第33話 マリアとの面会

 滅亡寸前の街の光景なのに、なんでこうも愛おしく思えるんだ。


 一国の首都だけあって、この街はかなりの巨大な都市だった。

 今この街にいるのは決死の覚悟を決めたような連中ばかりで。


 マグマガントレットが接近する前日の朝、街は静謐せいひつな風景を見せていた。


「マリアとの面会時刻がわかり次第、それに連絡を入れる」


 朝食の席の時、フガクから通信用の魔道具を渡された。

 マリアとの面会はフガクが全力で努力してくれるらしい。


「面倒ばかり掛けて悪いな」


 そう言うと、俺の隣にいたロージャンが気炎をつくため口を開く。


「まぁーったくだよ、ちょづいてるテメエの面、今すぐにでもボコってやりたいぜ」

「ロージャンに迷惑掛けた覚えはないから」

「はぁ!? 元はと言えばテメエがあの時弟を殺っておかなかったのが原因だろうが!」


 ロージャンのまともな反論を聞き、フガクが何か言いたそうに俺を見詰める。


「……この件が終わったら、次はクロウリーのもとに行く予定だ」

「ロージャンの言う通り、殺るのか? それでいいのか」

「このまま行けば、後悔しそうだから」

「そうか、ならその時は俺も同行する」


 クロウリーは性根がひねくれた俺が異世界イルダで唯一持った兄弟の絆だ。

 だから、正直クロウリーをこの手に掛けたくないよ。


 クロウリーから犯行を告白された時、逃走を図ったのは時間が欲しかったから。

 自分と瓜二つの姿を持った弟の命と、復讐の果てにある将来を天秤にかけ。

 結果的に俺は復讐を選択したわけだ。


「……ほんじゃ、俺はこれで失礼するぜ」

「どこに行くんだロージャン?」

「マグマガントレットと一戦やり合う前に、ひとっぷろ浴びるんだよ」


 ロージャンは気の抜けた声音で、お前も来るか? と誘ったが、断った。


「連れねぇ奴、じゃあな、明日、戦場で会おうぜ」

「……フガク、俺もちょっと席外すよ。マリアとの面会の件は任せる」

「わかった」


 朝食を摂り終えたあと、一人の時間をもうけた。


 明日、俺の命運は左右される。


 程度は低いものの、王立学校に所属していた時もいくどか似たような状況があって、そんな時は決まって一人の時間をもうけていた。昔は今ほど張り詰めた思いをしてなかったから、人生オワタなどとの戯言を日記に付けていたかもしれない。


 異世界に来てから小まめに付け始めたあの日記は処分してくれているのだろうな?


 今日は空からフォウの首都を眺め、精神統一に耽溺していた。

 一人で色々と思弁するのが癖みたいになっている。


 ……この後でマリアと会って何を話そう。

 フガクから聞かされた限り、彼女は俺のために黒曜の剣士を召喚したらしい。


 何故?


 巨大都市の空に浮かび、彼女についても思考を広げていると、フガクから渡された通信用の魔道具がベル音を鳴らす。どうやらマリアに面会する時が早々に来てしまったようだ。


 § § §


 通信用の魔道具越しに、面会の許可が下りたことを伝えて来たフガクにどこに行けばいいか尋ねると、フォウの首都の中央にそびえる城へと通された。ゴシック調のお城は街の建築物よりやや古風だが、立派だ。


 正面入り口から城の中に進むと、赤いカーペットがしかれた中央階段の前にフガクと立派なあごひげを持った男性がいた。その人物は黒いスラックスを穿き、上はワイシャツ姿だった。


「フガク、そちらの人は?」

「この国の代表をしているアッシマ殿だ」


 フォウの代表は、イングラム王国のトップの王様とは違い、意外と若かった。

 ぱっと見、年は四十代の働き盛りの男性だ。


 礼儀としてお辞儀すると、アッシマは口を開き、存在感のある声音を出した。


「挨拶はいい、それよりも手短に面会を済ませよう。今回は私も同行する」


 アッシマは足早に踵を返し、城の一角の塔に俺達を案内する。

 そこには幽閉中の身であるマリアが黒いワンピースを着て待っていた。


「……こうして生きて会えたのはいいけど、何を喋ったらいいのかわからないです」


 マリアの第一声は、俺も覚えた気持ちだった。

 彼女は涙を流すわけでもなく、痩せこけた様子で俺を見詰めている。


「彼に触れてもいいですか?」

「許可できない、この距離を保ったまま話を続けてくれ」


 よく見ると、マリアの足には動けないよう鎖でつながれていた。


「一つ聞いていいか?」


 俺はマリアに、純粋に一つ聞きたいことがあった。

 するとマリアは失笑し、普段の活気を取り戻したかのようだ。


「変わらないね」

「何が?」

「シレトくんの口癖、何でも知りたがってるのか、いつも一つ聞いていいかって言いますよね」


 彼女は俺の口癖を聞き、安堵したみたいだ。

 隣にいるアッシマを窺うと、厳しい表情を崩さない。


「なんで、君はそこまで俺を大切に思ってくれているんだ。俺が君に何をしてやれた」

「……シレトくんは、前世のこと覚えていますか?」

「覚えているよ、けど君に関係するような記憶はないな」


 答えると、マリアは眉根をしかめ、悲しそうにする。


「もしかしたら、私の方が勘違いしていたのかも知れませんね。けど、私の記憶のなかでは、貴方は私を助けようとしてくれた……ただのそれだけなんです、私が覚えていることも」


 次第に彼女は両眼から落涙して、嗚咽をついて。


「私、せっかく地球から転生して、今度こそ天寿をまっとうできればと思っていたのに、どうしてこんなことになったのか、っ自分でもわからなくて、今度は私が貴方を助けたかっただけ、なのに」


「これにて面会は終了させてもらう」


 きっと、マリアはここに幽閉されてからずっと心を閉ざしていたのだろう。


「待って! せめて彼と最期のお別れをさせてください」


 俺を特別視した様子で、言葉を貰いたがっていた。


「……マリア、俺から言えることはそうはないけど、きっとこう言えばいいんだよな」


 ――ありがとう。

 彼女に対する感謝の気持ちは正直よくわからないけど。

 彼女がこの時を最期だと見ているのなら、こう言うのが正しかったんだと思う。


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