第87話「ミラちゃんと酒庫 Part6」

 いやはや、天才っていうのは恐ろしいもんだな。地球にいたときは天才と出会ったことはなかったけど、こっちの世界ではティナといいミラちゃんといい天才がごろごろしている。まぁそれだけこの世界が優しい世界ではないってこともあるんだろうけど……。

 俺が今目にしている光景はというと、11歳の少女がウイスキーの香りだけでその秘密が樽にあるっていうことに感づいているというものであって……ファンタジーかよ! いや……落ち着け。あぁ~ミラちゃんはドワーフ、ミラちゃんはドワーフ。


「ショウゴさん! わかりました! この二つのウイスキーに入っていた樽はオーク材を用いてるけど、品種が違うと思います!」


 ミラちゃんは二つの樽の木目とにらめっこしたり、触ってみたり、においを嗅いでみたりと可能な限りの手法でその違いを確かめ答えを導き出してきた。それにしてもすごい観察力だな。ドナートの贔屓目ではなく本当に賢い娘だ。


「どうしてそう思ったんだい? 確かに一見二つの樽は色が違うね。でもそれは加工の段階を経て大なり小なり色の濃さが違うだけだよ。だから色が違うは答えにはならないよ?」

「はい。それは私もわかってます。鉱石もちょっとした加減でそれぞれの含有率が違ったりするだけで、色はもちろん、扱いも変わってしまいますからね」


 ありゃりゃ、下手な先回りをしたかっこ悪い大人になっちまったみたいだ。実際二つの樽は木材を切り出したときに色がだいぶ違う。だから色が違うから! でも答えとしては間違っていないのである。ただそれでは物足りない。


「それじゃ何が違ったのかな?」

「はい! それは匂いです! こっちの色が浅い樽はとってもさわやかなにおいがしました! でもこっちの色が濃い樽は香木のような重い匂いがしたんです! だから、同じオークでも品種が違うんだと思ったんです! きっとこの違いがウイスキーにも大きく影響してるんだと思います! この前ショウゴさんがウイスキーの出来は樽での熟成が大きく影響するって言ってたのも思い出しました!」


 俺はミラちゃんのハキハキとした回答に思わず笑いながら頷くしかなかった。そして最後には賞賛の拍手を送った。


「正解だよミラちゃんよく気が付いたね、本当にすごいよ!」

「えへへへっ、ありがとうございます!」

(ウイスキーのことでショウゴさんに褒められちゃった! やったー!)


 ミラちゃんは少しうつむきながら照れて後頭部を搔いていた。ふふっ、こういうところは子供っぽくてきゅんとするね! 俺は心の中でガッツポーズをした。


「それじゃ詳しく説明するね」

「はい!」


 ミラちゃんは顔を上げて、いつの間にかノートとペン代わりの木炭を片手に携えていた。熱心な生徒がいるとこちらも説明に気合が入るな。


「ミラちゃんが華やかさを感じたウイスキーは、ホワイトオークを樽材に使っているんだ。特徴としては、このオークを使ってウイスキーを熟成するとウイスキーに蜂蜜のとろけるような甘いフレーバーをもたらしてくれるんだ。それにね匂いは、これまた見事にミラちゃんが当てていたけどココナッツやバニラみたいな匂いを醸し出すんだよ」


 俺が説明しているときのミラちゃんの様子ときたら、甘いお菓子を目の前にした子供のように口からはよだれが垂れていてうっとりしているのが見て取れた。


「それじゃぁミラちゃんはドワーフだから飲酒も大丈夫だし、飲んでみよっかホワイオークで12年間熟成されたウイスキーをさ」


 見た目は少女の女の子に飲酒を進めるのは、かなり気が引けたが種族的にはおkらしいのでまぁいいよね? なんか例えるなら、日本では未成年扱いの外国人が母国では飲酒おk的な奴に似てる。てかそういう感じなんだと自分に言い聞かせよう! うん、それが精神的にもよさそうだ。


「はははっはい! 飲みたいです! ほんとにほんとに飲んでいいんですか!?」


 ミラちゃんは俺の勧めを聞いた瞬間、すごい勢いで挙手をして飛び跳ねるわ、トリプルアクセルわのそれはもう大興奮だった。


「慌てないでよふふっ、何度も言うようだけどカイには内緒だよ?」

「もちろんです! やったー! 樽出しだ~! わぁ、うれしい! うれしいなぁ」


 樽出しか……11歳の女の子がこれで喜ぶなんて大丈夫か? ……ハッ! ミラちゃんはドワーフ、ミラちゃんはドワーフ!


