学園ソロモン 001
学園ソロモン。
数多の者がその門を叩くが、受験者のうち一握りしか入学を許されない、オーデン王国屈指の名門魔法学校。
卒業生は名のある騎士団や軍へと進み、国の未来を担う重要な役割を全うする。逆に言えば、この国で成り上がるにはソロモンへの入学が大前提なのだ。
魔術師、エルフ、獣人……様々な種族が高みを目指し、王国各地から学園へとやってくる。
そしてもちろん――人間も。
自身の力では魔法を使えず、魔術師から差別される劣等種族。
それが、この世界における人間の立場であり。
巨大な壁の前で佇む彼もまた、その一人だった。
「着いちまった……」
学園ソロモンを有する大都市――魔法都市レザール。
その街の外周は高さ数十メートルの巨大な壁で覆われており、出入り口は東西南北に一か所ずつしかない。壁には魔法が掛けられ、上空や地下、さらには空間を移動する魔法でも通り抜けることができないという……まさに、魔法都市の名に相応しい防御設備である。
「えっと……、初めて入る時は東側の検問所を使うんだっけ……」
少年は小さなメモ用紙を見ながら呟く。そこには、オーデン王国の最果てに位置する「辺境の森」から、ここレザールまでの大雑把すぎる道順と、学園ソロモンまでの道程が記されていた。
「イリーナさんも人が悪いよな……こんなの、地図なんて呼べないよ」
「辺境の森」を出発して早一カ月。一人孤独に旅をしていた少年は、すっかり独り言が癖になってしまったようだ。いや、元々独り言は多かったので、それに拍車がかかったという方が表現としては正しいだろう。
なぜなら、彼は長い間――「ぼっち」だったのだから。
少年の名は、レグ・ラスター。
不幸にも暴漢に襲われて命を落としてしまった――
「学園ソロモンねえ……。めんどくさい」
悪態をつきながらも、レグは東の検問所を目指して歩きだす。壁の周りはある程度舗装された道になっており、どちらへ進めばいいのかは案内板を見れば明白だ。
もっとも、壁はレザールの街を囲うように綺麗に円形になっているので、つたって歩けばいずれ東門へ辿り着くのだが。
「街に入ったら、とりあえず宿だな」
レグはこの後の予定を脳内で整理する。「辺境の森」を出てから野宿続きの彼にとって、最優先すべきは良質な睡眠だった。
もちろん、森からレザールまでにはいくつもの宿場町が存在したのだが、メモを作った者の嫌がらせで地図に組み込まれていなかったのである。
「……にしても、やけに賑やかだな。まだ街の外だってのに、露店まみれだ」
魔法都市レザールは外部からの人流が多く、旅の商人が絶え間なく訪れる。しかし、都市の中で店を開くには金がかかるので、商人のほとんどは壁の外周に店を開いているのだ。
「お、そこの兄ちゃん! よかったらうちの魔具見てってよ! 他の店より安くていいやつばっかりだからさ! さっ、さっ!」
露店の商人が声を掛ける。レグは久しぶりに聞く人の声に若干驚きつつ、手招きされるまま風呂敷に広げられた魔具を眺めはじめた。
「魔具」というのは、魔力のない人間が魔法を使うための道具である。この世界に生きる人間にとって、無くてはならない道具なのだ。
「兄ちゃん、人間だろ? 見た感じ強そうな魔具も持ってないし、うちで買っときなよ。安くするぜ」
店主はそう喝破したが、その予想は的を射ていた。レグは右肩にずた袋を一つ引っ提げているだけで、他に荷物らしい荷物を持っていない。服装も動きやすさを重視した軽装で、防寒のために羽織っている布切れはボロボロになっている。
もしこいつが魔術師ならこんなボロ布は着まいと、店主は考えたのだった。身体的な特徴だけで魔術師と人間を見分けることは難しいので、纏っている衣服で区別をするのが一般的なのである。
「んー……」
促されるままに商品を見物しているが、レグに魔具を買う気はなかった。単に押しに弱いだけなのである。目が合ってしまった手前、せめて立ち止まらないと相手に悪いかなと、そんなことを考えていた。
