第49話 破滅衝く黎明の剣

 眼下を狙うものは斬撃で、俺自身へ飛来するものは吸収して――と、白灼の嵐を防ぎながら思考する。


「このまま上空うえで固定砲台にてっしられたら、完全にジリ貧……試してみる価値はあるか……」

「行け行け、行けぇいっ!!」


 誓約に抗う皇獣。

 怒りの矛先は、首元で煌めく真紅の宝玉。

 もしアレが皇族の指示に強制力を持たせる効力を持つのだとすれば、破壊することで支配から解き放てるはずだ。もしその先にある未来が、希望なのか地獄なのか分からないのだとしても、このまま何十万という人々が灰燼かいじんと化すのを黙って見ているわけにはいかない。


「■■■、■■――!!」

「狙い撃つべきは……!」


 魔剣の切っ先を宝玉へと差し向ければ、今度は白灼嵐が飛来する。

 この攻撃を潜り抜けて懐深く潜り込まなければ、勝機は無い。そう思いながら空中を錐揉きりもみしてかわしていると、視界の左半分を蒼銀の光で塗り潰される。


「ヴァン! 一人で無茶をしないでください! それ以上高度を上げると、こちらからの援護もままならない!」


 セラの斬撃によって、皇獣の白灼がさえぎられた。

 更に俺たちがいるのは、地表からの距離を考えて、まず攻撃の届かない高度。流石の皇獣も思わぬ攻撃を受けて硬直し、その隙を狙って黄金の斬撃が襲来する。

 紙一重の所で躱す皇獣だったが――。


「私はこれ以上、届かないんだけどっ!」


 そこからも金と銀の斬撃の嵐が地表から突き上げて来る。

 近距離武器の射程範囲を大幅に超えた連撃は、奴らにとっても予想外だったようだ。


小賢こざかしい! すべてき払ってくれる!」

此処ここが背水の陣……なら!」


 とはいえ、やはりというべきか皇獣相手に一対一タイマン空中戦では、余りに分が悪すぎる。その上、皇獣が“叛逆眼カルネージ・リベルタ”への対処法を心得こころえているらしいこともあり、このまま持久戦に持ち込まれたら全滅は必至。

