第21話 仲間

 青々とした晴天、乾いた大地、武器を手に切磋琢磨する戦士たち。

 そして、迫り来るリーゼント。


 俺は眼前に広がったむさ苦しい顔面に向けて靴底を叩き込んだ。


「ふんっ!」

「へぶぅっ!?」


 蹴り飛ばしたことで見覚えのある巨体が宙を舞う。

 男はグルンと何度も回りながらダイナミックかつコミカルに吹き飛ぶが、果てしなく無駄な頑丈さを発揮して勢いよく立ち上がる。更にはこっちに向かって全力疾走で近付いて来た。


「いきなり蹴り飛ばすなんて酷いですぜ、ヴァンの旦那」

「誰が旦那だ。後、近いし顔が濃い」


 さっきからやり取りしているのは、グレイブ・ハーナル。

 俺がニヴルヘイム皇国に編入した直後――一週間ほど前に模擬戦という形で刃を交えた男だった。

 しかし、その時とはあまりに様子が違い過ぎる。何がどうしてこうなったのかについては、皆目見当がつかない。

 ただ模擬戦の翌日――。


『先日はすいやせんでした!』

『いや、別に……』

『アンタの強さには感服した! これからは旦那と呼ばせて下せぇ! 一生ついていきやすぜ!』

『すまん、意味が分からんのだが』


 こんなやり取りをした後、なんだかんだで今のような関係性に落ち着いていた。

 俺は通常の指揮系統から外れているが故に、グレイブとは上官・部下という関係性ではないのだが、騎士団の先輩・後輩と仮定すれば当てはまる。

 つまり本来なら、こんなやり取りをしていいような間柄じゃないはずだが、いつの間にやら年上の舎弟的な存在となってしまっていた。


「全く、この間まで俺を追い出そうとしていた奴がどうしてこうなった?」

「おっと、それは黒歴史! このグレイブ、一生の恥!」


 まあ結果的にではあるが、社交的で信頼の厚いグレイブの存在は、集団生活に疎い俺をニヴルヘイムに馴染なじませる緩衝材かんしょうざいとなってくれているようだった。


「悪い奴だとは思わないが、ちょっと印象が濃すぎるな……」


 先日、真っ先に因縁をつけて来たのは、自分以外の連中に実力未知数な俺を相手取らせない為の行動。セラに対しての忠誠心もそうであるし、良くも悪くも義理人情に熱いおとこということ。

 それは実際に刃を交えたから分かることだし、奴もあの戦いで何かを感じ取って考えを変えた結果がこの状況なんだろう。


「ハーナル卿……あぁ、イメージが崩れていく。私はもう何もツッコまないわ」


 頭の悪いやり取りを繰り広げる俺たちの隣では、専属監視役の一人であるコーデリアが遠い目をして乾いた声を漏らしている。

 俺と接する内に皇女や役職クラスが悪い意味で素を出し始めてしまったせいで、色々思うところがあるようだ。現実は無常なり。


「しかし、毎日騒がし過ぎだ」

「私からすれば、貴方が来てからなのだけど?」

「それは申し開きもないな」


 そんなこんなで一週間経過した今では、周りとの関係性も随分と改善している。

 少々むずかゆい思いはあるが、普通の人々のような当たり前の日常が戻って来た驚きの方が大きかった。


「それで俺に何の用だ? 一応訓練中だと思うんだが」

「ああ! 忘れていやした! それでですね……この間、旦那と殿下がとっちめたアースガルズの連中についてなんですが……」


 物陰に移動して小声で話しかけて来るグレイブとの会話を受け、記憶の奥底に眠らせていた連中の顔が脳裏を過る。


「捕虜として確保。専門の連中が対応する……って、手筈てはずだったんですがねぇ。指揮官クラスに情報を吐かせる寸前ってとこで……その……」

「捕虜の中に俺の血縁者がいる。それもアースガルズ軍を仕切る高官の息子だと分かった……ってとこか? 一応、セラには伝えてあったんだが」

「まあ俺としちゃあ、旦那が誰と血が繋がっていようが問題ねぇですし、殿下も気にしてねぇようですが……。やっぱりデリケートな問題ですからねぇ」

「なるほど、セラにもお前にも余計な気を遣わせたな」

「いえ……それともう一人、よく分からねぇことを叫んでる女がいるそうでして、そっちの方と合わせて、一度旦那に話を聞くべきだと皇女殿下がおっしゃられたもんで、こうして内密に呼びに来たわけですぜ」


 ここまで来てもあの連中と付き合うことになるとは、何という因果なのだろうか。

 今更あの連中と話すことはないが、ニヴルヘイムに迷惑をかけるわけにはいかない。グレイブ、コーデリアと共に軍施設に向けて歩き出す。


「敵将の子供……それも国を出た後、ピンポイントで家族と再会するなんて……貴方は厄介事で全身武装でもしているの?」

「我ながら否定する要素がなさ過ぎるな」


 そんな中、一つだけ予想外だったのは、この連中の俺に対する態度がほとんど変わらなかったこと。

 新たな味方が侵略国家の中枢人物と血縁関係だった。それだけでも、俺への印象が変わるどころか敵意を抱いても何らおかしくないというのに。


 でも社会から隔絶かくぜつされてきた俺には、このむずかゆい関係に名前を付けることは出来ない。

 だとしても、この関係性を表すに値する言葉は一つしかないと知っている。


 “仲間”――誰しもが持っているはずのかけがえのないモノ。

 今までの俺には無かったモノ。


 きっとそういうことなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る