第38話 三馬鹿娘と女の戦い?

 ようやく話に区切りがついたと思った時、俺はシェーレの回答に少なからず衝撃を受けることとなる。

 何故なら、例外やら特別待遇やら、一人治外法権のような扱いをされている俺を疎ましく思うことはあっても、直接関わりのない者が好意的に捉えるなどあり得ないと思っていたから。


「改めて、俺に何の用だ?」

「用事という程ではないのですが、一度お話をしてみたいと思いまして……」

「話……俺とか?」

「ええ、貴方が来てから騎士団の損耗率そんもうりついちじるしく低下したのは明白。少人数とはいえ、将兵を預かる者としては、決戦に備えてその心持を勉強したく思い……」

「つまりウチの隊長はアンタを悩殺して、ゆっくりお話ししようってことやで!」

「の、悩殺!? 破廉恥ハレンチなことを言わないで!」

「あでっ!?」


 シェーレに拳骨ゲンコツを落され、涙目になるアイラ。友人同士の愉快なやり取りからは、やはり俺への敵愾心てきがいしんなど微塵も伝わってこない。


「真面目な話をするなら、シェーレの言う通り。私たちとしては、純粋な興味と感心……後、冷やかしと……隊長がちゃんと話せるよう援護に来た。さあ、二人でゆっくり語明かすといい」

「せやね、これが最初で最後の会話になるかもしれへんし、せっかくの機会やしな!」


 だが、揶揄からかう様なこれまでとは打って変わって、硬質な声音。彼女達が遊びに来たわけではないことを物語っていた。


「最初で最後……」

「ええ、私たち第七小隊も最前線で戦います。相手が相手ですから、正直生きて帰れる保証はないに等しい。それでも、一人でも多く生き残って戦い抜くにはどうするべきか……。私たちに出来るのはそれだけですから……」


 一兵卒でしかない自分たちに大局を動かすことはできない。それを理解した上で自分に何ができるかを模索した結果が俺への接触。

 目の前にある現実を直視して強大な運命へ抗う為に――。


 それは命を懸けて戦う覚悟が決まっているということ。

 つまりこの三人もまた、強き心を持つ戦士だという証明。アースガルズ時代、俺の周りにいた自分勝手で自己中心的な人間たちとは、本質的に違う。

 願わくば、シェーレたち三人が死すことのないように――という想いを抱いてしまうのは、最早必然だったのだろう。


 彼女たちを前にして感傷に浸っていると、凛麗な声音が響く。声の方向へ視線を向ければ、未だ昇りきらない朝日に照らされながら歩み寄って来るセラの姿。


「――皆で集まって楽しそうですね。私も混ぜて貰えますか?」


 ただ、不気味なほどの満面の笑みを浮かべていた。


「ひ、ひっ!?」


 その一方、皇女の出現を受けた三人娘は、まるで凍り付いた様に固まってしまう。

 しかし、そんな異質な空気の中、セラは長い髪を優雅に手でくと俺とシェーレの間へ割り込む様に身体を差し入れ、豊満な胸同士を正面から突き合わせる。


「それと……そのような破廉恥ハレンチ極まりない格好で、私のヴァン騎士にあまり近づかないで貰えますか?」

「あえ、っ!? な、なな……ッ!?」


 セラが微笑を浮かべる一方、シェーレは多すぎる情報量に処理負荷を超えたのか背後に逃れることもできずに石化してしまう。

 結果、張りがありそうな巨大な胸がまるで競い合うかのように押し潰し合う。それもグニュムニュという生易しい衝突ではなく、ギチギチ、ミチミチと音を立てながら互いに胸部周りの空間を喰らい合うことになってしまい、完全に手が付けられない状況。


「こ、これは……!? ニヴルヘイムおっぱい番付の若手トップが決まる瞬間!?」

「この状況でそんなこと言ってる場合か?」

「爆乳死すべし、慈悲はない!」

「そっちの君は、その物騒なオーラを早くしまってくれ」


 頼みの綱も、片割れは目の前で起こった競り合いの実況解説を始めてしまう。もう一人は舌打ちと共に凄まじい殺気を放っており、全く役に立ちそうもない。

 だが、そうこうしている内、女の闘いは思った以上に早く終結を迎えることとなった。


「ぅ、んっ!?」

「あら、もう終わりですか?」


 押し飛ばされたシェーレが尻もちを突く。

 対するセラは、聖母のような笑みを浮かべてシェーレを見下ろしている。


「あらー、ウチのシェーレでも勝てへんかぁ! 流石は姫やな」

「背丈と胸の弾力はシェーレが、胸の大きさと張り、乳圧は皇女殿下の方が上……。レベルの高い戦いだった」

「一体、何と戦ってるんだ?」


 すると、いつの間にか隣に立っていた二人が感動した様子でセラたちに拍手喝采を送り始めた。よく分からないノリに頬を引きつらせていると、自ら嵐を巻き起こしたセラから、色んな意味でお前が言うなという爆弾発言が飛び出す。


淑女しゅくじょが下着を晒すなどはしたない。早く身だしなみを正しなさい」

「ふぇ……はわっ!?」


 女性がスカートで尻もちをつく。

 シェーレは若干天然気味。

 俺たちはその正面に立っている。


 これだけの要素があれば、目の前でスカートの中がどうなっているかなど考えるまでもない。シェーレが顔を赤くしながら慌てて座り直すと共に、何とも言えない空気が俺たちを包む。


 もっとも当の皇女様はシェーレがスカートを直したのを見ると、我関われかんせずといった様子でこちらへと歩いてくるわけだが、満面の笑みから伝わって来る微妙な不機嫌さは相変わらずだった。


「じ、じゃあ、ウチらはここまでということで!」

「後は若いもん同士楽しんで!」

「あ、ちょっと!? 二人とも!?」


 すると、アイラとルイザは脱兎だっとの如く全力ダッシュ。シェーレを置き去りにして逃げ去ってしまう。

 セラはそんな二人を追うこともなく、嘆息を漏らした。


「全く、あのお馬鹿さんたちは……」

シェーレ彼女も含めて騎士団ってことらしいが、有名人……というか知り合いなのか?」

「ええ、少しばかり古い付き合いです。能力は優秀なのですが、性格に少々難ありでして……まあ、我が軍の愉快な仲間の筆頭といったところでしょうか」

「精鋭部隊な分、キャラが濃いってことか。それにしても、随分早い帰りだったみたいだけど、用事は済んだのか?」


 騒がしいのが消えてようやく落ち着いてきたと思いながら行動の真意を訪ねれば、セラは神妙な表情を浮かべて首を横に振る。


「例の捕虜についてヴァンの意見が必要だと判断したので、呼びに来た次第です。一応……血縁の方とのことでしたので……」


 そんなセラの口から突いて出たのは、とっくの昔に乗り越えた過去からの誘いだった。

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