第138話 市場と来客


「買う物を決めたらそっちにまとめて置いておいて! 支払いはこっちでまとめてしちゃうから! 

 品物の受け取りはその後! 皆の買い物が終わるまで我慢しなさいな!

 ああもう! ほらそこ! 差し出されたものをそのまま受け取るんじゃなくて、ちゃんと物が良いかの確認をしなさいな!」


 イルク村へと帰還した私達を最初に出迎えたのは、そんなエリーの大声だった。


 どうやらエリーはそうやって、ペイジン達が開いたらしい市場へと群がる犬人族達を統率してくれているようだ。


 三台の馬車を中心として開かれたその市場には、噛みやすそうな形の骨、薄板のような形に整えた干し肉、犬人族達のサイズに合わせた服やら靴やらマントやらといった犬人族向けの商品がこれでもかと並んでいて……それらの品々を犬人族達が目をキラキラと輝かせながら眺めている。


 品物の方へと突き出した鼻をふんふんと鳴らしてその匂いを堪能してみたり、品物を手にとってしげしげと眺めてみたり、試食という形で振る舞われている干し肉の欠片をじっくりと味わってみたりと、犬人族達が存分に買い物を楽しんでいる中、エリーの一段と大きな声が周囲に響き渡る。


「ちょっと! 保存食がこれだけってことはないでしょう?

 こっちはありったけのメーア布と金貨を吐き出す覚悟なんだから、そっちもそれなりの覚悟で品物を並べなさいな!

 値の張る工芸品や美術品を売りたいって気持ちは分かるけども、冬備えをしなければならない今はそんなもの二の次なのよ!

 それでもそっちがそれなりの覚悟を見せてくれたなら、お付き合いってことで高級品もいくつか買ってあげるから、何よりもまずは食料! 保存が効くものを出しなさいな!!」


 そんな大声を上げながら、帽子を頭に乗せ鞄を首から下げているといういつもの格好のフロッグマンへと凄むエリー。

 すると困り顔でなんとも落ち着かない様子を見せているフロッグマンは、その顔をテカテカとさせながら言葉を返す。


「ハ、ハイハイハイ! 

 保存食デスネ! ワカリマシタ!

 ワカリマシタカラ、モウチョット、ユックリ、オ願イシマス!」


「……あんた、ペイジン・ミとか言ったわね。

 お兄さん達が鬼人族の村の方にかかりきりだとか、初めての国外行商でまだまだこっちの言葉に不慣れだとか……色々大変なのは分かるけども、あんたがそんなんじゃぁこっちも困っちゃうのよ。

 商人なら商人らしく、覚悟と腰を据えて商売に挑みなさいな」


 ペイジン達の弟であるらしいそのフロッグマンは、エリーにそう言われたことで覚悟が決まったのか、表情を引き締めて背筋をぐいと伸ばし、周囲の獣人達へとあれこれと……向こうの国のものと思われる、聞き覚えのない言葉での指示を出し始める。


 すると獣人達はすぐさまに動き始めて、馬車の奥にしまい込んでいたらしい荷箱やら樽やらを引っ張り出してきて……それを見たエリーはにっこりと満足気な笑顔を浮かべながら、それらの中身や値段を一つ一つ丁寧に確かめていく。


 そんな市場でのやり取りをぼんやりと眺めていると、馬上……というかアイーシアの頭上のエイマから声が上がる。


「ボクもエリーさんを手伝ってきますね!

