第40話 マティアスくんの秘密は知っておいた方が良いのだ【後編】

 討伐対象にハメ技を仕掛ける……じゃなかった、後衛が魔法や弓なんかで、その動きをできる限り封じる。そこら辺は、攻撃の手順としては基本の第一手であるらしい。

 そこへ前衛であるルドルフさんたちが、剣や槍にて物理的な攻撃を加える。たいていの敵は、これで殲滅できるらしい。


 うん、確かに。お部屋に出没するGの脚を止めるのは大切。でも、それは至難の技。


 では、巨体を誇る敵だったらどうするのか。その場合は大きな氷山のような氷の塊を上空から落とすようだ。

 おー、氷でメテオストライクか。相手がいくら大きくっても、それだったらひとたまりもないね。


 数にものをいわせる敵の場合は、鋭い氷の矢を天から雨あられと降らせ、離れた相手でさえ一匹たりとも逃さないという。

 おー、アイスアローか。動けない敵に、氷の刃。まったく容赦ないね。


 それでは、ルドルフさんたちのような腕利きの前衛でも手こずるような、恐ろしい敵と遭遇してしまったらどうするの?


 そんなことは滅多にないけれど、マティアスくんがパーティメンバーにいる時に限り、とっておきの秘策があるんだって。


 まずは前衛は相手の足止めだけに徹して、魔法が発動する寸前に一旦敵から離れるそうな。ふむ、強敵を前に一度退いて体制を立て直すんだね。


 えっ、そうじゃないの? 巻き添えを避けるため? その辺りは自己責任でお願いします? どういうこと?


「攻撃対象を全方位から覆い尽くすように、無数の氷の刃を作り出して相手を切り刻むんですよー」


 まさかのマティアスくん直々の解説だ。なに、そのどこかの。こわい。でもスゴい。

 攻撃対象を完全包囲するため、発動範囲が広いらしい。うかうかしてると刃の嵐に巻き込まれてしまうのだそうだ。


「そうですー。この前ご馳走になったミヅキさんのせんキャベツくらい鋭い刃が、縦横無尽に飛び交うのですー」


 ——それはもう、美しい光景で。


 うっとりと語るマティアスくんには悪いけど、そんな恐ろし気な魔法に、わたしの料理を引き合いに出さないでよ。


 でも、そんなに自由自在に氷を操れるんだったら、相手を足だけと言わず全身かちんこちんに凍らせちゃったらどうなの?


「それだと辺り一帯猛吹雪になってしまいますー。自分たちまで、たちまち遭難してしまうのですー」


 あー、もうやったことあるんだ。そりゃ災難だよね。遠征ってだけでも大変なのに遭難までしちゃったら。

 ふと見ると、ルドルフさんは妙に遠い目をしている。あー、ルドルフさんも一緒に遭難しちゃったんだ。

 なんというか、お気の毒に。ご苦労様でした。


「そもそも、僕の魔法は物を凍らせるのではなく、物質の持つ熱を……」


「わかった、わかったからマティアス。その辺にしておけ」


 ルドルフさんが苦笑しながら、熱に浮かされたように熱弁をふるい始めたマティアスくんをたしなめる。


「強敵と相対した時のアイツは、一仕事終えた今と同じ表情をしているんだ」


 ——な、怖いだろう。


 マティアスくんの意外な一面を知ってしまったわたしに、ルドルフさんはそっと呟く。


 それでも、マティアスくんのことが嫌いになることはない。むしろ尊敬してしまう。

 あんな風に、何かひとつのことを熱心に追い求めるなんて素晴らしいことじゃない。


「それで付いた二つ名が、『氷のマティアス』って訳さ」


 少し呆れ顔で教えてくれたルドルフさんも、わたしと同じようにマティアスくんのことを疎んでいる気配はない。

 魔法のこととなると、少し熱心になりすぎる弟分を心底心配しているように見えるのだ。

 うん、わかります、その気持ち。特に、今日のマティアスくんを見てるとね。


 わたしがルドルフさんと二人、うんうんと頷きあっているのを見たマティアスくんが、ふらりとした足取りで再び会話に加わる。


「そこの二人、内緒話はやめて、僕も仲間に入れてくださーい。僕のコトだったら、ほんっとうに大丈夫ですからー」


 そうは言ってもマティアスくん。やっぱり心配しちゃうよ。そんな表情見せられたら。


「僕のことなんかより、もっと楽しいことを話ましょうよー」


 うー、さっきから相談してたのは『炎の剣亭』と、その経営者であるところのおっちゃんに関する話だよ。楽しいことなんかないよ。


「だからー、パイセンの話でしょー。そっちの方が、絶対楽しいじゃないですかー」


 パ、パイセン? やっぱり、どこかおかしいぞ、今日のキミは。


「あれー、ミヒャエルパイセンのー、昔の女の話じゃないんですかー」


 いつもとは少々雰囲気の違っていた、本日のマティアスくん。

 いつもだったらしないであろう爆弾発言を、今、まさにさらりとカマしたのでありました。

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