第2章 赫黒ノ魔剣《Rebellion eyes》

第27話 叛逆眼の更なる力

 鳥獣が咆哮し、巨躯から繰り出される爪が地面を砕く。


「馬鹿力が……! こちとら今日三回目の出撃で疲れてんだよ!」

「そう、ですね! 低級モンスターの群れ、アースガルズ尖兵との小競り合いに加えて、これとは!」


 グレイブとコーデリアは跳躍して攻撃を避けるが、その表情は苦々しさに染まっている。


「■■、■■■!」


 暴力の権化と化しているのは、赤褐色の鳥獣――というより、鳥人。

 筋肉質かつ巨大な人間の胴体に鳥の頭部・くちばし・翼・爪を持つモンスター――“ガルダクロウ”。

 通常、遭遇することのない神獣種を除けば、上位に位置するモンスターの一種だ。本来なら、大隊を組んで対処に当たらなければならないレベルの相手だが、こちらの戦力は四人だけ。

 その内の二人は言うまでもなく、残りは――。


「いつもこんなペースで襲撃されるのか?」

「そんなわけないだろ!? 君が来てから、こんな風にって……ぬおっ!?」


 降り注ぐ翼撃をかわしている俺とリアンだった。

 ちなみにセラは政務とのことで宮殿に引っ込んでおり、この場にはいない。


「ぐへっ!? 首根っこを掴むんじゃない!」

「引っ張ってなきゃ、首が飛んでたぞ。とはいえ、このレベルのモンスターが人里に降りて来るなんて……よっぽど辺境でもなければ遭遇することはないんだが」


 ユリオンたちと話を付けてから、早三ヵ月。

 俺もニヴルヘイム皇国に馴染なじみ始めている――かどうかは、未だ微妙だった。

 というのも、俺が側近を作ることを嫌っていたセラの隣に突如現れた年頃の男だっただからだ。更に魔眼保持者ともなれば、宮殿重鎮から見て面白くないのは言うまでもない。


 その反面、あれだけ警戒されていた騎士団や民衆からは、相応に受け入れられている。ニヴルヘイムを護る為にモンスターと戦う姿が認められたということなのだろう。

 そんなこんなで平時はセラの傍に、俺の力が必要な有事の際は、こうして騎士団と連携を取りながら対処に当たる日々をそれなりに楽しんで送っている。


「そんなこと……おおぅ! 前髪が斜めに……!?」

「言わんこっちゃない。まあ、散髪に行く手間が省けてよかったと前向きに捉えるんだな」

「くそぉ! これ以上、ヘアスタイルを間抜けにされてたまるものか!」


 とはいえ、現状・・、空戦能力を持たない俺たちからすれば、一撃離脱を繰り返されるだけで決め手に欠ける状況が出来上がってしまう。

 ガルダクロウの空戦能力と高い膂力りょりょくは厄介そのものだった。


「嬢ちゃんの弓でどうにかならねぇのか!?」

「敵も味方も密集しながら、こうも動き回られると友軍誤射フレンドリーファイアの危険があります。私だけ離れたとしても狙い撃ちにされるのは明白。正直ジリ貧ですね」


 グレイブの言う通り、この中で中・遠距離を主体とするのは、薄蒼を基調にした大弓――“ウィズダムゲイル”を携えるコーデリアのみ。新人ながらクリスクォーツ製の武器を与えられている辺り、流石はセラが選んだ監視役ということなのだろう。

 しかし、そのコーデリアから見ても、状況はあまりよくないとのこと。


 倒されもしないが、倒せもしない。

 そんな状況。


「ちょこまか動き回りやがって!」

「追い込んで囲めればいいんですが……」


 リアンは前回の模擬戦で俺が借りた剣を、グレイブは武器全てがクリスクォーツで形成された実戦用・・・戦棍メイスを携えている。つまり後者に関しては、前回の模擬戦と違って本気モード。

