第15話 正義と竜

飛竜、飛竜、また飛竜。

殺到する彼らの数体を仕留めながらも数の暴力に押され大地に叩きつけられた女は、即座に立ち上がると近くに墜落していた死に体の飛竜を振り回し宙を舞う個体に叩きつける。

注がれる白熱のブレスを飛び越えてひとっとびにその頭上を取れば、次の瞬間に叩きつける拳が脳天を砕き翼竜は口からいろいろな肉を吐き出して絶命する。

叩きつけられる尾の一撃を受け止め腕力だけで強引に墜とせばその反動で宙を舞い、取りついた個体の甲殻を引き千切りマチェットを肉にねじ込み抉る。


とても人とは思えない悪鬼のごとき獰猛な戦いざま。

その身が喰われ、砕かれ、引き千切られる度に、彼女はさらにその力を増していく。

竜に呪われたその身が、亜竜ごときに傷を負うことは許さぬとその身体を人ならざるものへと作り替えていく。


全身を巡る赤黒い血管は脈動し、空気を焼き尽くす熱によりその身にまとう服はとうに燃え尽きた。にじみ出る強烈な力が竜のごとき猛々しい幻影をその身にまとわせ、哄笑はいつしか咆哮に変わっていく。


いつしか女の腕の一振りで甲殻に包まれた飛竜の肉体がはじけ跳び、その足のひと振りでたやすく飛竜は地に墜ちる。竜の威と飛竜たちの血を啜ったマチェットも今や赤黒く染まり、彼女の爪となって飛竜を骨ごと断ち切った。


それでもまだひたすらに殺到する飛竜たちの軍勢。


何体の飛竜が空の向こうにいるのか、まるで雷雲のごとくに山脈を見下ろす彼らは遠くの街からでさえ見えるほどだった。ふもとの森の生物たちも、頭上で繰り広げられる死闘の気配にこぞって逃げ出していた。


ひたすらに繰り返される殺戮と特攻。


空が暗く暗く沈んでいくが、今の女にはそんなものは関係がなかった。

見える、視える、診える。

その目は襲い来る飛竜の姿を克明に捉え、あらゆる動きを見透かし、そしてそれを殺すための最低限を見抜いた。


気が付けば女にはそこが空中であることさえ関係がなかった。

激しく荒れ狂う竜威を翼が如く羽ばたかせれば、それだけで彼女は宙を弾いた。


踊る、舞う、滑る―――空を飛ぶものを表現する美麗な言葉はいくつもあれど、女のそれはそのどれもがふさわしくない暴力的なありさまである。ただただ殺すべき相手との距離を捻じ伏せるその様は、さながら身の自由を奪わんとする空をすら不遜と見下すかのごとく。


もはや飛竜には空間のアドバンテージすら失われ、降り注ぐ飛竜の血が山脈を浸していく。

大地を飛竜の死体が覆った。

オノがどうなってしまったのかなど、彼女はもはや思考のどこにも留めてはいない。

手当たり次第にそこにある命を潰し潰し潰す。


そしていつしか、命を惜しむことなく彼女に襲い掛かっていた飛竜たちでさえ彼女を恐れ。


そしてそれらもまた、等しく死屍累々の山に重なった。


それらの死を踏みにじり。

降り立った女はその身を震わせ天空に吼えた。


「ガルァアアアアアアア――――――ッッッッッ!!!!!!!」


咆哮が衝撃波となって飛竜の死体をすら吹き飛ばす。

頭上の雲が消え去って月明かりがまっすぐに彼女を照らした。


飛竜の死体が山を転がり落ちていく。


そして赤黒く染まり切ったその場所で、ひとりの少女がふらりと立ち上がった。


飛竜の血に濡れた髪を払い、紫色の瞳は女を見た。


「アルト」


呼びかけの声に、女はゆるりと彼女を見やる。

のそりのそりと、竜の幻影が厳めしい足跡を刻み、女は少女を見下ろした。


「クルルルル……」


女は牙を剥きだし少女に顔を近づける。


どくんどくんと心臓が弾む。


愚かにも眼前に立ちふさがる矮小な生き物だ。

弱者をいたぶる趣味はなかれど、立ち向かわんとするのならば殺すのにためらいはない。


その本能に従い、女はがちりと牙を鳴らした。


死が間近にあって、だから少女はにこりと笑った。


「煩いのがいなくなったなら、もう遠慮はしない」


そう言って少女は、ぐわと開かれた牙を見据えながらその目を―――


「ッ!!!!!」


唐突に女が遥か彼方を睨みつける。

そしてオノを強引にその場に座らせると、女は月に向かって飛んだ。


―――月の中に、それはいた。


「ぶぅぅるぁああああああああああ―――ッッ!!!」


咆哮と共に飛翔する絶対正義の拳が、女の顎と真っ向からぶつかり合う。

衝撃が爆ぜ、女と絶対正義はどちらもすさまじい勢いで弾き飛ばされた。


ドォオオンッ!


