第89話 ラストスパート(16)

 トップ3。この時点で、妃美香を先頭に有紀、恵の体制ができた。そのすぐ後に「602」、「603」遅れて芽久美となる。

 集団の5人に殆ど差はない。差はないが妃美香のトップは揺るがない。有紀もここまでただ後ろを走っていたわけではない。「602」を抜いて妃美香の後ろにつくと幾度となくアタックをした。だが、その全てを妃美香はかわしていった。かつてのチームメイトとして手の内を知り尽くしているだけにお互いの攻防もまた激しかった。


(ふーん。有紀もそれなりに成長しているか。でも、とは違う。まだ私を満たしてくれそうにないわね。だけどその成長、ただ時を過ごしてきただけではなり得ませんわ。昨日のレースがそうさせたのでしょう。その要因・・・・・・きましたわね。プレッシャー!)

 

 妃美香は後ろから迫る恵を背中で感じ取った。練習走行のときに感じた気迫をはるかに凌ぐ挑戦的なもの。それは、この2周のあいだにグンと成長した証であった。セイントレアの選手と競い合った一瞬一瞬が恵の気迫を鋭くしていった。


(そう、もっとガムシャラに追ってくることね。私を楽しませなさい!)


 妃美香はフッと笑うと速度をグイッと上げた。有紀との差が開く。有紀もすかさず加速して妃美香の前に出ようとするが、すぐにかわされる。恵もひらいた差を詰めていく。


(凄い。単純な追いかけっこじゃない。新川さんの加速が続かないように神沢はかわしている。でも、変な感じ。一気にケリをつけようとしない。まるで何かを待っている感じ)


 恵は有紀と並んで走る。この先を抜ければ、狭い林道に入る。ここを制することができなければ、置いて行かれないようについて走るしかない。もし、妃美香に先頭を取られれば、スリップ一つでみるみる引き離されることは簡単に想像がついた。ミスは命取りだった。


 恵はチラリと有紀に目を向けると、有紀も恵を見た。お互い軽く頷く。


(神沢!ここで仕掛ける)


 恵はもてる力を振り絞り加速していく、妃美香の背中がやけに大きく見えた。

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