第8話 ディアスの戦い方と男気

 戦斧を振り上げて、振り下ろして、振り上げて、振り下ろして。

 その繰り返しで突進してくる獣達の命を断っていく。


 私の戦い方は力任せに本能のままに戦斧を振り回す、ただそれだけだ。


 志願兵として戦争に参加することになって、ある日にお前はまずは基本的な訓練をしろとお偉いさんに言われて訓練教官とか言う人から剣とか槍とか弓とか、色々な武器の使い方を教わることになったのだが……そのどれもが私の性には合わずに、結局に私が選んだのは戦斧によるこの戦い方だった。


 そもそもに急所を狙えだとか、鎧の隙間を狙えだとか、戦斧以外の武器は扱いが複雑過ぎる。

 相手の動きを読んだりしながら、武器の扱い方を考えながら戦えだとか……そんなこと私に出来る訳が無いだろうに……私の頭の出来の悪さを舐めないで欲しいというものだ。


 その点、戦斧は何も考える必要が無いのが素晴らしい、ただただ相手に向かって振り回して、盾で防がれたならその盾ごと、鎧に防がれたならその鎧ごと相手を粉砕したら良いのだからこれ以上の武器など他に存在しないだろう。


 訓練教官はそんな戦い方では早死するだのと散々に私に怒鳴り散らしていたが、私が戦斧を片手に戦場から生還して、いくつかの小さな戦果を上げて見せると次第に何も言わなくなっていった。

 私の戦果に納得したのか、それともただ呆れただけなのか……今思えば後者だったのだろうなぁ。


 何しろ私の戦い方には致命的な欠点があったのだ。

 その欠点とは……戦斧の扱いが乱暴すぎて戦斧が戦いの途中で壊れてしまうという物だ。

 流石に素手では全身を鎧で覆う敵兵相手に有効打を与えることは出来ず……何度か死にかけたこともあったなぁ。

 戦いの中で何本の戦斧を壊してしまったのかは……数が多すぎて覚えていない。

 

 しかしその欠点は戦場で今も愛用するこの戦斧を手に入れたことで克服することが出来た。


 隣国兵の、なんたらショーグンと名乗っていた男を倒して手に入れたこの戦斧は、とても……異常なくらいに頑丈で、私が全力で振り回しても何度敵に叩きつけても決して折れたり壊れたりすることがなかった。


 それどころかちょっとした刃欠けなどの損傷なら手入れ無しで勝手に直ってしまうという不思議な力まで持っていたのだ。


 なんたらショーグンとの戦いの後にデザインが気に入ったからという理由で拾った物だったが、まさかそんな不思議な力を持っているとは……最初にそれに気付いた時、私は夢でも見ているのかと驚いて、本当に驚いて、夢から覚めろと自分の頬を殴ったりしたものだ。

 

 何はともあれ、そうして私の戦い方の欠点は克服されることとなって、武器が壊れないという安心感から私はそれまで以上に全力で暴れまわるようになり……その結果が皆に褒められる程の大戦果という訳だ。


 

 とまぁ、そんなことを考えながら戦斧を振り回していた訳だが……ざっと辺りを見回せば群れの半分程を狩れたようで、人相手と違って流石に獣相手なら考え事をしながらでも余裕だな。


 残りの獣達をどうするかだが、群れの残り半分はこの惨状を目の前にしてすっかりと萎縮してしまったようで後退りを始めている。

 逃げる獣を一々追い回すのは流石に面倒そうだな、と私が戦闘態勢を解くと、獣達はその途端に一目散にこの場から逃げ出し始める。

 

 そんな獣達を見送ってから……ふとあることに気付いて私は呆然となる。


 獣をたくさん狩れた……それは良い、これだけの数ならたくさんのユルトや食料と交換して貰えそうだから……それは良いのだが、このたくさんの死体をどうやって村まで運んだら良いんだ?


