第3話 剣士と魔獣と少女の献身①

 補足です。

 この世界における魔獣は、初・中・上級・超上級に分かれています(暫定)。傭兵や冒険者が魔獣討伐の任務を受ける時は、自身のランク区分に応じたレベルの魔獣を相手にするのが一般的です。


初級:駆け出し、中級:中堅、上級:ベテラン、超上級:超人的な実力が必要


みたいなイメージでお願いします。



             ☆




 深森の中、身軽な革鎧レザーアーマーに身を包んだ少女が魔獣と対峙していた。彼女はここに来るまでに何度も戦闘を繰り返してきたらしい。その右手に握られた長剣や、着こんだ鎧のあちこちが返り血で汚れていた。


「ーーグルルㇽㇽ」


 彼女が向き合う魔獣、『群喰羊キラーシープ』は四匹。彼女を取り囲んで様子を伺っている。

 と、しびれを切らした一匹が正面から躍りかかった。獣らしい素早い動きだが彼女は慌てることなく応じ、上段から叩き伏せた。続いて一匹目が餌食になったことに反応するように、少女の左右にいた魔獣が同時に動いた。だが、僅かに彼女の方が早い。しなやかに体を捻りながら円を描くように振られた剣によって、2匹はまとめて始末された。

 その直後、背後で息を潜めていた最後の1匹が唸り声を上げながら、彼女に飛び掛かった。少女の意識が他へ向いた絶好のタイミングの奇襲だったが、その攻撃も予測されていた。彼女は最小限の動きで躱すと、無防備な側面に向けて的確に剣を振り下ろす。魔獣は首から両断され、断末魔も無く息絶えた。


「はい、今ので最後だね」


 魔獣を仕留めた少女はそう言うと、剣についた返り血を払って鞘に仕舞い、次いでかけている眼鏡についた返り血も拭った。


「いやあ、強いねえお嬢ちゃん」


「今度私らと仕事しないかい?うちの前衛よりも優秀そうだ」


 彼女と共に魔物を狩っていた傭兵達は口々に賞賛の声を送る。


「あはは…、彼女は勘弁してください…。まだ学生ですから」

 

 そんな彼らの会話に弱々しく口を挟んだのが、安全のため、彼らから距離を置いて様子を窺っていた主人公、デニスである。



            ☆



「レオナさんお疲れさまでした。そして本当に申し訳ありませんでした。本来無かった魔獣討伐なんてお仕事も引き受けて頂いて」


「別に良いですよ。たまにああいうことしないと腕鈍っちゃうし」


 我々が話しているのは村へと向かう馬車の中だった。

 私と彼女がいるのは、王都ベルトリンデルを出て街道を北へ三時間ほど進んだ場所にある森の中の村だ。

 緑の大陸でも内陸部に位置し比較的田舎に属するこの村では、生活雑貨などがなかなか手に入りづらい。そこに目を付けた私は、月に1度や2度ほどの頻度で行商に来ているのだ。田舎と侮って吹っ掛ける同業者よりも安くすれば、大抵のものは売れる良い商売だ。


 そして、この道程には同行者がいる。それが、先ほどの戦闘で最後の魔獣を始末した少女だ。


「店長さん、あたし村に着いたらすぐに水浴びしてきて良い?」


「もちろんです。手続きは私が済ませておくので、レオナさんはゆっくり休んでいてください」


 気だるげな様子で口を開いたのは、レオナ・ティンクトラム。彼女はユリアと同じく私の店で働いている学生だ。

 普段は肩まで流しているウェーブがかった栗色の髪を動きやすいよう後ろでまとめ、今は汚れた剣の手入れをしている。

 彼女がうちの店で働き始めた背景に大層な理由はない。偶然ユリアの隣室に部屋を借り、偶然ユリアと同じ高校の同じクラスだった結果、彼女に巻き込まれる形で働き始めたのだ。