と大地を揺らす勢いで山肌に叩きつけられた女は、噛み千切った腕をぐじゃとかみ砕き、それを吐き捨てると即座に絶対正義の元へと向かう。

同じく絶対正義もその身を再生させながら女を迎え撃った。


振るう拳が激突する。


「化けの皮を剥いだな悪なる者よッ!」

「ガァッ!?」


望月の瞳をくわと見開き、絶対正義は絶叫と共に女の腹を蹴り飛ばす。

更に彼はわずかに浮きあがった女に追従、深々と腰を沈め、打ち上げるような掌底を女の心臓に叩きつけた。


「がひゅっ……!」

「ふぅぅぅううううううう―――ッッッ!!!!」


衝撃に白目をむく女の頭をわしづかみにした絶対正義の腕が肥大し、捻じ伏せるように地面に叩き下ろされた。

足元が割れるほどの勢いで叩きつけられ、ばじゅっ!と弾ける女の頭。

絶対正義は足を振り上げさらに踏みつぶさんとするがその一撃を女の腕が握り潰した。


「ぬぅうッ!」

「グルァアッ!」


弾むように飛び掛かる女の拳が絶対正義の心臓をぶち抜く。

血を吐き出す絶対正義から即座に腕を引き抜いた女は大上段から振り下ろすマチェットで絶対正義を真っ二つに切り伏せ、続けざまに蹴り抜き吹き飛ばす。


次いで女は咆哮とともに跳躍、再生しながら山肌を滑る絶対正義を叩き潰さんと翼を弾き流星のごとく落下する。

それを飛びのいてかわした絶対正義が即座に蹴りを放つのを受け止め、女は絶対正義を夜空へと投げる。翼はためかせ絶対正義に追いついた彼女はその頭をわしづかみにし、反撃の間もなく握りつぶした。


頭を失いながら躍動する絶対正義の腕が女の腕を捻り上げ、弧を描く蹴撃が女を打ち据える。

女は即座に腕を強引に振るい絶対正義を真下に吹き飛ばすと、再度翼を弾き絶対正義の上にその全体重で落下した。


絶対正義の上半身が砕け散り、残された下半身が女を蹴り飛ばし飛び上がる。

みるみる血が集い再生していく絶対正義に女は忌々し気に唸り声をあげ、そして地を抉る勢いで飛び掛かった。


叩きつけられる女の拳をいなし、カウンターでその顎を打ち抜く絶対正義の拳。

続けざまに振るわれる拳が掬い上げるように女の腹を抉り、九の字に折れた女の顔面を連撃が真正面から叩き伏せる。


倒れたかと思えばすぐさま飛び起きマチェットを振るう女の腕を掴んだ絶対正義はそのままぎゅるりと女を背負い投げ、地面に叩きつけた直後にぶん回して投げ飛ばす。

大地を爆ぜさせそれに追いついた絶対正義は円を描くような蹴りで女を地面に叩きつけ、ひらりと軽やかに跳ぶとその両腕を引き絞った。


肥大する腕、集約する熱に陽炎が躍る。

空をも吹き飛ばす絶対正義の絶技が、そして次の瞬間山脈を抉り抜いた。


世界が揺れ、舞う砂ぼこりが周囲一帯を覆い尽くす。


しかし衝撃の荒れ狂う爆心地はむしろ塵ひとつなく、まるで隕石が落ちたかのようなクレーターの中央で弾けとんだ女の名残がぴくぴくとうごめくのが絶対正義にはたやすく見下ろせた。

そのそばに降り立った絶対正義は、両腕を振り上げ手を組み合わせる。


絶対正義の手が、変貌していく。


ぎちぎちと肥大した筋肉がさらなる筋肉により強引に締め付けられ、圧力に弾ける血管は矢継ぎ早に再生を繰り返す。悲鳴を上げた骨は作り変えられるたびにやがてその圧に最も適した凶悪な造形へと変形していく。


そして絶対正義は神の鉄槌となった。


激情もなにもなく、ただただ静かな月光を背負って彼は告げる。


「絶対正義の名のもとに神罰を執行する―――さらばだ悪なる者よ」


急速に回復をしながらも身動きの取れない女が、唸り声と共にその手を伸ばして。


かつん。


絶対正義の頭に、石ころが当たった。

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