【完結】地味ダサ令嬢ローズの反撃

葵井瑞貴┊書き下ろし新刊10/5発売

第1話 地味な花には毒がある

 『スズラン』をご存じかしら?


 白くて華奢きゃしゃで小さい草花。


 正直、薔薇みたいなパッと目を引く華やかさはない。


 でも、地味な花だとあなどるなかれ。


 スズランの全草には毒がある。


 過去に、スズランを活けたコップの水を飲んだ子供が亡くなるという、痛ましい事件があったほどの猛毒だ。


 『だから何だ?』『何を言いたいんだ?』と思うでしょう?


 私が忠告したいのは、こういうことよ。



 見た目が平凡地味で冴えないからって、馬鹿にして見下すのはやめた方が良いわ。

 


 花も人も見かけによらず……【猛毒】を持っていることが多いから――。



◇◇◇



 宮廷舞踏館では、今夜のダンスパーティーに向けて慌ただしく準備が進められていた。


 王族の皆様も出席される盛大な夜会。当然、準備も大がかりなものになる。


 女学院に通う貴族令嬢たちも今日は授業はお休み。

 

 代わりに、人手不足を補うため、会場設営の手伝いに駆り出されていた。



 ローズ・ハルモニアも例外ではなく、朝から床の掃き掃除をしたり、窓拭きをしたり。


 今は、玄関ホールに置いてある花瓶に薔薇を飾っている。



 ふいに背後からやかましい女性達の声が聞こえてきた。


 聞き覚えのある声にげんなりしながら肩越しに振り返ると、三人の令嬢がこちらに向かって歩いてくるのが見える。


 華美なドレスをまとった彼女らは、ローズの級友であり、ことあるごとに嫌味を言ってくる……少々厄介な人たちだ。


 三人組のうち二人が、真ん中にいるリーダー格の令嬢を褒め称えた。



「まぁ! 素敵な婚約指輪ですわね。いいなぁ。私のより高そう……羨ましいですわ」


「ええ、本当に綺麗で素敵! とてもお似合いですわ」


「貴重な宝石を使った特注品なの。凄く高かったでしょうに。今日の夜会のために、私の婚約者が贈ってくれて……。ふふっ、私って愛されているわ。――それより、あなたのドレスこそ素敵よ。今日は一段と気合いが入っているじゃない」


「ありがとうございます! わたくし、実は第三王子のルーク殿下を狙っているんですの。今日の夜会でダンスを踊る予定で……今から緊張してしまいますわ!」


「あぁ、だからあなた、まだ誰とも婚約していないのね。美人で爵位も高いのに不思議だったのよ。頑張りなさい」


「はい! 」



 廊下のど真ん中に立ち、手より口を動かす令嬢達。


――まったく、どこの世にもサボり魔はいるのね……。とにかく、見つかると面倒だわ。


 ローズがそう思っていると、三人組のリーダーがこちらに気が付いた。


 瞬間、にやりと意地の悪い笑みを浮かべ、ひん曲がった口を開く。


「あら、ローズ・ハルモニア伯爵令嬢じゃない。相変わらず地味で特徴のない顔ね。あまりに影が薄すぎて壁と同化しちゃっているじゃない。一瞬気付かなかったわ。ねぇ、あなたも今夜の舞踏会に来るの?」


「はい。宮殿舞踏会への出席は貴族令嬢の義務ですので」


「そうなの。あなた、まだ誰とも婚約していないわよね? どうせ踊る相手も見つからないでしょうに。よく行く気になれるわ。恥ずかしくないの?」


「……」


「あぁ、あまりに婚約者が見つからなくて焦っているのね。かわいそう。あなたみたいな凡庸な令嬢を拾ってくれる物好きな殿方が居れば良いわね」



――こういう輩は相手にしないのが一番ね。



 早口でまくし立てる相手の言葉を聞き流し、ローズは「それでは失礼いたします」と話を切り上げ、背を向ける。

 

