それでもエルダンは数を増やしたいと考えているようで……そのためにこういった市場を各地に整備しているんだそうだ。


 私達がベイヤース達をもらい、その代わりというか支払いというか、お礼としてドラゴンの素材を譲ったことも、そういった取り組みの後押しになったんだそうで、ドラゴンの素材を売ったりした金で整備された市場の門には、そのことを示すドラゴンの紋章が掲げられているらしい。


 そして目の前の門にも……厳つくて格好良い、本物とは似ても似つかないアースドラゴンと思われるドラゴンの紋章が掲げられていて……カマロッツの説明が終わるなり、門が兵士達の手によってゆっくりと開かれていく。


 そうして市場の中にコルムとカマロッツの先導に従って進み、多種多様な家畜達の、なんとも元気な様子を見ながらゆっくりと歩いていく。


 ガチョウを始めとした鳥達、豚、羊、ロバ、牛、ここらで山牛と呼ばれている白ギーに……長い首の何かに背中にコブがある何か、少し大きめのウサギなんかもいるようだ。


 それぞれがその大きさに合った箱や、柵、小屋の中にいて……牛達は手綱をそこら辺に打った杭に繋がれるという、なんとも簡単な方法となっているが、それでも大人しくしていて……なんとも呑気な顔で用意された飼い葉桶の中の飼い葉をゆっくりと食んでいる。


「それぞれ数は少ないように見えるかもしれませんが、奥の厩舎や近くの放牧地にもいますので必要ならすぐにでもこちらに持ってくることが可能です。

 馬も多くが放牧地にいますが、目ぼしい馬はディアス様の来訪に合わせてこちらの市場に移動させておきましたので、ご満足いただけるかと思います。

 もし放牧地にいる馬のことが気になるならわたくし共にお声をかけて頂くか、それか職員が名前や特徴を書いた絵図を持っていますので、そちらをご参考になさってください。

 ああ、馬はこの辺りではなく奥の屋根のある辺りか、更にその奥の建物の中にいますのでそちらへどうぞ」


 そうした家畜達のことを私達がゆったりと眺めていると、カマロッツが更にそう説明をしてくる。


 それを受けてアルナーは目を輝かせて奥の方を見やり、セナイとアイハンはどの家畜に対しても可愛い可愛いと声を上げて喜び、エイマにあれはどんな家畜なのかと質問を投げかけ、フランシス達は興味深げな視線で周囲を眺め、家畜達を眺め……セキ、サク、アオイの三人は一生懸命に家畜の値踏みをしている。


 そんな中エリーはざっと周囲を見回してから、羊達が囲われている柵の方をじっと見やり……そうしてからアルナーへと声をかける。


「アルナーちゃん、アナタ達って羊を飼ったりはしないの?

 メーアちゃん達が居るからってのは分かるけども……それでもあの草原でなら、羊は衣食住の全てに役立つんだし、飼っても良いように思えるのだけど?

 メーアちゃんと違ってお肉にしちゃうこともできる訳でしょ?」


 あえて鬼人族の名を伏せてのエリーのそんな声に対し、アルナーは奥の建物のことを気にしながら言葉を返す。


「羊か、羊もまぁ悪くはないんだが……メーアがいるとどうしても羊の優先度は落ちてしまうな。

 羊の毛は寒さを凌ぐには良いのだが、汚れがつきやすい上に落ちにくく、洗う時に気をつけないとあっという間に縮んでしまうという欠点もあってな……そのせいで羊毛の衣服なんかを身につけていると不潔になりがちで、病気になりやすいという欠点があるんだ。

 昔の……余裕があった頃はいくつかの家が羊を飼っていたそうなんだが、その家の者達ばかりが病気になってしまうということがあってな。

 それをきっかけに私達は体や衣服の汚れのことを気にするようになり、汚れを落としたり病を防いでくれたりする薬湯や薬草のことを重要視するようになって……今に至るという訳だ。

 肉についても野生の黒ギーや、最近飼い始めたガチョウや白ギーがいるのならそれで十分なんじゃないか?」


「……なるほど、そういうことがあったのねぇ」


 そんなアルナーとエリーの会話を聞いてか、フランシス達が得意げな顔をし、その鼻を上にツンと突き上げる。


「メァー、メァメァン、メァー」


 メーアの毛も寒さを凌いでくれて、羊毛よりも丈夫で縮んだりすることはなく、それでいて汚れは落ちやすく、洗濯なども簡単に行うことが出来る。

 

 自慢の体毛で、その体毛から紡がれたメーア布が皆の日々と健康を守っていて、イルク村の象徴、紋章にまでなっていて。


 フランシスの上げた声はそのことを周囲にこれでもかと自慢しているもので……フランソワや六つ子達もそれに続いて「メァメァ」「ミァミァ」と声を上げる。


 そんな光景を見て私達が微笑む中……待ちきれなくなったのか、ソワソワとし始めたアルナーが、ずんずんと奥へと足を進め始めて……それを追いかける形で私達も足を進める。


 立派な柱が何本もあり、半円を描くような立派な屋根があり、そんな屋根の下にはいくつもの馬房が横に並んでいて……アルナーはその中に居る馬達をひと目見るなり興味を失ったのか、更に奥にある建物へと足を進めていく。


「……アルナー、良いのか? そこにも中々立派な馬達がいるようだが……」


 そんなアルナーに私がそう声をかけると、アルナーはその足を止めて……私の為にと、説明をし始めてくれる。


「そこにいる馬達は体格は良いがな、どれもこれも軍馬ではないんだよ。

 馬車を引いたり鞍や人を乗せたりといった訓練はされているのだろうが……見るからに訓練不足で……馬の顎というか首の形を見ればそれが分かるんだ。

 よく訓練された軍馬は顎を引いて構えるのが常でな……顎を引いた結果、首がこう……弓のように美しい弧を描くんだ。

 もちろん軍馬の中にもそうせずに顎を上げている馬もいるにはいるが……そうだとしても、ここらの馬のように足が細いのは駄目だ、あれではすぐに足が折れてしまうぞ」


 アルナー自ら顎を引いて見せて、自分の後頭部から首の辺りを手で撫でたりしての身振り手振りで説明をしてくれて……それを受けて私は改めて周囲の馬達のことを見やる。


 見える範囲の馬達はいずれも顎を引いておらず……興味深げにこちらにそのつぶらな瞳を向けてきている。


 素直そうで可愛らしく……言われてみれば確かに足が細いようでもあり、私の愛馬であるベイヤースと比べると、どうにも気迫が足りないようにも見えてしまう。


「ちなみにだがベイヤースは軍馬でも通用するくらいには訓練されているぞ。

 私が世話をしてやる時なんかは、顎を引いて堂々として……いつでも戦場に出られるとの気迫を見せてくれるしな」


 更にアルナーはそう説明をしてくれて……それを受けて私は、ベイヤースがそんな風に構えてくれたことなんて一度も無かったような気がするけどな? と、そんなことを思いながら首を傾げる。

 

 するとそんな私に釣られてしまったのか、目の前の馬達も一斉にくいとその首を傾げ始めて、それを見るなりセナイ達はきゃっきゃきゃっきゃと楽しげな笑い声を上げるのだった。


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