第35話 千年

「おらおらおらおらおらッ!!」


 今、戦場で一番輝いているのはロージャンだった。

 先陣を切ったロージャンは怒涛の勢いを崩さず、マグマガントレットに連撃している。


「っ――!」


 マグマガントレットはロージャンの連撃に少し遅れる形で反撃の手を加える。

 あいつが何かに呪われているというのは眉唾な話でもないようで。


 俺はマグマガントレットの法則性について推察するよう状況を見守り続けていた。


「おらどうした木偶の坊! その剣は飾りかよッ!」


 勢いではロージャンが勝っている。

 ロージャンの拳はマグマガントレットの甲冑を幾度もとらえるよう、甲高い音を響かせていた。


 とは言え、マグマガントレットは未だ傷一つ負ってない。


「っ!」


 その時、マグマガントレットが左手に持っていた火炎剣を大きく振りかぶり。


「来るぞ! 消火隊前へ!」


 フガクが消火隊を前に出した次の瞬間――ッッ!!


 一際大きな炸裂音が轟き、視界一面が真っ赤な烈火の炎に包まれた。前に陣取っていた消火隊の三人が守るように火炎を防いでくれたからいいものの、広範囲に及ぶ火炎の威力はすさまじいものがある。


「大丈夫ですか!?」


 俺を守ってくれた消火隊の一人は、先日、俺を殴り飛ばした男だった。


「ありがとう、貴方に命を救われたのも二度目だ」

「至極恐悦であります、アレの火炎は距離を取れば防げなくもないのです」


 そのようだな、ロージャンはどうなった?


 マグマガントレットの火炎は距離を取っていればその分威力も弱まるが、あいつは至近距離にいたしな。もしかしたら今の一瞬にして全身を黒焦げにされた可能性もある。


「無駄なんだよ無駄無駄無駄無駄ッ! 一度目にした攻撃は俺に通用しねぇぞこら!」


 どうやら無事だったようだ。


 フガクもそうだが、フォウの軍勢はマグマガントレットとの戦闘経験に一日の長がある。それを証拠にマグマガントレットの剣を振りかざすモーションからどんな攻撃が来るのか予測立てていた。


 マグマガントレットの背後に回ったロージャンは再び連撃を繰り出す。

 ロージャンの攻撃がヒットするたび、甲冑から甲高い音が鳴り響くのだ。


「…………」

「シレト殿、貴方は加勢しないのですか!?」


 そばに控えていた消火隊の一人からこう言われ、判断を逡巡している。


 七大角獣とはいえ、相手は人間大の甲冑姿の二足歩行のモンスターだ。

 その所作は人間のものと酷似している。

 今ロージャンに加勢するよう懐に飛び込んでも、連携を上手くとれそうになかった。


 と言うのが、判断に逡巡している理由の一つで……妙な気配を感じるんだよな。


 それは俺が地球に居た頃の既視感で、俺達は奴に舐められているような気がする。マグマガントレットの力は、この程度なのか? と、あえてそう臭わせている気がしてならないんだ。


 すると――――


「……」


 マグマガントレットは、俺の方を向き、じっと見詰め始めた。

 ロージャンの攻撃はこれ以上届かないと判断したのか、蔑ろにしている。


「どこ見てやがるテメエッ! お前の相手は俺だろうがよッ!」

「……無駄だ」

「っ喋った!?」

「見ての通り、お前の攻撃は俺の甲冑に傷一つつけられない」


 ロージャンの攻撃は、奴に届いてない。

 そうだとしても、ロージャンの拳はノーモーションで岩を砕く威力を持っている。


 マグマガントレットの黒い甲冑は、どれほどの強固さを誇示していたのだろうか。


「へぇ、そうかい、なら次の一撃でテメエに泣きっ面かかせてやるよ」

「……」

「何か言えよ、喋れるんだろ?」

「千年」

「千年?」

「……千年早い、出直してこい三下」


 ロージャンはマグマガントレットに対峙し、身を震わせると咆えた。


「上等じゃねぇかッ!! この俺を三下呼ばわりしたこと後悔させなきゃなぁ!」


 ロージャンがそう口にすると。


「凄い、あの人に戦場の魔力が集中していくかのようだ」


 消火隊の一人がロージャンを取り巻く光景に驚くようそう言った。


 魔力の才能がない俺とは、見えている物が違うんだろうな。


「シレト殿、失礼を承知で進言致します! マグマガントレットと戦っているのは貴方のお仲間ではないのでしょうか! もし、加勢するチャンスがあるとすれば今しかないと私は考えます!」


「ロージャンはプライドの高い人なんだ、今ここで俺が手を出すと、後悔させるだけだと思える」


 そう言うと、俺を守ってくれていた戦士達は苦々しい顔を取っていた。


「ロージャンはそう言う奴なんだよ、仲間だから、わかるものだってあるだろ?」

「私は、あいつを退けてくれるのなら誰だっていい、なんだっていいとしか思えません」

「マグマガントレットに家族でも殺されたんですか?」

「――弟が、あいつの手によって、憎まれ口すら届かない所に逝ったんです」


 彼のように、マグマガントレットに親類を殺された手合いは少なくない。


「元はと言えばテメエが全ての元凶だ!! テメエのおかげで取り戻せなくなったものは大きいぜ! だから俺はテメエが許せねぇんだよ!」


 ロージャンはフォウの民草の声を代弁するように、黒曜の剣士に怒りをぶつけている。ならば、ロージャンが今からマグマガントレットに見舞う攻撃は、歴とした復讐の刃だった。


 俺と俺の仲間は復讐という名のもとにつながれている。


 ロージャンはその歪な絆を改めるように、右拳に全身全霊の力を籠めていた。


「テメエはッ!! この一撃でこの世から消えろやああぁッ!!」


 ロージャンの最大威力の一撃は、戦場に一陣の風をもたらした。

 マグマガントレットに相対する俺達の前方から背後に向かって風は吹きすさぶ。


 ――ピシ。


 対峙しているマグマガントレットの甲冑から、亀裂音のようなものが鳴る。


「……へ、見たことかよ、テメエの甲冑にヒビ入れてやったぜこら」


 マグマガントレットに自信の最強攻撃を喰らわせると、ロージャンは前のめりに倒れてしまった。


「――」


 黒曜の剣士はその瞬間を逃さないよう、倒れたロージャン目掛けて火炎剣を振り上げ。


「ッ!」


 振り上げられた火炎剣は炸裂音をともなって、無情にも下ろされた。


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