 つまりセラたちの援護が届く此処こここそが、最後の踏ん張りどころだということ。

 黒翼の推進力を最大まで引き上げ、真正面から突貫する。


「さあ、命がけの空中鬼ごっこといこうか! 皇帝陛下殿!」

「貴様、戦場をめているのか!?」

「お前ほどじゃないさ。それに友達がいないのはお互い様なんだから、最後の遊びを楽しんでおけよ」

「黙れぇぇっ!!」


 これまでの俺とは明らかに違う挙動。

 対して皇獣は、再び散弾で目くらましをして距離を取ろうと行動を起こす。身体の直接破壊――“叛逆眼カルネージ・リベルタ”を余程恐れているのだろう。正しい判断だ。


 しかしアレクサンドリアンは、真正面から接近する俺を迎え撃てと指示を出して騒ぎ立てている。

 結果、互いの指示の食い違いにより、皇獣の動きが一瞬硬直してしまうのは必然。


 それこそが致命的な隙。

 皇獣は一手遅れで動き出そうとするが――。


「“聖穹劃す裁きの皇断セイクリッド・レガリア”――ッ!」

「“燦然輝く無双の迅剣ラディウス・クェーサー”――ッ!」


 突如として眼下から天を突く、蒼銀と黄金の超斬撃が飛来。

 眩い光が空を照らす。


「■、■■■■――!?」


 左右から挟み込むように飛翔した斬撃は、今も壁となって皇獣の巨躯すらも阻む出力を誇っている。つまり皇獣が逃れられるのは、上下のどちらかしかない。

 であれば、逃げられる方向は上方のみ。

 何故なら高度を落とせば、今度は逆に聖剣所持者二人からの集中砲火を浴びることが目に見えているからだ。

 ならば、向かう先は一つ。


「――ごきげんよう、皇帝陛下殿」

「な……回り込んだのかッ!?」


 進行方向へ先回り。太陽を背に世界で一番偉い皇帝陛下殿を見下ろす。


「貴様ァァ!! 余の上に立っていい人間などいるはずがないッ! やれェ!!」


 今回に限っては二人の意志が合致したのか、皇獣は即座に反転。収束した白灼を差し向けて来る。


「――それは、想定済みだ」


 対する俺は剣尖を皇獣へと差し向け、この闘いで喰らった魔力全てを刀身のみに超圧縮。

“レーヴァテイン”の切っ先から円状に波動が舞い散った後、漆黒の魔力が炸裂し、黒翼が飛び散る様に四散した。そうして推進力を失った俺の身体は、目がけて真っ逆さまに降下を始める。


「俺の想い……覚悟を……この一撃で……ッ!」

「■■、■■■■■――!!」


 黒翼の四散は、推進力に回していたリソースすらも攻撃へと転用したが為に引き起こされた現象。今から放つのは、俺にとって最強の一撃。

 蒼穹の剣十字を宿した瞳で眼下に迫る劫炎ごうえんを睨み付け、黒金の魔力が集う剣尖を突き出していく。


「“破滅衝く黎明の剣ロストエンジェル”――ッ!!」


 闇炎剣衝。

 極限まで圧縮した全ての魔力を解き放ち、“レーヴァテイン”を起点に俺自身が黒金の流星と化す。


 それと同時に皇の名を冠する怪物も力を解き放ち、互いの最大火力が激突。しかし拮抗はしない。


「な、何ッ!? 来るな……来るなァ!?」


 瞳の剣十字が輝きを増すと共に、周囲の劫炎ごうえんが削り取られていくからだ。それは“叛逆眼カルネージ・リベルタ”の基本能力――魔力の吸収と自らへの還元を宿しているが故の超火力斬撃。

 たとえ相手が皇獣であろうとも、災厄を告げる一撃となる。


 そして、それを証明するかのように劫炎ごうえんを正面から貫き、皇獣の元へと到達。


「■、■■――!?」


 流突、斬破。

 黒金の一閃をもって斬り抜ける。


「■、■■■■――!?」

「な……に!? あがぁっ!?」


 すると、攻撃を加えられた皇獣がもだえ狂い、その背に魔法でくっ付いていたアレクサンドリアンは豪快に振り落とされた挙句、遥か天へと舞い上がった。


「よ、余がこんな目に遭うなど間違っている! 皇獣よ、ほまれ高き余を早く守らんかぁッッ!!」


 そんなアレクサンドリアンは、さっきの衝撃で左肩・膝から先をそれぞれ喪失そうしつした状態ながら、一人絶叫している。もっとも、その命令に答える者は、誰一人として・・・・・・存在しない・・・・・わけだが――。


「――よかったな。最後の最後で、誰よりも高い位置で人々を見下せて」

「へぁ?」


 俺は残存魔力をき集めて刀身に収束。空から降ってくるアレクサンドリアン目掛けて、漆黒の斬撃として撃ち放った。

 そして、もう一つの影が躍動やくどうし、俺から見て対角線上から発せられた白灼が天を焦がす。それは言うまでもなく、皇獣が自発的に・・・・取った行動だった。

 無論、向かう先は――。


「ひぃ!? どうして……どうして余にィィィッ!?!?」


 黒白の波動がアレクサンドリアンを挟む形で激突。見事な爆炎の華を咲かせる。

 最期――アレクサンドリアンが絶叫の中で見たのは、人の身には過ぎた皇獣臣下だったのか。それとも人間扱いすらしてこなかった相手が放った叛逆の光だったのか――。

 奴の命が文字通り燃え尽きてしまった以上、今はもう誰も知る術を持たない。

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