「それじゃあどうぞ飲んでみて」


 俺はそう言ってミラちゃんが匂いが華やかだと言っていた、ホワイトオークの樽で熟成されていたウイスキーの入ったグラスを差し出した。


「ありがとうございます。はぁーどうしよう! 緊張するなぁ、あはっ! うふっ久しぶりのウイスキーだぁ!」


 ミラちゃんは手渡されたグラスを前に、もう一度匂いを嗅いでは吐息交じりにほほを赤らめながらほほを抑え、グラスを近づけたり遠ざけたりして戸惑っていた。その戸惑いは混乱からくるものだが、当然その感情は喜ばしいものだった。

 俺も酒が飲めるようになってからというものの休日前の仕事の日の朝や、休日起きてからという時は酒が飲めることに体と心の底が喜ぶものだった。酒が飲める、酒が飲める、酒が飲めるぞ~。と鼻歌交じりにだ。


 そして遂にミラちゃんはウイスキーをするっと一口含むように飲み込んだ。まるでその光景は子供が大事なジュースを飲んでいるかのようだった。お酒だけど。


「んっ~~~~!! 美味しい! 美味しいですこれ!!」


 ミラちゃんの顔のパーツはぐーっと中央によりながら、お手すきの片手を握りしめてぶんぶんと振っていた。まるで子犬のしっぽのようでとても可愛らしかった。ふふっ、やっぱり酒が飲めるといっても子供だから甘さを感じられるウイスキーが合うみたいだな。


「どうかなお味のほどは?」

「はい、すごくおいしいです。ショウゴさんが言ってたように口に入れた瞬間トロっとしてて甘くない筈なのに、はちみつを思わせる濃厚な甘味が感じられました! それにそのあとに強い酒精がやってきて甘さの中に隠れていた、麦芽や、ココナッツ、バニラが鼻の中を駆け抜けていきました。あぁ~やっぱりお酒はウイスキーに限ります!」


 ウイスキーを飲んだことがあるだけあって、実に教科書的な回答をくれるね。だけどまぁ、この樽は樽詰めした当初の狙い通りに熟成してくれた優秀な樽だ。初心者でも今ミラちゃんが話してくれたことを試飲すれば、完璧じゃなくとも理解できるはずだからね。


「あはははっ、そこまで感じ取ってくれるとは本当に優秀な生徒さんだよ。ちなみに、樽から出したウイスキーをそのままボトルに詰め込んで売る場合、シングルカスク・ウイスキーと呼ぶんだ。覚えておいてね」

「はい!」

 

 狂気じみたウイスキー好きは直接酒造に赴いて樽を試飲し、一樽百万くらいからの値で樽ごと買っていく人もいる。それぐらいシングルカスクウイスキーは人気だ。なぜなら、その蒸留所のスタンダードボトルはブレンダーが厳選した樽をブレンドしてボトリングされるけど、シングルカスクはその樽からでしか味わうことのできない貴重なお酒だからだ。

 ブレンダーによって何万という樽がブレンドされて無くならない限り再現性が可能なお酒と、その樽から酒がなくなればもう二度と飲めない一点ものの差は大きい。まさにロマンであり、一期一会。いつかおれの酒造も樽販売をしたいなぁ。そのためにはこの地下室じゃなくて地上に大きな倉庫を作らないとな。へへっ、野望は果てしないぜ。


「それじゃぁ次はミラちゃんのお気に召さなかったもう片方のウイスキーを飲んでみようか」


「ゴクリッ……はい! 飲みます! 勉強させてもらいます!」


 ミラちゃんはどうやら緊張しているようだった。それはまるでピーマンを前にした子供の様で可愛かった。



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