第5話 記憶の墓標に花束を
高く上昇する艶やかな翼。
フルーレティは、上空から血の匂いを気にして、ロキたちを見つけた。
「む……なんか、あのひとたち二人の世界じゃないです?」
勝利条件忘れてません? と、フルーレティは手の中の宝石を弄んだ。
血のように輝く赤色の石は、ネオンの胸元から奪った標的。
壊せば、たちまちフルーレティとヤドリの勝利となるはずで。
「とりあえず、いったん勝負を終わらせてもいいでしょうか」
力を持て余すフルーレティにとって、今回の勝負は単なる茶番だった。
どちらが勝とうが楽しければいい。そして今、当事者二人は完全に、フルーレティの存在を忘れている。
なら、この辺でお開きにしましょうか、と指先に力を込めようとしたその時だった。
「……勝ち逃げなんて許さない……! こっち向きなさいよ!!」
銀の銃弾が、時雨のように頭上に降り注ぐ。
幾重にも空中に張り巡らされる、魔具による転移陣、そして、襲撃者自身の魔力による鏡の結界。
結界を通った銃弾が、舞い、狂い、フルーレティ目がけて嵐のように渦を巻く。
「ひゃ……っ!?」
咄嗟に回避しようと急降下したところを、新たな鏡が捉える。不気味なほど澄んで輝く鏡に映る、合わせ鏡の自分自身。背後に迫る無数の弾丸。
「痛いのは嫌いなんですっ!」
フルーレティは拳に力を込めて、魔力鏡をブチ破る。パリン、と小気味良い音が、落下していく魔力片とともに遠ざかっていった。
「そんなに無暗に撃ったら、ネオンさんの方の宝石に当たっちゃうかもですよー?」
「知らん、ルールとかこの際どうでもいいから、あんたに一発当てさせろ!」
「あらー……」
フルーレティは思わず笑った。
そして、哀れな格下の生き物を、とても愛おしく思った。
地獄に生まれ堕ちた者は、時が朽ちるまで生まれた姿のまま。ゆえに地獄生まれの悪魔にとって、自己とは絶対的で不変のもの。
しかし、”そうではない場所”から来た悪魔は、もがき、足掻き、変化を夢見て手を伸ばす。
自分にはないその価値観を、フルーレティはとても異質に、そして面白く思った。
(ああ、どうして、そうまでして戦うの? どうして、変えられないものに抗うの? やっぱり、あなたは珍しくて楽しいです)
変化は魂の死だ。なぜ積極的に、死を求める?
どうせ変われない世界で。死ねないくせに。
死の舞台で踊る、踊る、舞台から降りられない魂のショー。
それはとても滑稽で、哀れで、愛おしい。
(あなたが私に勝てるわけない。絶対に変えられないものって、あるんですよ)
そう、変化は、死だ。
あなたに死んでほしくない。
出口のない舞台で、夢だけを抱いて一生踊っていて。
情けのつもりで、フルーレティはネオンに向かって魔弾を発射する。
彼女が怯んだ隙に、連撃ですべての魔力鏡を薙ぎ払った。
紅の瞳にひらく瞳孔が、殺意の籠った視線で刺す。
その激情を、悪魔貴族はとても美しく思った。
ちっぽけで美しいひと、永遠に変わらないで。
私の街で、いつまでも楽しい夢だけを見ていればいい。
「偉っそうにへらへら笑ってんじゃない……っ!」
破壊された鏡の破片が、キラキラと散る。
エゴと意地のぶつけ合いに不釣り合いなほどに、煌めいて舞う欠片が星屑のように光る。
「ネオンさん、大怪我したくなかったら諦めてください!」
フルーレティが放つ無慈悲な魔力の塊が、前方に迫っている。
あいつは本気で私のことを吹き飛ばせるだろう。そして、何食わぬ顔で、治療して再生させることだってできる。
気に喰わない。
恵まれた安全な場所で、胡坐をかくことしか知らないくせに。
何もかもが自分の思い通りになると信じ込んでる奴なんて、みんな、みんな。
「大嫌いだ……っ!!」
手繰るのは、地獄の摂理を引っ掻き回す”可能性”。ロキの生み出した、魔具というかたちの反逆。
魔具の力を借りて、ネオンの背後に、ビルの残骸を呑み込むほどの巨大な魔力鏡が聳え立つ。
たちまち標的へと光が降る。スポットライトを浴びるフルーレティとは対照的に、影になったネオンのシルエットが白い光の中に浮かび上がった。
そのかたちは、まるで人間そのもので。
フルーレティは一瞬、懐かしさを覚える。
「無駄です、そんなオモチャで多少魔力を強化したところで、防げるわけが……!」
フルーレティの魔力は勢いを変えず、鏡ごとネオンを貫こうとする。
しかし、わずかに感じる魔力の流れの違和感に、思わず息を呑んだ。
(彼女、何かに護られている……? あの子の周りだけ、妙に力が薄まる……!)
魔具による抵抗か。いやそれは違う、とフルーレティは直感で理解した。
(嘘、だって、この加護は、)
動揺したフルーレティに、スポットライトからの銃弾が直瀑のように流れ注ぐ。
飛び散る血飛沫の中で、悪魔貴族は遠い記憶の中の景色を見た。
地上。悪魔狩り。追われた記憶。流れる血。
絶体絶命。匿ってくれた人間。異形が見える子供。ゆえに迫害された少女。
奇しくも出会い、彼女に捧げた気まぐれは、同情から来るものだっただろうか?
(この加護は、私がはるか昔に、たったひとりの人間にあげたもの……!!)
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