 獣の死体の数は……数え切れない程の量であり、それらを運ぶ手段など当然に私は持っていなくて……一人でこれら全てを何度も往復しながら運ぶとかはいくらなんでも……。


 何か良い手段が無いものかと一応に頭を悩ませては見たが、私の頭では当然に良い答えなど見つけられるはずも無く、ならばもうアルナーに相談するしかないとの結論となって、私はとりあえず一頭の死体を背負い上げて、アルナーの下へと戻ることにする。


 うーむ、運ぶ手段も考えずにただ暴れるだけ暴れてしまって……またアルナーに馬鹿領主と馬鹿にされるのだろうか、それとも考え無しだと怒られるのだろうか。

 彼女がそうする時の視線と声はとても冷たく氷のようで、中々に堪えるんだよなぁ。


 そんなことを考えながらしばらく歩くとどうやら完成したらしいユルトと組み立てが終わりつつある飼育小屋が見えてきて……そうしてそこに立つアルナーが私に気付いて……何故だか嬉しそうな表情を浮かべながらこちらに駆け寄ってくる。


 そんなアルナーの予想外の態度に驚き呆然としてしまう私に、アルナーは弾んだ声で話しかけてくる。


「やるじゃないか!

 初めての狩りで黒ギーを狩るとは、中々の男気だ」


「え?あ、ああ……黒ギーって言うのかこれ。

 いや、それがな、私が狩ったのはこいつだけじゃないんだ。

 マタビを撒いて襲って来た群れの半分程を狩ったのは良いんだが運ぶ手段が無くてな。

 ……何か良い方法は無いだろうか?」


「半分?半分とはどのくらいなんだ?」


「あー……数え切れん、30か40か……100ってことは無いと思うんだが……」


「そんなにか!

 30だとしても凄い数じゃないか!

 そこまでの男気を見せるとはな、見直したぞ」


 なんだ?男気……?

 何故アルナーはこんなに機嫌が良いんだ?今までとはまるで別人じゃないか。

 私が背負う黒ギーと呼ばれた獣の死体を観察しながらアルナーは笑顔まで浮かべている。


 そんなアルナーに私が驚いていると丁度そのタイミングでモールが約束の二頭のメーアを連れながらこちらへと歩いて来るのが見える。

 モールは真っ先に私の背の黒ギーへと視線を向けて、そうして皺だらけの顔を歪めて、笑顔となり声を弾ませながら口を開く。


「おや、黒ギーを狩ったのかい?

 アンタ、中々やるじゃないか、早速男気を見せたね」


「族長!

 こいつが狩ったのはこれだけじゃないらしい、30も40も狩ったそうだぞ!」


「本当かい!そいつは大したもんだねぇ。

 アルナーがご機嫌になるのも納得だよ、随分な男気を見せてくれるねぇ」


「本当にな!私は初めて見たぞ、こんな男気!

 私は村にいって男連中を連れてくる、暗くなってしまう前に、こいつ……ディアスが狩った黒ギー達を村に運んでおかないとな!」


 そう言ってアルナーは村の方へと駆け出していく。

 モールはメーアを飼育小屋の中に入れとくよと私に一声かけてから飼育小屋の方へと向かっていって……私はただただ呆然と立ち尽くしてしまう。


 いやいや、一体何が起きたんだ?なんでアルナーはなんであんなに機嫌が良くなったんだ?

 私のことをディアスと名前で呼びまでしたぞ?

 それにアルナーとモールの言う男気という言葉にはどうにも私の知る男気とは別の意味が込められているように思える。

 そう思わないとどうにもあの二人の会話は不自然で……一体鬼人族の言う男気にはどんな意味が込められているのだろうか、と私は首を傾げながら頭を悩ませる。


 私がそうしているとモールが飼育小屋にメーアを入れ終えたようで杖を突きながらこちらへと戻って来て……手に持つ杖で黒ギーの返り血まみれの私の鎧をコツンコツンと叩いて声をかけてくる。


「大したもんじゃないか、戦争で活躍したとは聞いていたが、アンタ本当に強いんだねぇ。

 黒ギーを一度に30も狩るだなんてね、見事な男気だよ」


「あー……モール。

 その男気って何なんだ?

