第146話 純血
ナルバント達がやってきてから五日が経ち……新たな仲間が増えたイルク村は秋空の下、今まで以上に賑やかな日々を過ごしていた。
賑やかさの理由の一つが、ナルバント達が作ってくれた地機織り機だ。
大きな木枠で作られた椅子に、複雑な木細工をいくつも組み合わせたといった形のそれは、束ねた縦糸を腰につけた器具に固定し、腰で縦糸を引っ張りながら横糸を通し、そうしながら足で織り機に繋がった紐を引っ張って織り機を動かし……何がなんだか分からないうちに布を作り出していくという……私には理解しきれない複雑な仕組みとなっている。
今までのただ縦糸を垂らしていただけの織り機よりも簡単に、手早く綺麗な布が作れるとかで……椅子に座りながら作業が出来るという、足腰への負担の少なさもあってマヤ婆さん達に大好評となっており、その織り機がカタンカタンと小気味良い音を響かせているのだ。
そしてメーアの六つ子達も賑やかさの理由となっていた。
フランシスとフランソワの子供達が元気いっぱいに「ミァーミァー」との鳴き声と蹄の音を上げながら、イルク村中を駆け回っているのだ。
本来であればメーアの赤ん坊は、生まれてすぐに立ち上がり、翌日には元気に駆け回っているものらしいのだが……多産の影響なのか、小さな身体で産まれた赤ん坊達はそうすることが出来なかった。
それがようやく立ち上がれるようになって、その身体をふわふわの産毛で覆うようになって……そうして今までの鬱憤を晴らすかのように駆け回り始めたという訳だ。
その上、メーアはとても賢い生き物であり、賢いからこそ強い好奇心を抱く。
あれは何、これは何、あの音は何の音、この声は何の声。
そんな好奇心に突き動かされた六つ子達のパワーは凄まじいもので……体力が尽きるまで駆け回っては母乳を飲んで眠り、目が覚めたらまた体力が尽きるまで駆け回ってと兎に角忙しない。
同じ日に産まれた犬人族の赤ん坊達はまだまだよちよち歩きで、そこまでの元気さはないが……少しずつだが確実に成長をし続けていて、そう遠くないうちに六つ子達と一緒に駆け回る日が来るのだろうなぁ。
そしてもう一つ、村の皆がこれまで以上に力を入れて冬備えに励んでくれているというのも、賑やかさの理由となっていた。
その中でも特に励んでくれているのが犬人族達だろう。
ナルバント達の分まで冬備えを頑張ろうという理由もあるようだが……何よりもあの日食べたキノコ料理の味が忘れられないというのが最大の理由であるようだ。
セナイ達が森から持ち帰ったあのキノコは香りがとても良く、風味が豊かで、スープなどに入れることでその味を一段も二段も深いものとしてくれる。
あのキノコのほんの一切れを入れるか入れないかで全くの別物かと思う程にスープの味が変わるのだから驚きで、嗅覚に優れる犬人族達にとっては更に別……格別なご馳走であるようだ。
キノコ料理を口にしたあの日以来、暇を見つけては足繁く森へと通い、防柵を作ったあの一帯をじっと見つめて、見守っているようで……そのついでに食料や木材を持ち帰ってきてくれるという訳だ。
『あの一帯のキノコを採って良いのは来年から、そうしなければ二度と食べられなくなってしまうかも』
との言いつけをしっかりと守り、その香りを楽しむだけにとどめて、他の誰かがあのキノコを奪わないよう、あの一帯を踏み荒らさないようにと目を光らせて……帰り際には自分達の匂いを周囲の木々につけることによって、ここは自分達の縄張りだと、立ち入ったらただではすまないとの獣達への警告までする徹底ぶりだ。
……ちなみにだがその警告を無視した獣が居た場合は、その日のうちか遅くとも翌日までには肉となる運命が待っている。
そんな風に賑わうイルク村の光景は、いくらでも見ていられる飽きが来ない光景であり……薪割りなどの作業をしている間も、ついついその光景に目を奪われてしまう。
戦斧を振り回している時にそんな余所見をすべきではないのだろうが……長年使い続けているのもあってすっかりと手に馴染んでいる戦斧は、何の問題もなく薪を綺麗に斬り割ってくれる。
多少雑に扱っても手荒に扱っても、修理が簡単で斬れ味が落ちることのないこの戦斧は、薪割りやら伐採にこそ向いているのかもなぁと、そんなことを考えながら薪を割り続けていると……呆れ顔のナルバントがのっしのっしと地面を踏み鳴らしながらこちらへとやってくる。
「……そりゃぁまぁ、そういう使い方も出来るんじゃろうし、道具をどう使おうが坊の勝手ではあるんじゃが……そりゃぁいくらなんでも、天から罰(ばち)が当たるぞ?」
そう言って渋い顔をするナルバントに私は「うん?」と首を傾げてから言葉を返す。
「確かに余所見は危険なことだし、気をつけるようにするが……随分と大仰な言い方をするんだな?」
するとナルバントはやれやれと首を左右に振ってから、大きなため息を吐き出し……視線を何処へと向けながら呆れ混じりの声を上げる。
「向こうじゃぁ坊の伯父御が竈の火付けなんぞにあれを使っておるし……まったく言葉が無いのう」
その言葉を受けて……ナルバントの視線を追った私は、その先にあるのが竈場であることに気付いて、ああ、なるほどと納得する。
竈などの火付けに使っている私にしか使えないと思われていた火付け杖は、どうやらベン伯父さんにも使うことが出来るらしく、最近はもっぱら伯父さんが火付け役を買って出てくれているのだ。
ナルバント達が村の南……畑の向こうに作ろうとしている工房でも火が必要になるそうで、工房が出来た際にはそちらの火の管理も伯父さんに任せることになっている。
地方の神殿はその地域の防火防災を担っていることが多いそうで……神官としてそういった仕事の経験のある伯父さんにとって火の管理は手慣れたものであるらしい。
……と、伯父さんのことを考えていた私はあることを思い出し、尚も呆れ顔のナルバントへと声をかける。
「そう言えばナルバント、先日作って貰ったあのお守り、伯父さんの分も作ってくれたそうだな。
まさか伯父さんも魔力を持っていないとは驚かされたが……あのお守りを肌身放さずつけていれば問題無いとのことだし、本当に助かったよ、ありがとう」
そう言って私が胸の辺りへと手をやって……肌着の下にあるお守りの位置を調整していると、視線をこちらに戻したナルバントが、更に呆れの色を深くした声を返してくる。
「血が繋がっておるのじゃから、当然伯父御も魔力を持っておらん只人に決まっておるじゃろう。
坊の両親も、その両親も魔力を持っていないからこその魔力無しの只人なんじゃからな」
「……そうなのか?
すると……その、仮にアルナーとの子供が出来た場合、その子もその魔力無しになるのか?」
「何を言っておるんじゃ。
片親が魔力を持っておれば当然その子も魔力を持つに決まっておろう。
純血であればこその魔力無しじゃ、何かの血が混じればそれまで……魔力無しの子が欲しければ魔力無しの嫁を貰うしか手は無いのう。
……お主達が暮らしていたというその神殿とやらは恐らく神々が用意してくださった神域であったのじゃろう。
ゆえにそこに純血の只人が集められることになり、その結果として今まで純血が守られたと、そういうことなんじゃろうな」
そんな言葉を受けて私は……ともあれ子供に魔力が宿ってくれるのなら、私のような思いをすることもないだろうと、安堵のため息を吐き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます