第70話 女王の威風(2)

 奈美と妃美香の沈黙が続き、あたりに冷たい空気が漂う。


 この異様な雰囲気は鈍感な恵でもさすがに気がついた。理由は分からないが、奈美と妃美香の間に立った。


「あーっ、奈美ちゃんはエントリーが間に合わなかったんです。今日は、よろしくお願いしまーす」

「あなた、誰?」


 妃美香が目を細めて割り込んできた恵を見た。


「私は、朝見校自転車部、部長の水城恵です。なんせ、新設部なもので、これから活気づいてきます。よろしくお願いします」


 満面の作り笑顔で恵が手を差し出すと、妃美香はそれを無視して奈美に視線を移した。


(あらまあ)


 恵が差し出した手のひらをマジマジと見つめると、その様子に妃美香の周りにいる部員が笑った。


「神沢、セイントレア学園は礼儀を重んじると聞きましたが、あれは戯れ言ですか?」


 美樹雄が妃美香を制するように語気を強めて言った。赤いウェアの部員が美樹雄に詰め寄ろうとするが、妃美香が手をあげて制止した。


「ええ、そうね。セイントレアは礼儀を重んじます。ただ、礼儀とは対等の立場にあればこそ成り立つもの。そう、美樹雄と私であればそれもあるでしょう。でも、そこに立つ人は、はたしてどうでしょうか」


 妃美香は恵にさげすんだ視線を注ぐ。その視線は、ただ見下すものだけではなく、明らかに敵対心をもっていた。


 奈美の目が鋭くなり、黙っていたその口が動く。


「妃美・・・・・・」


「あーっ、私、思いだした!ほら、確かトイレで紙を差し入れたんだけどなあ。あの時は妃美香ちゃん、礼儀あったのになあ」


 奈美の声を遮って恵が身振りを入れて言った。


「なんだそれ。初めて聞くぜ」


 瞬が面白そうだとばかりに割り込んできた。奈美や美樹雄、他の部員達は呆気にとられている。妃美香の顔がひきつった。


「あら、私も思い出しましたわ。水城恵。練習日に必死で走行して、失速した人かしら」

「ええ、そうです。その節は大変お世話になりました。良い勉強になりました」


 恵は作り笑顔満載で再び手を差しだした。


「いいえ。こちらこそ。よしなに」


 妃美香がニッコリしながらその手を握った。周りの部員達は一斉に恵を鋭い視線で睨んだ。恵は笑顔を崩さずに妃美香を見ている。お互い顔をひきつらせたまま・・・・・・


 一連のやりとりの後、チームは別れた。


「お見事です。さすが水城さん。神沢を相手に一歩も引かないなんて。噂になりますよ」

 

 美樹雄が恵の肩を軽く叩いた。冗談ともとれぬ美樹雄の言葉に恵は再び顔をひきつらせる。


「美樹雄も瞬もありがとう。おかげでうまく切り抜けられたよ。いやー、怖かった。神沢さんもだけどなに?あの他の人たち。まるで親衛隊だね。本当にやられるかと思った」  


 恵はホッと胸をなで下ろしていると、奈美がギュッと手を握ってきた。


「恵ちゃん、ありがとう」

「えっ、なにが?」


 恵は奈美に首を傾げてみせた。恵だけでなく美樹雄と瞬も当然、奈美と妃美香の間に何かあったのだろうということは気がついている。だが、恵があえて気づいていない振りをしている以上、美樹雄も瞬も気づいてないということに徹した。このあたりは何とも奇妙な連携である。


「おっと、こんなところで余計な時間を使っちゃった。さあ受付、受付っと」

 

 恵は本部テントへ意気揚々と歩いて行った。

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