第8話:アンタップガール(7)


「はい、じゃあ次の問題を———高崎、いけるか?」

「zzz……」

「あれ、高崎。聞こえてるかー?」

「おい、高崎。たーかーさーき、起きろって!」

「zzz……」

 声をかけ、彼女の机を叩くも彼女は起きてきそうにない。


「おい、高崎!た・か・さ・き・さーん。ゴリが気付く前に起きろ!」

「ん、なにぃ?うるさいわねぇ?」

 やっと目を覚まし、寝ぼけ眼でこちらを見る。

「うるさいじゃないよ!ああ、でもやっと起きたか。間一髪だったな。」

「何が間一髪よ・・・」



「そうだぞ、三上。何が、間一髪なんだ?」

 高崎の可愛らしい声とともに、頭上から聞こえてくる野太い声。

「あ、やっべ・・・」

「何がやばいんだ?三上。あと、誰が気付く前にって言った?」

 あ、これはますますやばい…。


「い、いやー別に何も。先生の聞き間違いじゃないですかね?あ、でも悲観する必要はないっすよ?ほら、先生くらいの年になったら誰しもありますから―――。」


「ほう、つまりお前は俺の耳が遠いと」

「あ、いや、ちが、そうじゃなくて…」

 はぁ、と大きなため息をつくゴリ


「もういい三上。で、高崎この問題分かるか。」

「はい、黒板のあの辺のスペースに書けばいいですか」

 黒板の右あたりを指す高崎。

「おう、頼んだ。」


 俺の苦労も甲斐あってか俺の苦労を知らずにか、高崎はせっせと黒板に解答を書き込んでいく。おそらく俺とゴリのやり取りの間に自分の問題を確認していたのだろう。にしても珍しい、高崎が授業中に寝てるなんていつ以来だろうか。

「これで合ってますかね、早乙女先生。」


 一応補足しておくが、早乙女先生とは、あのマッチョの事である。まあ、イメージと違いすぎるという意見はあるだろうが、実際名刺交換の際に二度見されたりとかは普通にするらしい。むべなるかな…。


「おう、流石高崎。正解だ。」


「はあ、俺が起こしたおかげだな。」

「あと、三上。授業後職員室な」

「ナンデ!?」


 寝ていた宇佐美はちゃっかりゴリのポイントを稼ぎ、そして宇佐美を起こしたはずの俺は授業後職員室へ呼び出され、こってり絞られのであった。


 ♦♦


「何で起こした俺が起こられなきゃならんのだ…」

 俺が職員室から帰る途中…階段を下っていると爽やかそうな声が聞こえる。


「で、この間の返事、ちゃんと考えてくれた?」

 なんだなんだ、こんな真昼間っから告白か?男の方は…確か、3年のサッカー部の先輩だったはずだ。イケメンかつ運動神経抜群なのもあってうちの学年でもファンの女子も多いと聞く。


「何度聞かれても私の答えは変わりません。先輩とはお付き合いできません。」

 ありゃま、断られてやんの。さて、断った相手は、・・・っと


「そんなつれないこと言わないでよ、杏ちゃん。」

 何を隠そう我が友、高崎杏であった。


「下の名前で呼ばないでください。」

「俺のどこがダメ?いきなり付き合うのが嫌っていうなら、友達から始めない?」

 確かに高崎は普通に可愛いからな。中学の頃から告白してくる輩は確かに多かったし。正直無茶ぶりの連発だったり毎朝起こしに行ってたら感覚が麻痺していた。



「無理です。今は恋愛にうつつを抜かしてるような状況じゃないんで、申し訳ないですけど他の人にあたってください。」

 失礼します、と一言、高崎はその場を去っていく。ありゃ、折角のイケメンなのにもったいない。



「ああ、くっそ!今回はイケると思ったのに!アイツ、調子づきやがって…」

 さっきまでの先輩ととても同一人物とは思えないような声が聞こえる。大丈夫っすか先輩?イケメンが台無しですよ?ファンの女の子たち逃げちゃいますよ?


