第47話 竜が笑う(2)

「その言い方……! まさか世界を渡ってやってきた――」


「ああ、どうもそういうことみたいだな」


 この前の魔王カナンといい、この女の人といい。

 なにさも当たり前のように世界の間を移動しやがるんだ。


 俺がこの世界に帰還してからまだ2か月も経ってないんだぞ?

 こんなハイペースで次々と『オーフェルマウス』から世界を渡ってこられたら、ゆっくり平和な生活を送りたい俺はたまったもんじゃないんだが。


 それにしても、なんでこんなところに『オーフェルマウス』の関係者がいるんだ?

 しかも俺のことを探していたっぽいし。


 ドラゴン(らしい)が勇者を探して異世界から追ってくるとか、いい展開になりそうな要素がゼロだよな、常識的に考えて。


「はっ!? もしや術式を使って気配を隠蔽しているんですか? ですがとかく己の力を誇示することを好む、強さ至上主義のドラゴンがそんなことをするなんて──!」


「なぁに、わらわほどの強大な力の持ち主ともなると、ただ在るだけで脆弱なる人間どもが恐怖に怯えてギャーギャー喚いてうざったいことこの上ないからのぅ。敢えて気配を隠ぺいする術を使ってやっておるのじゃよ」


「敢えてだと?」


「くくっ、ちょっとしたサービスと言うやつじゃ。なにせわらわは心が広いからのぅ」


「で、ですが人間の使う術式をここまで使いこなすだけでなく、強大なドラゴン族の気配をここまで完璧に殺せるだなんて……」


「あまり舐めるでないぞ矮小な小娘よ、我ら至上にして最強種たるドラゴンというものを! 貴様ら下等な人間どもがスキルや術と呼ぶ技程度、真似するのは児戯に等しいわ!」


「ひっ……!」


 その言葉とともに強大な気配が――。

 一目でドラゴンだと分かる獰猛な殺気が女の人から立ち昇り始めた──!


 オッケー分かった。

 こいつマジでドラゴンだ。

 疑いようもなくドラゴンだ。


 しかもただのドラゴンじゃない、ドラゴンの中でも特に強大な力を持った上位種だぞ。


 っていうかいきなりブチギレてんじゃねーよ。

 何が『わらわは心が広い』だ。

 お前の心は、俺の小学校の校舎裏の片隅にあった動物クラブのウサギ小屋より狭いっつーの。 


「使う必要がないから使わぬにすぎぬだけのこと。わらわたちにとって、人間が使う術程度、使おうと思えばいくらでも使えると知るがよいぞ」


「ひっ、ひぃぃ……」

 恐ろしいまでの殺気を真正面から直接浴びせられたリエナが、恐怖に震えながら後ずさりする。


「有象無象の人間どもを皆殺しにして黙らせるのは簡単じゃ。しかしわらわはとても心が寛容であるからして、そのようなことをいたずらにはせぬのじゃ」


「ぁ……は……ひぐっ……」


「――せぬのじゃが、あまりにドラゴンたるわらわを見下すような不快な物言いが続くようじゃと、そのよくしゃべる小うるさい口ごと貴様を塵に変えてやっても構わんのじゃぞ?」


 殺気と共に睨みつけられて顔を真っ青にしたリエナを守るように、俺は2人の間に物理的に割って入った。


「で? そのお優しいドラゴン様が俺にいったい何の用なんだ? っていうかそもそもの話、お前はどこの誰なんだよ? 俺のことを知ってるみたいだけど、俺とは面識ないよな? なのに俺を無視して勝手に話を進めんなよな?」


 リエナではなく俺に注意が向くように、俺はわざと煽るような口調で問いかけた。

 同時にリエナが安心するように後ろに回した左手で、リエナの手を軽く握ってあげる。

 さらにはいつでも即座に勇者の力を開放できるように、集中力を研ぎ澄ませてゆく。


「ふむ、そう言えば名乗っておらなんだか。では心して聞くがよいぞ」


 しかし臨戦態勢に入りつつある俺を気にするでもなく、美しいドラゴンの女性は長い黒髪をサラリと方の後ろにかき流しながら、威風堂々と宣言した。


わらわは皇竜姫ドラグレリア。最強たるドラゴン族を力にて統べるも、勇者シュウヘイ=オダに討たれた皇竜ドラグローエンが娘なり――!」

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