 そんな彼女にはある特技がある。先の魔獣退治からも分かるように、それは剣術だ。中流騎士の家庭に生まれた彼女は、幸か不幸か、先に生まれた兄らと比べても圧倒的なほどに剣の才能に恵まれたのだ。現在の彼女は、中型の魔獣数体であれば、人ひとりを護衛しながらでも十二分に戦えるほどの力を身につけている。

 そんな彼女の腕を買い、私が行商に出る時には護衛として付いて来てもらっている(有料で)、という訳だ。

 


           ☆



「それにしてもさ、店長さん。増えたとは聞いてたけど、本当にめちゃくちゃいたね」


「ええ。昼前に始めて、結局夕方までかかりましたからね」


 我々がこの村に着いたとき、普段は閑散としているはずの中心部がえらく賑わっていた。それも、しっかりと鎧を着込んだ傭兵や冒険者らがそのほとんどを占めていた。手近な顔馴染みに事情を聞いたところ、村の周辺で群喰羊が大量発生したためその討伐隊を編成したのだと言う。そしてついでに、腕が立つと知れ渡っていたレオナにも声がかかり、今に至るという訳だ。


「どうするの?一休みしたら帰る?」


「いえ、今日はここで泊まって、明日にでも改めて商いをしようかと。ユリアさんには明日までかかるかも、とは伝えてありますし」


「そっか。あたしはどうしようかなぁ」


 一通りの手入れを終えたのか、手持ち無沙汰になった彼女との会話はその後も続き、やがて村に到着したのだった。



             ☆



 村は、既に仕事を終えてきた人々でごった返していた。

 成果を伝えて報酬を受けとる者、診療所で治療をする者、酒を片手に早くも盛り上がり始めている者。各々がそれぞれの用事を済ませているようだ。

 ただ、そこに朝のようなヒリついた空気は無く、一仕事を終えた達成感が満ちていた。この分だと、あと数刻もすれば村をあげた盛大な祝勝会が始まるだろう。


「お、帰ってきたか。お嬢さん達、あれが件の商人だ。おーいデニス!」


 馬車を停めて今日の報告をしようと指揮所へ歩き出したところで、村の顔馴染みが声を掛けてきた。見ると、背後に2人の女性を伴いながらこちらへやって来る。


「やぁ良かった。デニス、もう品物があるとしたらあんたんとこしかなくてな。悪いが忙しいんで詳しい話は彼女達から聞いてくれるか?」


 それだけ言うと、女性2人にも似たようなことを言って再び人混みへと消えていった。まあ、村総出の魔獣討伐だ。色々と忙しいのだろう。

 気を取り直して目の前の女性達に目をやる。

 1人は、程よく鍛えられた体に武骨な鎧で身を包んだ、いかにも傭兵然とした赤髪の女性。年齢は30前後だろうか。

 そしてもう1人は、濃紺のローブを着込んだ、極東風の顔立ちの小柄な少女だ。魔女帽子の下からは、短く切り揃えられた銀色の髪が覗いている。

 最初に口を開いたのはその少女の方だった。


「あの…解毒薬を売ってほしくて!冒険者の仲間が倒れてしまって…。ええと…」


が、いまいち要領を得ない。

 今更気づいたが、少女の様子は落ち着きがない。討伐に参加していたのか、身につけたローブはあちこち破け、切り傷、擦り傷が体のあちこちについている。だがそれ以上に、不安を必死に押し殺して懸命に話をしようとしている姿が事態の深刻さを物語っているようだった。

 私は屈むと、少女に正面から向き合って話しかけた。


「落ち着いてください。貴女が求めている物を私が持っていれば、必ずお渡しします。ですから、何が起こっていてどんな解毒剤が必要なのかを、しっかり教えてください」


 私の言葉を聞いた少女は少し冷静さを取り戻したらしい。一度大きく深呼吸し、改めて事のいきさつから話し始めてくれた。


「慌ててしまってごめんなさい。私はリンと言います。まだ駆け出しの魔術師見習い《メイジ》です。今日の討伐に友人と参加していたのですが、その最中に『巨大毒蔓メガ・ウルティカ』に襲われてしまって…。私達の実力では中級の魔獣に敵わず、危ないところをこちらのイゾルデさんに助けていただいたんです」


