第31話 場所の中で蠢く者達


――――???


 ゴトゴトと揺れる薄暗い馬車の中で、音を立てないように、外の人達に気づかれないようにと気を付けながら、そぉっと木箱の蓋を開けて……うっ、中身は豆ですか……。


 豆は美味しく無いしあまり好きでは無いのですけど……ううん、今は選り好み出来る状況でも無いので持っていくことにしましょう。


 他の木箱は……干し肉に、干し魚に……うーん、果物は無いのでしょうか?


 運良く食料を運ぶ馬車に忍び込めたまでは良かったのですけど、積荷運は無かったと言いますか、なんでまたこう、嫌いな物ばかりが……あっ、この赤い木の実はー……んー、駄目ですね、匂いがとても辛そうです。


 他の木箱も似たような中身で、持っていけそうなのが豆だけとなると……これは旅の途中で苦手な狩りをしないと駄目かも―――。


「おいッ! お前! 何をしているッ!」


 ひ、ひぃっ、見つかったっ?!

 ……って、なんだ、アナタですか……吃驚したぁ。


「お、大声を出さないでくださいよ。外の人達に気付かれちゃったら馬車から追い出されちゃいますよ?」


「耳が短く、聞こえの悪いあいつらが気付く訳が無いッ!

 そんなことよりそれは一体、何しているッ」


「何って……見ての通りですよ、食料を分けて貰おうかと思いまして」


「食い物なんて邪魔になるだけだッ、必要無いッ」


「……邪魔、ですか?

 長旅に食料は欠かせませんよ?

 この馬車を降りたらいつ食料が手に入るかも分からないのですから、ここでしっかり準備しておかないと……」


 皆さんは狩りが得意だから良いかもしれませんけど……いえ、獲物が見付からない可能性だってあるのですから、保険の為にも……って何をニヤニヤしているんですか?


「キキキッ、お前、まだ気付かないッ? この馬車が南で無く西に向かっていること気付いていない?

 お前は少しだけ知恵あって、文字読めて、本を読めるが、でもやっぱり馬鹿ッ!

 砂漠に帰るというのは嘘ッ! 今回の本当の目的はドラゴン殺しッ!

 ドラゴンを殺した人間族を殺して俺達の強さを示すッ! 砂漠に帰る前には砂漠の民の名誉、誇り、取り戻すッ!」


「えっ、う、嘘っ?!

 そ、そんな……皆と一緒に砂漠に帰るからその為に知恵を貸せって、砂漠行きの馬車に忍び込む為の作戦を考えろって、そう言ってたじゃないですか……!」


「お前は砂漠の民で一番の臆病者ッ!

 本当のことを教えたら怯えてッ泣いてッ、知恵を出さなくなるッ! だから嘘教えたッ!」


「だ、誰が臆病者ですか?!

 貴方こそ仲間に嘘をついて、仲間を危険なことに巻き込んで……そんなのは誇り高い砂漠の民の行いではありませんよ!」


「お前のそういう所が臆病だと言うんだッ!

 相手は弱い人間族だッ、勝てる相手だッ! 危険なことは一つも無いッ!」


「あ、相手はドラゴン殺しなんですよ! ドラゴン殺しっていうのはドラゴンより強いんですよ!

 そんなの危険に決まってるじゃないですか!!

 それにボクのこれは臆病では無く慎重と……あっ、っていうか、アナタがそんなことを言い出すってことは、もしかして他の皆も……!?」


 そうやって目の前の彼と言い合っていると、荷物の隙間などに隠れていた他の皆さんが、その通りだと言わんばかりに頷きながら、その顔を覗かせ始めます。


 皆さんはそれぞれに目を見開き、歯をむき出しにし、唸ることで闘争本能を高ぶらせていて……どうやらすっかりとやる気になってしまっているようです。


「砂漠の民は名誉と誇りある一族ッ! 強い一族ッ!

 人間族はずる賢いばかりで貧弱ッ!

 ドラゴン殺しもきっと貧弱ッ、どうせドラゴンを殺す時に卑怯な罠を使ったに違いないッ!」


「罠を使うのは弱い証ッ!

 弱い相手なら勝てるッ、勝てるぞッ!」


「人間族は嘘つきばかりッ! 俺達を騙した嘘つきばかりッ!

 人間族を倒すのは正しい行いッ!」


「俺達は格上ッ! 人間族より、ドラゴン殺しより格上ッ!

