第17話 最近ちょっと胸の様子がおかしい気がする

「あのね、ククイ。私そろそろこの村を出て行こうと思っているんだ」


「えっ……」


 私の言葉にククイが息を呑み、凍り付いたようにその動きを止めた。


「元々、ククイたちが自立できるまでって考えてたしね。畑の管理もできるようになったし、モンスター避けの木も育ったし、もう私の助けが必要なことってないからさ」


「えっと、その……私、その……」


「……ごめん。やっぱり急すぎた? でもちょうどいいタイミングっていうのが分からなかくて。伝える分には早い方がいいかなと思ったんだけど」


「いえっ! そんな……お、教えてくれてありがとうございますっ」


 ククイはにっこりとした笑顔を作って頷いた。

 

「そうですよねっ、元々ちょっとだけって約束でしたもんねっ。いっぱいいろいろお世話になりましたし、それにラナテュールさんにはやらなきゃいけないことがあるんですもんねっ?」


「うん。まあね。ちょっと建国でもしようかなって。このジャングルにはいっぱいマナがあふれているみたいだから、理想の国が作れそうなんだ」


「そうなんですね。私、応援してますっ」


「ありがとう」


 うん、よかった。ククイも納得してくれたようだ。これなら他の子供たちも大丈夫かな?


 この3週間あまりジャングルに作ったツリーハウスにも戻れていなかった。もうだいぶボロボロになっているだろうな。ヘビとかの巣になってるかも。


「……っ」


 なにやら鼻をすするような音が聞こえて、ククイの方を見る。


「えっ」


 ククイの目からポロポロと涙がこぼれていた。


「……どうしたの」


「えっと、これは、そのっ……あはは。なんでしょうね、本当に」


 ククイは必死になって手で涙を拭きとっているが、次から次へと涙はあふれ出してくる。


「なんででしょう。たった3週間だけのことだったはずなのに、私、ラナテュールさんと離れるのがすっごく寂しくて……。ごめんなさい、困らせちゃうだけだって分かってたのに、涙、止められなくてっ……」


「ククイ……」


 チクン。

 

「……?」


 胸に手を当てる。なんだろう? いま一瞬、チクンってした。木の棘が胸の内側を突くような感覚。不思議に思っていると、


「ラナねぇちゃんっ!」


 村の男の子──ティーガが息を切らしながら私の元へと走り込んできた。


「どうしたんだい、そんなに急いで」


「大変なんだよっ! 村のどこを探してもシエスタとミーナが居ないんだっ!」


「えっ?」


 シエスタとミーナはどちらも6歳の女の子。畑作業を手伝っているときなど以外は、よく2人でおままごとなどをして静かに遊んでいる姿を見かけていた。


 それが、村の中に居ない? 2人で森の中に遊びに行くような子たちじゃないだろうに。


「本当にどこにもいなかったの? 家の中はぜんぶ探した?」


 ククイが、私と話していたときの涙を引っ込めてティーガへと確認する。その表情は一瞬にして子供たちの安全を第一に考えるお姉さんのものになった。


「探したよ。でも本当にいないんだ。まさかとは思うけど、もし2人で森の中に入って行っていたらと思うと……」


「……森に行ってみないとっ! ティーガはみんなに家の中に居るように言って!」


 そう言い残して走り出そうとしたククイの腕を、私はとっさに掴んだ。


「ラ、ラナテュールさんっ?」


「ククイが1人で探しに行くのだって危険だよ。いくら年長だと言っても君はまだ子供なんだから」


「で、でもっ! それじゃあシエスタとミーナが……!」


「落ち着くんだ、ククイ。そして静かにして」


 私はそれから両手を耳に当て、聴覚を研ぎ澄ます。すると、ジャングルの森の中を生ぬるい風が吹き通っていく音、葉が揺らされる音、それらに混じって木々や植物の発するマナの声が聞こえてくる。


 ここから北の方向、マナに乱れはない。ここから西の方向……マナに乱れがある。西の方向へとさらに意識を集中させる……複数の人間が植物を踏み倒し、森の中を走っているのが分かった。そう遠くはない。


「ククイ。シエスタたちはたぶん、さらわれたのかもしれない」


「攫われ……っ? まさか、また奴隷商たちに……?」


「どうだろう。それは分からないけど……ただ、この村の西方向へと複数人が移動しているみたいだ」


 とりあえず、行ってみなければ事実ははっきりとしない。私は地面へと種を蒔く。


「おいで、サボくん」


〔サボッ!〕


 サボテンライダーのサボくんが一瞬で種から生長して現れる。その下半身は台車のようになっていて、少しくらいの荷物なら載せられるようになっている。私はサボくんの後ろに乗った。


「じゃあ、私ちょっと見に行ってくるから」


 サボくんに発進の合図をしようとしたところ、ククイが私の服の裾を引っ張った。


「ラ、ラナテュールさん! 私も……私も連れて行ってはくれませんかっ?」


「ダメだ。なにが起こるか分からなくて、危ないから」


「でも私、シエスタとミーナが連れ去られているかもしれない状況で、このままジッとしているなんてできませんっ! お願いしますっ! 絶対に邪魔にはならないようにしますからっ!」


 ククイの表情は必死そのものだった。強い意志の宿った瞳で私の目をまっすぐに見てくる。

 

 ……そうだ。いっしょに過ごす時間が長くなるにつれておかしな言動が目立っていたククイだったけど、そういえば最初に出会ったときの彼女は自分以外の子供たちのためになりふり構わずがんばる頑固な子だったっけ。


 そんなククイは、きっとここで私が置いていったとしても追いかけてきてしまうのだろう。


「……分かったよ。じゃあ、サボくんの後ろに乗って」


「あ、ありがとうございますっ!」


 そうして私とククイはシエスタたちの捜索のため、ジャングルへと入っていくのだった。

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