学園ソロモン 003



 魔法都市レザールの中心にそびえる巨塔――学園ソロモン。


 その塔の周囲は、レザールと同じく壁で囲われており――出入口は一つ。

 レグの眼前で、固く閉ざされている門だけである。


 門の表面には魔法による加護を受けた紋様が浮かび、存在感をアピールしていた。高さ十メートル程の対になった扉が合わさる正門が、並大抵のことで動かないのは、見た目に明らかである。



「この門は、『防御壁』と同じ素材で作られ、同じ魔法が掛けられている。これを開けることができれば、ノーマルにしては上出来だ。上位魔法学主任の名に懸けて、お前を実技試験合格者として扱おう」



 トルテンは得意気にそう告げた。


 「防御壁」というのは、レザールの周囲を囲う巨大な壁のことであり、この魔法都市を魔族から守る生命線でもある。


 そんな壁と同質の堅牢な門を開けることなど――普通の人間には到底不可能だった。いや、人間だけではない――魔術師であっても、正規の方法以外で門を開けることは容易ではない。


 それは、この無理難題を強いているトルテンにしても同じことだった。


――……この門は通常、開門と閉門の魔法を使うことでしか動かすことはできない。そしてそれを使えるのは、学園の関係者でも限られた者だけだ。


 途方に暮れている少年の様を見て、彼はほくそ笑む。


 生粋の魔術師として育ったトルテンは、その他の例にもれず、人間を見下している……時間も守れない小僧に灸を据えてやるくらいの気持ちで、この難題を課したのだ。



「……」



 一方のレグは、黙ったまま門を見つめる。


 一通り観察したところ、門は内向きに開くようだが、筋力でどうこうすることは不可能に思える――手で押せば何とか動くとか、そういう次元ではないということを、彼は理解した。


 では門を開けるのを諦めたのかと言えば――全くそんなことはない。


 レグが打つ手なく途方に暮れているのだとトルテンは勘違いしていたが、当の本人は別のことに思考を巡らせていた。


――試験以外で使うなって言われてたけど、これは実質、試験だよな。


 レグはイリーナとの約束を思い出す。この状況は予想していなかったので少し戸惑ったが……深呼吸をして、心を落ち着かせる。



「これ、開けたら本当に合格にしてくれるのか?」



「……ああ、もちろんだ」



「後から、やっぱりやめたってのはなしでお願いするぜ」



「くどいぞ。周りの者も証人になる。早く開けるか開けないのか決めろ」



「開けないなんて選択肢はないだろ。ま、そこでゆっくり見てなよ」



 余裕ぶった態度に、トルテンは苛立つ。そんな彼を余所に、レグは門の前へと近づいていった。



「……よし」



 門まで数十センチ。


 右手の拳を突き出せば――丁度あたる距離。



「ふう……」



 両足を広げ、腰を落とす。重心を深く保つのは、放たれる衝撃から自身の身を守るためだ。


 的は動かない壁である――機動力に意識を裂かなくていい分、拳にのみ、集中できる。



「……」



 門に向かって何やら構えを取っている少年を見て、トルテンは哀れみを感じていた。あいつは、引くに引けなくなったのか、はたまた諦めを知らないのか……いずれにせよ、学園関係者や入学試験に盛り上がる民衆の前で、恥をかくのは明らかだ。


――まあ、精々好きにすればいい。そして己の無力さに絶望し、二度とソロモンに入学しようなどと考えないことだ。


 名門魔法学校に、魔法の使えないノーマルが入学すること自体を、トルテンは憂いている。


 学長の意向で、どんな種族であっても実力さえあれば構わないという方針ではあるが――それに反対する階級主義者も多いのだ。


 今年も、ノーマルが数人、実技試験で高得点を出したらしいが……その憂さを晴らすためにも、あの少年には見世物になってもらおう――そう考えていると。



「……なっ!」



 構えを取っていたレグの身体から――赤黒い光が、薄っすらと立ち上る。


――あれは、魔素? なぜ、ノーマルの身体から魔素が出ている?


 魔素とは、魔法を使うためのエネルギーのようなものであり、人間の体内には存在しない物質だ。それ故、人間は自身の力だけでは魔法が使えず、魔具に頼っているのだが。


 レグの身体からは、その魔素が滲み出ていた。

 それも、肉眼で捉えられるほど濃い魔素である。


――通常、魔素はそれを可視化する魔法を使わなければ見ることができない……肉眼で見える程の魔素となれば、学園トップレベルの魔力に匹敵するが……。


 トルテンの驚きは無理もない。魔素が見えるというのは、つまりそれだけ大量の魔素を有していることと、それを発現する魔力が優れていることを現わすのだ。


 入学段階の生徒でその域に達している者は、十年に一人いるかいないかである。


 ましてや――ノーマル。

 魔素を持たないはずの人間には、不可能なことだ。



「お前、ノーマルではなかったのか! それにその魔素の色……」



 トルテンの呼びかけに答えることなく、レグは拳に力を込める。遠巻きに見ている者たちにはわからなかったが、彼の魔素は体全体からではなく――一点。


 右腕の手首から放たれ。


 そこには、育ての親であるイリーナに貰った腕輪が――煌めいていた。




「【魔力撃―圧壊あっかい】!」




 レグは、腰の辺りに構えていた右の拳を突き出す。


 次の瞬間、赤黒いオーラが拳に集約し、けたたましい轟音と共に門へとぶつかる――その衝撃に体が後方へと吹っ飛びそうになるが、体幹を駆使して何とかその場にとどまった。


 そして、爆音が止み、辺りを震わせる振動が収まった後。



 ゴッ―


 ゴゴゴゴッ――



 そんな重々しい音を立てながら――門が開いた。


 どんな魔法も通じず、魔族の侵略を防ぐ絶対の防御壁……それと全く同じ性質を持つ、学園ソロモンの正門を。


 レグ・ラスターは、正拳突きで――こじ開けたのである。



「馬鹿な……そんなことが……」



 目の前で繰り広げられた光景に、トルテンは驚愕し動けなくなった。


 彼の知る限り、あの門を無理矢理開けることができるのは、学長や自分を含めて精々十数人程度である。いずれも名のある魔術師や軍隊長の話であって、あんな少年が開門するなど――本来、ありえないことなのだ。



「これで、実技試験突破ってことでいいよな? じゃ、中に入らせてもらうよ」



 進みたい道に扉があれば、開ける――そんな当たり前を完遂しただけという面持ちで、レグは学園の中へと歩を進めていった。


 直後、謎の光が彼を包む。



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