 それを外の奴らに、思い知らせるッ! 思い知らせて食料と砂漠帰る手段の両方を捧げさせるッ!」


 と、そんなことを口々に叫び合う皆さんを見て……ボクはもう頭を抱えることしか出来ませんでした。


 顔を伏せて、耳を両手で抑え込んで、皆さんの放つ破滅的としか言えない言葉の数々を耳に入れないようにしながら、どうにかして皆さんを止めようと、どうにかして皆さんを説得しようと、必死に思考を巡らせます。


 街で聞いた噂が本当なら、相手はあのアースドラゴンを単独で、しかも怪我一つ負うこと無く倒す程の方だそうです。


 そんな化物が相手では皆さんに勝ち目が無いことは明白で……ただでさえ砂漠の民は数を減らしてしまって、もう残り少ないのですから、こんなことで皆さんを無駄死にさせる訳には……。


 あっ、皆さんを止める方法を思い付けないのなら、いっそドラゴン殺しさんの方を止める方法を考えてみるとかどうでしょうか。


 皆さんよりも先に馬車を飛び出し、ドラゴン殺しさんに接触して……皆さんを殺さないように許しを乞うとかはー……だ、駄目ですね、そんな危険な真似、恐ろしすぎて考えただけで脚の力が抜けてしまいます。


 うーん、ボクは一体どうしたら……って、あれ? なんだか馬車の速度がだんだんと落ちていっているような……。


 これは……減速、というよりかは……もしかして、停車しようとしている?


 まさか、もうドラゴン殺しさんの住処に着いてしまったのでしょうか!? と、慌てて両手を放して、耳をピンと突き立て、懸命に周囲の音を拾うことで外の様子を窺うと、どうやら外にいる人達の一人が、馬車を停止させよと他の馬車達に号令を出しているようです。


 そうして減速していた馬車達が完全に停車してしまって……辺りが静かになると、号令を出していた誰かと、もう一人の誰かが何やら会話をし始めます。


『ディアス様、アルナー様、わざわざのお出迎えありがとうございます。

 エルダン様とディアス様が交わされたお約束の品、こちらにお持ち致しました』


『ああ、よく来てくれた、カマロッツ。

 ……あー、それでだな、早速で悪いんだが……聞きたいことが―――』


 ディアス。


 それは噂に聞いたドラゴン殺しさんの名前です。その名が聞こえてくるなりに皆さんは尻尾をタシーンと馬車の床や、荷箱に叩きつけて殺気立ち始めてしまいます。


 歯は剥き出しのまま、だけども唸り声は上げずに静かに構え、耳をそばだてて周囲の音や気配に神経を集中させて……殺気をどんどんと高めながら奇襲のタイミングを伺い始めてしまって……。


 もう迷っている時間はありませんでした、皆さんを止めたいのなら今この瞬間に行動を起こすしか無く……それが良い考えでは無いのは承知の上で、皆に嫌われるのも覚悟の上で、もうこうなってしまったら一か八かだと、


「だ、駄目です! 危険です! ボク達なんかでは勝てない相手なんです!

 このままじゃぁ皆殺しにされちゃうんですー!!」


 と、大声で叫びながらに皆さんに飛びついての実力行使での妨害を試みます。


 ただ実力行使に出るだけでは無く、大声を出し、こちらの存在を外の人達にバラしてしまうことで奇襲を破綻させてしまえば、皆さんが諦めてくれるかとも思ったのですが……しかしその目論見は失敗となってしまいました。


 飛びつきはあっさりと回避されて、そしてボクは皆さんに突き飛ばされて……最後には床に叩きつけられてしまって……そうして皆さんは奇襲がバレたところで問題は無いとの態度で、その殺意を鈍らせることなく戦闘態勢を整えてしまいます。


 そんなこちらの騒動に気付いているのか、いないのか。ドラゴン殺しさんはボク達が居る馬車のすぐ側までやってきてしまって……その足音からドラゴン殺しさんが十分に飛びつける範囲に入ったと判断した皆は、馬車の外のドラゴン殺しさんに狙いを定めて馬車から一気に飛び出していってしまいます。


 そうして聞こえてくるのは、皆さんが叫ぶときの声。

 

 ドラゴン殺しさんは皆さんの奇襲を受けて、皆さんに対し何かを叫び……誰かの怒号があって、その後に悲鳴といくつかの衝撃音が聞こえて来て……そうして始まってはいけない戦闘が、始まってしまうのでした。


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