 色々と計算が必要でしょうし……セナイちゃんとアイハンちゃんもお買い物をしたくて仕方ないみたいですから。

 というわけでディアスさん、アイーシアの手綱をお願いします!」


 エイマの言葉に頷いた私が手綱を取ると、エイマはぴょんと地面へと降り立って、市場の方へと駆け飛んでいって……セナイとアイハンもまた私に手綱と空の籠を預けて市場の方へと駆けていく。


 そうやって一段と賑やかとなっていく市場を眺めた私は……今回は私の出番は無さそうだと踵を返し、手綱を引きながら厩舎へと足を向ける。


 ペイジン達が来た際にどんな品物を買うのか、どんな風に取引するのかは既にエリーと話し合ってある。

 その上でエリーとエイマが揃ったとなれば何の問題もなく交渉を進めてくれることだろう。

 

 交渉を得意とするエリーと数字に明るいエイマ、二人が揃った場に私が居ても何の役にも立てないだろうし……逆に二人の足を引っ張ってしまいかねない。


 ……であれば全てを二人に任せてしまって、私は私に出来ることをしていた方がマシというものだ。


 と、そんなことを考えながら馬達を厩舎へと戻したら、倉庫に向かって籠やら森歩きの道具やらを片付け……そうしてからアルナーに帰還の報告をしようと、ユルトへと足を向ける。


 森まで報告に来てくれた犬人族達によるとペイジン達とはまた別の客人が来ているそうだ。


 そちらへの挨拶というか、一体誰が来たのかという確認をしなければと思ってユルトの中へと入る……が、アルナーの姿も、フランソワや赤ん坊達の姿も、客人の姿も見当たらない全くの無人だった。


 アルナー達は一体何処に居るのだろうかと首を傾げた私は、ユルトの中に戦斧やらを置いてから……赤ん坊達が集まっている竈場だろうかと考えて、そちらへと足を向ける。


 そうやって竈場へと近付いていくと、賑やかな談笑の声と赤ん坊達の泣き声が響き聞こえてきて……やはり竈場だったかと頷いた私は、足早になりながら竈場へと向かう。


 そんな私の視線の先にある竈場にはアルナーの姿があり、赤ん坊を抱きかかえる犬人族達の姿があり、ゆったりと横たわるフランソワとその子達の姿があって……更にもう一つ、全く見慣れない何者かの姿がある。


 黄色い体毛に鋭い目に、尖った耳という犬人族に良く似た獣人顔。

 一枚の大きな布を全身に巻きつけた上で、太い腰紐で縛ったというような風変わりな服装で……首には大きな玉を連ねたものを下げている。


 アルナー程の身長で……男性か女性なのかは、その服装が体格を覆い隠していることもあってはっきりとしない。

 ……身体に巻きつけている布に花柄の刺繍がしている辺りから、女性……なのだろうか?


 その何者かは柔らかな笑顔で犬人族達の赤ん坊を眺めていて……そして私が竈場に向かっていることに気付くなり、両手を身体の前でピシリと重ねての、初めて目にする類の独特の仕草でその頭を深々と下げる。


「貴殿が血無し達を受け入れてくれるという……領主殿ですね。

 お初にお目にかかります。獣人国参議の一席を担う、狐人族のキコと申す者です。

 この度は貴殿の人品を確かめるため、お邪魔させて頂きました」


 下げた頭を上げるなり、女性のものと思われる鋭い声でそう名乗ったキコは、その鋭い目でもって私のことをじっと見つめてくる。


 何が何やら分からないままの私が、その目をじっと見返していると……キコはふぅと小さなため息を吐き出して、その顔を左右に振る。


「……まぁ、この光景を見た以上はわざわざ確かめるまでも無かったのですが……。

 それでも念を押しての確認です。

 貴殿は本当にあの血無し達を受け入れるおつもりなのですか?」


 一体何が言いたいのか、何を言おうとしているのか、全く訳が分からないキコにそう言われて私は、ともあれ受け入れるという点に関しては間違いないとこくりと頷く。


「……そう、ですか。

 心の底からそう思っているのであれば、こちらから言うことは何もありません。

 ……獣人としての誇り有る血を失ってしまったどうしようもない愚息達ですが、どうかよろしくお願いいたします」


 何がなんだか訳の分からないままの状態で一つの言葉すらも発していない私にそう言ったキコは、もう一度深々とその頭を下げるのだった。

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