空花

 どかーん。

 ばーん。

 病室の空気を爆音が震わせる。

 今頃、みんなは何処かで花火を見ていることだろう。でも私は一人で花火の音を聞くことしかできない。

 真っ暗な病室の中、私は天井をただ見ていた。結局、あれから私は謬見びゅうけんに囚われたままだった。

 暗闇とかすれた視界の中、私は一人で考え事に耽る。

 花火、二人と見たかったな。

 でもきっと私が何かを欲張ったらみんなに迷惑をかけてしまうかもしれない。意地を張ったらみんなに迷惑をかけてしまうかも。いや、かけるだろう。

 だから私は一人で居るほうがいいのだ。

 それに少しずつ、目も見えなくなっている。霞がかっている。ぼやけはじめている。

 閉められたカーテンの奥から火の光が薄く差し込んでいる。でもただそれだけだ。

 一人で観る花火なんてただ虚しくなるだけ。少しずつ自分が嫌になるだけ。

 このまま、嫌な気持ちのまま死んでいくんだ。きっと。せめて最後にごめんなさい、ぐらいは言いたかったけどこのままじゃ、言えない気がする。死んでも死にきれない気がする。

 そう言えば、遺書を書いていない。

 なんでだろうか。

 いつの間にか書いていたつもりになっていた。

 暇だし、書いておこう。目が見えるうちに。

 私は引き出しから便箋とシャーペンを取り出す。

 さて、誰に書こうか。

 まずは家族からだろうか。

 私はすらすらと文字を紡いでいく。

 案外、遺書って書けるものなんだな。多分2回目ということもあるんだろうけど、すらすらと書けてしまう。

 まるで自分の魂が便箋に流れているみたいだ。

 次に、悠衣。

 ……なんて書けばいいだろうか。

 そんな事を思ったのは始めだけで、結局サラリと書けてしまった。

 なんだかこの世の執着がごっそりと抜けていくみたいに書けてしまう。

 次に稔吏。

 稔吏には感謝している。もちろん悠衣もだけど。

 書いていく。未練を断ち切っていく。

 全部書き終わってしまった。

 ちらりと残りの便箋を見る。

 あと1枚だけ残っていた。

 もったいない。

 それだったら灯織さんに書こうか。

 好きなように書いちゃえ。

 灯織さんが苦手なこととか、でも優しいところが好きなだとか。あなたの声が好きなことだとか。色々全部。

 いざ書き終わってしまうと、私の心にぽっかりと穴が空いてしまったようで、いい気はしなかった。

 遺書を書いてしまえば、ついに自分で死ぬことを認めてしまったことになる。

 今は死にたいんだろうか。

 生きたいんだろうか。

 もう、わからない。

 遺書を書いてしまったから、言いたいことを書いてしまったからもういい気がしてきた。

 ああ。

 それで良いかな。

 私は便箋を仕舞って、目を閉じる。

 そこにはただ暗闇が在るだけで。

 そこには明けない夜が在るだけで。

 長い、長い雨の中、考え事をしているような気がして。

 長雨の眺めをじっと物思いに耽りながら、見ている気がして。

 死に向かっていると、ひしひしと感じただけだった。

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