第2話 と思ったら、わたしは異世界に召喚されていたのだ

「ぷほっ」


 我ながら間抜けな声とともに、わたしは息を吹き返す。

 いいえ、ここは死後の世界なのだから、その表現はおかしい。


 ——真っ暗な水の中をたゆたっていたところ、ようやく水面に辿り着いた。そんな気分。


 いいね。こっちの方がしっくりくる。なんか詩的だし、かっこいいし。


 頭の中は意外にもすっきり明瞭。いつもの朝と変わらない目覚め。

 でも、身体の方は言うことを聞いてくれないな。これっぽっちも動かないんだよ。

 ともかく身体のすみずみ、指先にまで意識を集中させてみよう。この調子なら、なんとかなっちゃうかもしれない。


 手足の感覚は少しずつだけど戻ってきてるね。あの世にも感覚なんてものがあれば、の話だけれど。

 なんか、どこか固いものの上で大の字になって寝てるっぽい。

 あの世は、もっとふわふわとした雲の上のようなものだと思っていたよ。


 わたしは思い切って、でも、そうっと閉じていた目を開いてみる。


 霞がかったぼやけた視界に映るのは、とにかくバカみたいに高い天井。

 目が慣れてくれば、そこには天使がいっぱいの宗教画が描かれているのが分かる。

 ヨーロッパか、どこかの大聖堂といった趣のある場所。

 天国って、やっぱり洋風なんだね。

 うん、悪くない。悪くないよ。


 わたしは、さらに思い切って、むっくりと起き上がる。

 まだ力の入らない腕で身体を支え、辺りをゆっくりと見渡せば……。


 そこにいたのは天使なんかじゃない。

 漆黒のローブに身を包み、目深にフードを被ったその姿。

 あれは死神!? 死神ってヤツじゃないのっ!?


 あんまりだよ。それはないよ。

 天国に召されたと思ったのに死神に囲まれてるなんて。

 この世には、いえ、あの世にも、神も仏もいないのか。


 死神たちはフードの奥から、わたしを恐ろしい表情で睨んでいる。

 ような気がする。


 って、おや? おや、おや、おや?

 死神さんって、以外に普通のおじさんみたいな顔してるのね。

 普通っていっても、西洋の方のようにお見受けしますが。


 ああ、天国か地獄か分からないけど、ここって西洋風だからね。

 死神さんたちも西洋風の顔立ちってことなのね。


 死神さんたちは、わたしを見ながらひそひそと話しはじめる。

 どこの言葉なんだろう。何を話しているのか、さっぱり分からない。


 何を話しているのか分からなくても、どんなことを思っているのかはだいたい分かる。

 ある者は驚き、ある者は心外そうな顔をしている。こちらの方なんて、あからさまに困惑した表情だ。


 おー、そうだよね。死神さんたちが望むのは、極上の魂。

 何かを成し遂げて大往生した魂。とか、夭折した天才偉人の魂。

 うっかり道に飛び出して、軽トラにぶつかってしまった高校生なんかに興味ないよね。


 だけど、これでも、一生懸命生きてきたんだ。

 極上なんてものからはほど遠いけれど、少しくらいの自信はある。

 それはもう、ほんとに微かな、僅かな、慎ましやかなものだけれど。


 しかし、ものは試しだ。わたしは死神たちに交渉を持ちかける。


「Can you speak Japanese?」


 ——アナタ、ニホンゴ、ハナセマスカ?


「I can not speak English」


 ——ワタシ、エイゴ、ハナセマセーン


 無理でした。無視されました。

 死神たちは相変わらず微妙な表情で、ひそひそと話しを続けている。


 学校でも言葉数の少ない、物静かな少女という評判のわたしが、思い切って話しかけたっていうのに、なによ、そのリアクション。

 あんまりじゃない。


 ちっくしょー。交渉失敗だ。もう、どうとでもなれ。


 わたしは、再び大の字に寝っ転がる。


「煮るなり、焼くなり、好きにするがいいやっ!」

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