 高崎の見る目に安心しつつ、そのまま俺もばれないようその場を離れた。


「あ、宇佐美に弁当渡さなきゃ。」




 ♦♦♦





 そして放課後…

 昨日のように宇佐美はHRが終わった瞬間に下校していった。昨日も思ったけどアイツ帰るの早すぎだろ。今日はどうするかな、昨日の材料がまだ残ってるはずだよな…いや、でも確か今日スーパー特売だったから行きたいなー。



「ねえ、ちょっと話があるんだけど。」

「どうした高崎。告白の返事なら申し訳ないがNOだ。」

「あんた…」


 プルプルと震える高崎。ひょっとして図星だったのだろうか。


「見てたんなら助けなさいよ!」

「いやぁ、いいもの見せてもらったよ。」

 悔しそうに歯噛みする。

「こいつ、よくもまぁペラペラと…」

「でも、お前よかったのか?あの先輩イケメンだしスポーツできるしで、結構モテるタイプの人なんだろ?」


「あら、私って自分の株をあげるために彼氏を作るような女だと思われてるの?だとしたら甚だ心外なんだけど。」

 プイっとそっぽを向く高崎。

「そんなわけないだろ。お前がそんな安い奴じゃないことは俺がだれよりも分かってるつもりだぜ?」


「っつ。何恥ずかしいこと言ってんのよ。こっちが照れるじゃない。」

 何も恥ずかしいことは言ってないと思うんだが…


「って、そうじゃない!壮太、ちょっと今から話があるんだけど、時間————」

「いや、ちょっと今からスーパーの特売に行かなきゃ」


「ないって言っても無理やり連れてくから、準備して。」

「宣言!?」


 どうやら俺に選択の余地は無いようであった。


「いや、今日駅前のスーパーが肉の特売日なんだよ。」

「でも、その買い物も宇佐美ちゃんのためなんでしょ?」

「なんでそれを知って…」


 はあ、とため息を一つつく高崎。

「やっぱ当たりか。ま、その辺も含めて色々聞きたいことも話したいこともあるから。いつものファミレスでいい?」

「ああ、分かった…」


 彼女が提案してきたのは駅前のファミレスだった。



 ♦♦♦♦





「あー、やっぱりドリンクバーはアセロラ一択、この絶妙な濃さがたまらないわね~。」

「いや、何で呼んだんだよ!ここ来てから30分何の話もしてないぞ!?」

「うーん?じゃあそろそろ話しますか。」

 高崎はグラスをよけ、真剣なトーンで話し始める。

「宇佐美ちゃん、呪われてるわよね?」

 早速核心を突いた質問をしてくる。さっき飲み物を飲んだばっかりにも関わらず、喉がひりつき始める。

「ああ、誤魔化そうったって無駄だから。ていうか誤魔化さない方がアンタの…っていうか宇佐美ちゃんのためにならないわよ?」

「どうして、気づいた?」

 ある程度バレていると覚悟していたとはいえ、かろうじて出てきた言葉はこれだけだった。


「気づく要素はごまんとあったけど…体操服の件とか、後インタビューの件とか。」


「そうか、さすがによく見てるな。」

 そういって俺はオレンジジュースを飲む。


「ていうか、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。問題はいかに宇佐美さんにかかった呪いを解くか。」

 そうでしょ?と高崎は言ってくる。


「それができないから、こんなに長い間宇佐美も苦しめられてきたんだぞ?昨日だって助けになると思ったのに…」



「壮太、今昨日が何て言った?」


 ああ、もうこいつは!

「だから、昨日あいつに伝えたんだよ!菊名先輩に教えてもらった、呪いを解く方法!でも、あいつ、今はこの状況を楽しみたいからまだ言わなくていい、って言ってきたんだよ…。」


「はあ、やっぱりそうか…。」

「え?」

 高崎はもう一度、何かを決意したような眼でこちらをじっと見つめる。



「壮太、お人よしのアンタからすれば辛いかもしれないけど、覚悟して聞きなさい。今から話すのは、宇佐美さんが、呪われた理由。少なくともその一つよ。」


 潤したはずの喉が、また乾き始める感覚がした…。

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