 少女が隣の赤髪の女、イゾルデに視線を向けると彼女は同意するように頷くと、話を引き継いだ。


「まあ、結局この娘の連れはその時に毒を受けちまってね。だから解毒薬を探してたんだが、生憎とどこの行商も扱ってなかったんだ。困り果ててたことろに、あんたなら持ってるかもって話が飛び込んできたんで、こうして来たってわけさ」


「なるほど…」


 巨大毒蔓は植物型の魔獣だ。大人の胴回りほどもある蔓を操って、近づいてきた獲物に襲いかかる。その蔓には毒針が付いており、触れればたちまち体中が麻痺し、動けなくなったところを捕食するのだ。中級相当の魔獣であり、確かに駆け出しの冒険者達が相手をするのは難しいかもしれない。


「分かりました。そして安心してください。薬はあります。簡単な処置もできますので、ご友人のところへ案内していただけますか?」

 

 私の言葉に少女は安堵の表情を浮かべ、深く頭を下げたのだった。



            ☆



 薬を取るために馬車の裏手に回ると、レオナが立っていた。


「はいこれ、薬」


そう言って渡してきたのは、件の解毒薬だった。


「聞こえてたんですか?」


「まあね。処置もあたしがやるよ。学校で何度かやってるし」


 どうやら、表での話を聞いた彼女が、先回りして用意してくれたらしい。


「ありがとうございます。じゃ、行きましょう」


 私達は踵を返すと、新たに加わったレオナについて二人に紹介する。そして、一通りの意志疎通を済ませた我々は、少年の元へと向かうことにした。



            ☆



 我々が案内されたのは、騒がしい中心部から離れた比較的静かな場所に位置する救護テントの一つだった。中にはベッドが四つ設置されているが、使っているのは今まさに寝ている少年一人だけだった。


「彼です」


リンが示した少年は、肌着姿の体のあちこちに包帯が巻かれている。解毒以外の治療を終えているというのは、間違いないようだ。


「ちょっと診せてもらうね。毒が入ったところを教えてくれる?」


「あたしから説明するよ。えーっとね、一番酷いのが右肩で、あとは…」


 レオナが少年の側に行くと、イゾルデがそれ手伝うかたちで治療が始まった。


「彼は、大丈夫でしょうか?」


 そう尋ねるリンの声は震えている。


「大丈夫。元々大した毒じゃないから、こうやってちゃんと治療できれば必ず治るよ」


「あたしも何度か遭遇してるが、治らなかった奴はいないよ。それよりあんたも休みな。今にもぶっ倒れそうな顔してんだから」


彼女の言う通り、リンの方の顔色も大分悪い。


「お二人の言う通りです。私は外で温かいものでももらってきますので、とりあえずそれで一息つきましょう」


私は幼い魔法使いにベッドを勧めると、広場でどんな物が配られていたか思い浮かべつつ天幕をくぐった。



            ☆



 それからしばらくの後。少年らがいるテントの中では、芳しいスープの匂いがただよっていた。疲労の色が強かったリンも、温かいものをとれたことで人心地つけたらしい。ベッドに深く座り込んだ彼女の表情は、先ほどよりも柔らかくなっている。

 改めて見ると、随分と幼い印象を受ける少女だ。仲間は治療を受けている少年との二人きりのようだし、参加人数が多いとはいえ、未熟な彼らに今回の討伐は無謀だったように思える。


「リンさん達は、どうして今回の討伐を受けたのですか?もっと危険の少ない任務クエストはあったと思うのですが」


「…それは、どうお話しすれば良いのか…。」


そんな私の疑問に、リンは少し躊躇う様子を見せたが


「いえ、ここまでして頂いたのですから、きちんとお話すべきですね」


すぐに表情を正し、その答え、つまり今回のいきさつを語り始めた。


「デニスさんの見立て通り、私達は組んだばかりのパーティです。もっと言えば、つい最近冒険者登録をしたばかりの新人です。けれど、私達にはすぐにでも成果を上げる必要がありましたーー」

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