 隙を作って急所に攻撃を叩き込めれば、十分な火力となるはず。後はその手段を見出すだけ。


陽動ようどうは俺が引き受ける。コーデリアは援護、他二人でトドメを刺してくれ」

「ちょっ!? 旦那!」

「おい、ユグドラシル! 独断専行をするなァ!」


 皆も今日三回目の出撃とあって本調子とは言い難い。それなら、強引にでも攻めるしかない。

 そう判断すると、俺は荒野を蹴り飛ばして一同から突出。ガルダクロウ目掛けて地を駆ける。


「ヴァンッ!? ちょっと!」


 背後の三人は驚きを見せているようだが、一切無視。敵を仕留めるべく、一気にギアを引き上げた。


「■、■■■■――!」

「流石に上位種、大した殺気だが……」


 飛来、跳躍、抜刀。

 俺はクリスクォーツで形成された長剣を逆手に構えると、迫り来る右巨爪の外側表面に刀身をあてがうようにしてガルダクロウと交錯する。

 質量と推進力を考えれば、どちらが押し勝つなど考えるまでもない。

 だがこの身が押し潰されることはなく、鳥人の屈強な右腕だけが鮮血と共に破砕していく。


「こりゃ、どうなってんでぃ!?」

「魔力を吸収するというのは知っているが……何故、腕自体が消えるんだ?」


 更に返しの刃で右肩口に剣を突き刺す。

 その瞬間、瞳の蒼穹が輝きを増し、巨腕が形状崩壊を起こし始める。


「■■、■■■■――!?」


 片腕を失った鳥人がえ、周りの連中も驚愕を隠しきれないでいるようだった。


「分解!? いえ、攻撃なの!? これも魔眼……!?」


 コーデリアの分析は、決して間違いじゃない。

 これは生物の体内魔力を直接喰らう“叛逆眼カルネージ・リベルタ”の基本能力の一つ。理論としては、いつもの吸収をゼロ距離で行っているだけというものであり、単純明快。肉体が強制崩壊していくのは、力を吸収した結果の副産物。


 これこそ、伝承に記される六つの魔眼の中でも戦闘特化とされ、一説では“魔法殺し”と称された所以ゆえんだった。


「■■■――!!!!」


 右肩口に立つ俺を払い落とすべく、左腕が迫り来る。


「――ッ!」


 対する俺は、漆黒を宿した剣を一閃。

 掌から手首までを一気に斬り裂く。


「■■■、■――!?」


 反撃の結果、引き起こされた異常は、右腕の喪失と左腕の機能不全。

 これ以上ない程の十分すぎる隙。

 刀身に赫黒を纏わせ、一閃の元に刃を奔らせる。


「“天柩穿つ叛逆の剣リベリオン・ヴルガータ”――」


 黒閃、破断。

 ユリオンたちに放った時とは、別次元の破壊力で右翼を両断。更に返しの一閃で残る左翼を斬り裂くと、そのまま跳躍。

 身体を回転させ、側頭部に左足刀蹴りを叩き込む。


「■■――!?」


 すると、ガルダクロウはバランスを崩しながら吹き飛び、一気に下方へと落ちていく。

 そこは既に、こちらの殺戮領域キルゾーン

 片手・両翼を欠損した巨躯に攻撃が降り注ぐ。


「“エアリアルシュート”――ッ!」


 コーデリアが翡翠の風纏う矢を撃ち放ち、ガルダクロウの両足を射抜いた。

 一射、二射、三射――着実に機動力を奪っていき、五射まで撃ち込まれたところで矢から放たれる竜巻が融合。重なり合って両脚の筋肉をズタズタに引き裂く。


 そして最後、二つの魔力が煌めいた。


「“ディバインスラッシュ”――!」

「“壊劫すべし、剛天裂断ブレイクアバドン”――ッ!」


 そこそこの斬撃。

 剛裂一閃。


 凄まじい破壊力で地面を砕き、魔法が炸裂する。

 さしもの上位モンスターと言えども、これで絶命。

 その雄々しい命を散らした。


「これで、今日は二本目か……」


 困惑、驚愕、歓喜――俺は三者三様の視線を無視すると、戦闘の過負荷によって砕け散った自分の剣を見ながらそう呟いた。

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