第72話 女王の威風(4)
「おっし、準備できた」
瞬がマウンテンバイクにナンバーを付けた。「1013」のプレートが結束バンドでフロンに取り付けられている。ちなみに美樹雄は「1012」、恵が「607」である。
「試走に行こうよ。コースが少し変わったんだね」
恵がプログラムのコース図を見ている。
「まあ、走れば分かるでしょう。僕が先頭走ります」
「おう、頼むよ。またあの妃美香様に会うとやっかいだからな。取り巻きも一緒だと近寄れないぜ。ケツは俺が行くよ」
瞬がドリンクを口にしながら、美樹雄に3番目を走るという合図をしていた。
三人がスタート地点に向かっている途中、有紀と顔を合わせた。他の東第一の部員もいる。部員一同が、恵達に挨拶をして握手をしていった。スラローム種目に出場していた選手もおり、互いの健闘を称えあった。
東第一はクロスカントリーをはじめ出場者が多いので、朝見校のようにグループというよりは、集団という状態である。クロスカントリーをメイン種目にしている部員は、AやBクラスに出場する。選手層が厚いチームだ。有紀も次回からはAでエントリーするとのことだった。
「神沢に会いましたか?」
有紀と恵がにこやかに話しているところに美樹雄が入った。
「会いましたよ。あちらも選手を揃えているみたいね」
「セイントレアの自転車部はロードしかないと聞いたけど。よくマウンテンバイクにエントリーしたなと。何か聞いてますか?」
「私もさっき知りました。部長からの話ですが、ロードの選手何人かがマウンテンバイクに転向したそうよ」
有紀が声を潜めて、恵達に話した。
「転向したのですか?助っ人ではなくて」
美樹雄が確認するのを恵と瞬が注目して見ている。有紀は静かに頷いた。
「あーっ、いたあ。有紀ネエ、美樹雄兄ちゃん。恵ネエも。瞬ちゃんだあ」
元気のいい声を響かせて、芽久美が手を挙げて走ってきている。後ろには3人のメンバーを引き連れていた。
「相変わらずのその呼び方止めね?」
瞬が苦笑いしている。半ば諦めており、挨拶代わりの言葉になりつつあった。
「いいじゃん。瞬ちゃんは、瞬ちゃん」
芽久美は楽しそうに笑っている。
「メグちゃんは、もう試走したの?後ろの子はチームメイトかな」
「そうだよ。今日が初参加だから、一緒に試走してきたんだ」
芽久美は後ろにいるチームメイトを紹介した。男子1人、女子2人。3人とも小学3年生で、この大会がデビュー戦だという。ジュニアクラスに出場する。
普段は幼く見える芽久美も後輩の世話を焼いているこの時は、恵の目からも逞しく思えた。
「そうだ、有紀。水城さんとメグも試走に同行させてくれませんか?」
美樹雄が有紀に頼み込むと、有紀は先輩に確認して了解の返事をもらっていた。
「美樹雄兄ちゃん、私はまだ」
芽久美が後輩を気遣いながら断った。
「大丈夫。僕がその役引き受けるから。コーチにも言っておくよ。一応これでもSSSの先輩だからね」
「そりゃあ、私より美樹雄兄ちゃんと走った方が頼もしいよね」
芽久美は後ろにいる3人に確認するとみな緊張しながらも頷いていた。美樹雄、有紀、妃美香はSSSチーム内では、あこがれの先輩である。
「じゃあ、俺もこっちに移るか」
瞬はそう言いながら、小学生選手の後ろについた。
「えーっ、瞬ちゃん残るんだ」
芽久美がガッカリした声を上げた。
「ケツがいるだろ。男子はどうせ午後からだし、アップには早すぎらあ。それより、メグはアップとはいえ東第一について行けるようにしないとな」
(なるほど)
瞬の含みある言葉に恵は頷いた。
「じゃあ、行きますか。先輩お願いします」
有紀が声を掛けると東第一の部員は三年生を先頭に一斉に走り出した。恵も芽久美もその後に続いた。
美樹雄と瞬は一団を手を振って見送った。
「まあ、あれで神沢の集団に出くわしても大丈夫か」
「ええ、そうですね。それに、Aクラスで走る選手もいますから。良い刺激になります」
「だな」
「それじゃあ、僕たちも行きましょうか。どんなコースかな。ついてきて」
美樹雄がゆっくりと走り出すと、小さな選手が懸命について行った。その後ろを瞬もついて走った。
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