「これなんかどうだい? 魔剣インフィニティだ。こいつは【
オーデン王国の通貨単位は「G」で表され、その貨幣価値は凡そ「円」とイコールである。だが、もし仮に五十万Gが一円の価値しかなくとも、レグに支払うことはできなかった。
金を持っていないからである。
「こっちはどうだ? 聖剣エクスカリバー。あの超有名騎士団、アダム騎士団の団長が使っていたとかいなかったとか……今なら超特価、十万Gだぜ!」
「いや、その……」
即断りを入れないレグもレグだが、見るからに裕福でない相手に商売を続ける店主も店主だった。どう考えても、目の前の少年が大金を持っていないのは明らかなのに、彼は諦めず売り込みを掛ける。
「ならこれは! 魔銃ベリオロスに魔笛ガイム! どれもこれも超レアな代物だが、今日は特別な日だ! それぞれ一万G! もってけドロボー!」
店主の考えは、事ここに至っては明白だった。押しに弱そうなカモを見つけ、勢いで立ち止まらせる。そして高価な品から安価な品へと、段々値を下げていくことで、「まあこれなら」と妥協して買わせるのだ。
だが残念なことに、いくら値を下げても、一Gも持ち合わせのないレグには購入することができない。
「あの、実はお金が……」
「ええい、これもだめならこっちだ! 魔剣サジタリウス、魔銃ロッサム、魔槍アイエル……全部合わせて五千Gだよこんちくしょう!」
そんな不毛なやり取りは、もう少し続くかに思われたが。
「そこにある魔具、全て偽物ですよね」
凜と通る冷ややかな声で、場が静まる。
「……なんだい、嬢ちゃん。うちの商品にケチつける……」
ヒートアップした商談に水を差された店主は、声の主を威圧しようと睨みつけ――言葉を失った。
レグの少し後ろから会話に参加してきたのは、青い髪の少女。歳はレグ同様、十五、六といったところだろうか。
髪と同じく青く染まった芯のある瞳で――少女は店主を睨みつける。
「何か文句でも? もしそれらが本物だというのなら、今この場で証明してみせてください。もっとも、魔力が全く存在しない愚物で、できることがあるなら、ですが」
「すっ、すみませんでした! 魔術師様!」
完全に怯え切った店主は、商品もそのままに走り去っていく。その挙動からは、青い髪の少女に対する恐怖が窺えた。
ポツンと置いていかれる形になったレグは後ろを振り返り――少女と相対する。
如何にも高級そうな白いローブに身を包んだ彼女は、気だるそうに溜息をついていた。
「あの……一応、助けてくれてありがとう。さっきの人、しつこくて困ってたんだ」
「いえ、別に。ああいう輩が許せないだけだったので」
そう言い残して、少女は歩き出す。言葉の通り、人助けをしたというつもりはないのだろう。当然、客としてあの場にいたレグにも興味などないのだ。
「……」
足早に去る彼女の背を見つめながら、レグは思った。
あれが――魔術師なのかと。
外見的な差異がほとんどない人間と魔術師を見分けるには、その衣装を見るのが一般的である。
魔術師の多くは、先程の少女のようにローブを着用しているからだ。
そしてそれは、人間が着ることを許されていない。
魔力を持つ者と、持たざる者。
両者の間には――超えることのできない、大きな溝が存在する。
「……」
だが、レグはそんな二者の理不尽な隔たりに思いを馳せてはいなかった。
――ローブを着る人、イリーナさん以外にもいたんだ……。
彼は「辺境の魔女」、自身の育ての親である、イリーナ・ラスターのことを思い出す。
「魔術師ねえ……」
レグは、姿の見えなくなった少女のことを気にするでもなく、歩き始める。
後に命を懸けて守る存在となる、青い髪の少女との出会いは――実に、あっさりしたものだった。
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