第5話 王女と忍と馴染みの行商 ③
「おおい雑貨商共、早く外に出るんだ!今から国王陛下が、国民全員に向けて声明をお出しするらしい!」
禿げ上がった顔を真っ赤にしながら怒鳴り込んできたのは、王都でも指折りの雑貨屋で店主を務めているミドルだ。国王陛下直々の声明となれば、彼の慌てようにも納得がいく。
「分かりました。皆さん、すぐに表通りへ。そこからなら十分に聞くことができるはずです」
私の言葉に皆素直に頷き、速やかに表通りを目指して移動を始めた。
☆
表通りには、既に多くの人間が集まっていた。道のあちこちに立つ兵士達が手際よく人々を誘導しているお陰で混乱はなく、突然の招集にも皆落ち着いて対処していた。
まあ、声明の内容が王女暗殺未遂に関わる事だと、大体の者は察しがついていることも大きいのかもしれないが。
「(なんか久しぶりですね!)」
ユリアが、隣の私にしか聞こえない音量で話しかけてきた。
「(ええ。前回は、国王陛下に第一子であるリリアン殿下が生まれた時でしたから、もう10年以上も前になるかもしれません)」
「(10年前かー。私が経験無いわけですね)」
アカツキは納得したように頷いている。
と、部隊長らしき男が列の前に設置された壇に上り、それに伴い民衆の声も少しずつ静かになっていった。
「傾注!これより、ベルトルク国王陛下よりお言葉を賜る。王国民の皆は心して―――」
前に立った兵士が説明を始め、その場には緊張感が漂い始める。
今更ながら、国王による演説がどのようにして行われるのかに少し触れようと思う。現在、王都中の人間が駆り出されているが、実のところ直接国王の姿を見ることはできない。特別な魔術具を用いて、王都の各所に演説する姿が投影されるので、我々はそれを通して国王の声を聞くのだ。
そう多いことではないので、別に言及することでもないのだが…。
☆
『ベルトルク王国の諸君。本日はよく集まってくれた』
国王は、豪奢な刺繍が施された白い衣服の上から、これまた上等な紅のマントを身に付けていた。手前に手すりのような物が見えるので、王宮のバルコニー辺りから届けているのかもしれない。
『前回の演説では、愛する娘の誕生を皆に伝えるという、実に素晴らしい時間であったと記憶している。だが、今日同じ場で伝えることになる話がこのような内容であることを、私としても非常に残念に思う』
話をする国王の表情は優れない。王族特有の金髪も、心なしか色褪せているように見える。
『前置きはここまでにしよう。昨夜、バルトルク家の屋敷にて我が娘リリアンの命が狙われた。護衛によって辛うじてそれは防がれ、今は無事な姿で私の傍に立ってくれている』
国王が体を引くと、その横から少女が入ってきた。王女のリリアンだろう。国王は娘の肩に手を置きながら、静かに話を続けた。
『護衛の少年、ホウショウ・カケルには感謝してもしきれない。彼についても、後日正式な場を作って改めて皆に伝えるつもりだ。そしてもう1つ、重大な話がある。それが、今回の事件の首謀者に関する話だ』
『暗殺者と接触した護衛は、その首謀者についての情報を聞き出すことができた。―――その人物は、我が国の宰相カールだという情報をだ』
国王の表情が次第に厳しいものになってくる。国を預けていた相手が起こしたかもしれない凶行だ。当然の怒りだろう。
『私達はすぐに動いた。カールの潔白を示すためにだ。…だが、残念ながらその事実が覆ることはなった。恐喝に買収、横領、そして暗殺。調べれば調べるほど、奴が狡猾に暗躍し、今の地位に上り詰めた証拠が出てくるばかりだった。そして、今回の一件に関する証拠も…』
国王は怒りで震える声を抑えこむように、一度押し黙った。
『これは、もはや国家への反逆である。もし仮に、リリアンが助かっていなかったら、本格的な国盗りを始めていたに違いない!…だが、それは防がれ数多の罪は暴かれた。ならば、奴に相応の報いを受けさせるのが必定だ!!』
沈黙から一転、声を張り上げた国王に応えるように、聴衆のあちこちから肯定の声が上がる。
『国家を裏切った者には死刑を!それがこの国のやり方である。だが、奴がこれまでに王国を支えてきたのもまた事実だ。それを踏まえ、査問に当たった4大貴族は、結論を出した。―――ちょうど、北西の国境付近でイムカの野蛮人共の侵攻があったとの報告が入っている。で、あれば、カール元宰相には直々に出陣してもらい、それを打倒させるのが良いだろうという結論になった。もちろん、独りでだ』
国王によって宰相の運命が伝えられると、多くの民衆が歓声を上げた。
保身的な政権運営が目立ち、私腹を肥やしていたことが明らかな宰相に対し、不満を持っている者は多かった。その宰相が、墓穴を掘った挙句に悲惨な最期を遂げると分かった聴衆が、熱狂しない理由が無いのだ。
『元宰相の出陣は明日行う。皆、盛大に送り出すように!では、これで演説を終わる。皆ご苦労だった!』
国王は最後に笑顔で手を上げ、そこで投影が終わった。それでもしばらくは、興奮冷めやらぬ民衆の熱気で王都中が沸いていた。
☆
後日、元宰相は領地替えという名目で、戦地に送られていった。だが、当初の予想に反してイムカからの攻撃はなく、結果的には宰相は命を拾うこととなる。
「なんだかんだ死にませんでしたね、宰相さん」
「私としても意外な結果でした。悪運が強いと言いますか何と言いますか…。ただ、領地替えによって取り上げられた地位や財産はそのままですし、これくらいで良かったかもしれませんね」
宰相の更迭からはや一月ひとつき。開店準備をするデニスとユリアは、何とも無しに言葉を交わしていた。
「なんか、その没収がよっぽど堪えたみたいで、今じゃ自室に引きこもって出てこなくなっちゃったらしいですよ。一緒に付いていった息子さん、同級生だったユーゴ―って奴なんですけど…、そいつからしょっちゅうそんな内容で資金援助を求める手紙が届きます。ウザいです」
「ははは…。もう受け取り拒否してみては?」
その息子とて必死なのだろうが、ここまで辛辣に言われては、もはや目は無いだろう。
しかし、元同級生とはいえ、貴族でもないユリアに頼み込んでくるくらいには追い詰められていると見ても良いだろう。国王による処分内容は、十分に妥当だったと言える。
我々は多少縁があったからこそ、このようにして話題にすることもある。しかし、市井はとっくに宰相への関心を失くしていた。我々にとってみれば所詮日常にさざ波が立つ程度の話題でしかないのだ。国の指導者が変わっても、政治は大きくは変わらない。変わらなければ、それなりに豊かに暮らせている国民が、指導者が変わった程度のことで騒ぎ立てることもまた無い。所詮はその程度のことなのだ。
「さっ、ユリアさん仕事しましょう。我々だって、いつ何に足を掬われるか分かりませんから」
「はーい」
こうして今日も、ギルド横(の路地裏)にある冴えない雑貨商の一日が始まるのだった。
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