 アルナーとモールの会話を聞いていると、どうにも私の知っている男気とは意味が違うように聞こえるんだが……」


「……何だって言われてもねぇ、男気は男気だよ。

 その男の価値、働き者かどうか、甲斐性があるかどうか、そんなことを全部ひっくるめて男気っていうんだよ」


「働き者……甲斐性か。

 ……ん?私が甲斐性を見せると何故アルナーの機嫌が良くなるんだ?」


「アンタ……アルナーだって立派な女なんだよ?

 良い男気を前にしたら機嫌が良くなるに決まってるじゃないか。

 別にアルナーに限ったことじゃない、村中の女がそうさ、私だって若かったら黙ってなかったよ」


「……もしかしてだが……男気があると女にモテるだとか、そういう話なのか?」


「それ以外に何があるんだい?

 女にとっては男気が全てだろう?」


「いや、顔が良いとか、話が合うだとか、甲斐性以外にも色々とあるだろう?」


「……はぁ?アンタ何を馬鹿なこと言ってるんだい?

 顔が良いから何だってんだい?それで腹が膨れるのかい?話が合えばそれでメーアが増えるのかい?

 男気の無い男と結婚したら自分だけじゃなくて、生まれてくる子供まで飢えるんだ。

 女にとっては男気が全てだよ、それ以外なんて何の価値もありゃしないよ。

 顔の良さで価値が出るのは女だけさ」


 ……なるほど。

 種族が違い、住む場所が違えばその常識も、価値観も違うと言う訳か。

 それにしても甲斐性が男の価値の全てとは……。

 鬼人族とはこれからも長く付き合うことになりそうだし、余計なトラブルを起こしたりしないように、そこら辺の意識の違いを改めてしっかりモールに教わった方が良いかもしれないな。


 とそんなことを考えながら私が唸っていると……モールは何を勘違いしたのかニヤけた顔をしながら声をかけてくる。


「ちなみにアルナーと結婚したいっていうならね、アルナーは結構な美人で働き者だからねぇ、やや多めになるよ。

 黒ギーの死体なら30頭、生きてるメーアなら20頭ってところが妥当かね。

 アンタなら簡単に狩れるんだろうし、手を出したくなったらちゃんと手順を踏むんだよ」


「は……?はぁ?!

 アレをたったの30頭でアルナーと結婚?!

 いや、それ以前にそれは人身売買だとかそういう話では無いのか!」


「……何を馬鹿なこと言ってるんだい?売買じゃなくて結納だよ、結納。

 王国ではやらないのかい?

 自分と結婚するためにそれだけの男気を見せてくれたならそれで女は誰だって、それこそアルナーだってイチコロってもんだよ、それで結婚は成立、村の女ならそれに文句を言ったりはしないよ。

 ちなみに私は村一番の美人で働き者と評判だったからねぇ、旦那はメーア40頭を持ってきてくれたよ……旦那の見せてくれた男気にそりゃぁもう嬉しくて涙が出たもんだったよ」


 ……鬼人族の結婚観恐るべし、本当に王国とは考え方からして違うんだな。

 ま、まぁ、今私が考えるべきことは領民をどう集めるかということで、結婚だとかそういうことは後回しだ。

 というかアルナーと結婚とか……そんなことをしてしまったら、その先にどんな生活が待っているのか想像も出来ん。


「何をそんなに顔を険しくしてるんだい?

 ははぁ、さては子供の心配だね?安心しな、角有りと角無しの間にも子供はちゃんと出来るさね」


「違う、全然違う、そんな心配はしていない」


 私の上げた否定の声はモールの耳には何故か届かないようで、モールは角無し、つまり私のような人間と結婚した鬼人族の娘の結婚生活の話や、子育ての極意なんかを話し始める。


 私はそんな話を聞きながら、鬼人族との価値観の違いや、アルナーの態度の変化など、予想外の所で増えてしまった悩みの種に頭を痛めるのだった。


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