 立ち去ろうと一歩足を踏み出した、その時――背後に三人の気配を感じた。


 直後、背中を急に強く押され、ローズは前につんのめる形で、その場にうつ伏せで倒れ込んだ。


 バタン――!という派手な音が大理石の玄関ホールに響き渡る。


「あら、そんな何もない所でつまづくなんて、相変わらず地味な上にドジなんて……あぁ、かわいそう。みんなもそう思わない?」


「ええ、本当にかわいそう」


「かわいそう」


 口元をおうぎで覆い、くすくすと楽しそうに笑う三人組。

 

 ローズの頭上から雨のように嘲笑ちょうしょうが降り注ぐ。


「あなたみたいな『残念令嬢』は床とダンスを踊っている方がお似合いね」


「そうそう。今夜のダンスパーティでもそうやって、床に這いつくばっていれば? 誰か手を差し伸べてくれるかもよ」


「こんな大きなゴミがホールに落ちていたら、皆様の邪魔になるわ。それじゃあ、私達はこれで。ご機嫌よう、憐れな憐れなローズ・ハルモニア残念令嬢」


 最後まで彼女たちは、実に愉快だと言わんばかりにローズを侮辱して去って行った。


 誰も居なくなった冷たいホールに一人きり。


 うつむき、しゃがみ込んでいたローズは涙を流し…………てなどいなかった。


 何事もなかったかのように無表情で立ち上がり、左手の中にある金属の感触を確かめながら、冷めた声で呟く。


「憐れなのは、貴方たちの方よ」


 転ぶ際にはしっかりと完璧な受け身を取って無傷。心も勿論ノーダメージ。

 

 そして手の中には、背中を押された瞬間、彼女たちの指から即座に抜き取った婚約指輪が二つ。


 彼女らは、奪われたことになど全く気付いていない様子だ。

 

 それもそのはず。


 気付かれないように、高度な盗みのテクニックを使ったのだから。



 夜会まであと一時間を切った現状で、二人仲良く婚約指輪を無くした彼女たちは、婚約者にどう言い訳するのか。



「私には関係のないことね」



 彼女たちが婚約者と喧嘩して不仲になろうが、婚約破棄されようが、どうでも良い。一切興味なし。


 だが、他人を傷つけることをしたのなら、相応の罰を受けてもらわなければ。



――私、虐められて黙って泣き寝入りするほど、か弱くないの。ごめんなさいね。

 


 因果応報――他人に与えた良いことも悪いことも全て自分に返ってくる。


 相手をおとしめるなら、自分も傷つけられる覚悟を持ってもらわなければ。



「さて、夜会用のドレスに着替えましょう。パーティが終わったら『報告』に行かなきゃ。忙しいわ。……あ」



 ローズは婚約指輪を握りしめたまま「これどうしよう」と頭を悩ませた。



 質屋か闇市にでも売り飛ばしてしまおうかとも考えたが、それも面倒。


 じゃあ、捨てる? 若干、勿体ない気もする。


 大事に保管して、いつか返してあげるか……。


「そこまでお人好しにもなれないのよね。さて……」


 ローズは、暗くなる空にうっすら見え始めた月に向かって。



 「あなたなら、どうする?」――と問いかけた。



 

◇◇◇



 ローズが立ち去った数分後。



 顔面蒼白になった令嬢が三人、玄関ホールに駆け込んできた。

 


「どこっ!? 私の指輪どこよ!!」


「たしか、ここら辺で落としたはず……」


「ない……ないっ!!!どうしよう夜会が始まっちゃう……どうしよう……どうすればいいのぉ……」



 ローズに『床とダンスを踊る方がお似合い』と言った三人組自身が、今は憐れに大理石の床に這いつくばって必死に指輪を探している。



「ない……ないっ!ないぃぃいッ!!!!」


「どうして……どうしてよぉ」



 焦って動揺して泣いて、取り乱しながら無我夢中で捜索する。

 

 しかし、見つかるはずもなく。


 彼女たちはそれぞれ自分の両親に叱られ、婚約者とその家族に呆れられると同時に失望された。



 結婚を前に婚家と不仲になった憐れな令嬢二人が、その後どうなったのか……。


 少なくとも、「私って愛されているわ!」なんて言える未来じゃないことだけは確かだった。




 そして、三人組の残りの一人。


 ルーク第三王子に想いを寄せている令嬢の恋もまた、叶うことはない。


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