第三章〜サードフィル〜

第54話「カシーム・ボンクの思惑」

・作者前書き

 此処から、第三章です! 

 公式様より「金のたまご」特集にて紹介された事を機に、沢山の方に本作を読んでいただけて、本当に嬉しいです。



「くそぉ! 何故この僕が、こんな小間使いのような扱いを受けなきゃならんのだ!! なぜだ! どうして! これも、全部、全部、ぜんぶぅぅうう!! お前と同じ、あの狼男がドジったせいだぞ、ウマイヤァァ!! はぁ、はぁ、はぁ」


 僕は今、竜車の中で僕だけの雌奴隷に教育を施していた。この獣人の雌は、最近上級奴隷に昇格させた奴だった。僕は、定期的に奴隷を一新する。理由は、飽きるからだ。


 今まで、蜥蜴人、エルフ、魔族といった様々な奴隷を揃えてきたが、今のお気に入りはこの獣人達だった。帝国との戦争で負けた獣人どもの生き残り達。随分、高値を付けられたが、中々満足のいく買い物だった。


 獣人は、獣というだけあって、身体能力が高く、その上人の知恵までつけているからか、奴らは毛艶にも気を遣う。そのおかげで、僕はいつもふわふわでもふもふなこいつらを、愛でることが出来る。


 そして、この獣人の雌は僕がお気に入りの奴隷にだけ送る、名前が付けられている。


雌奴隷ウマイヤ

「……は、はい、ご主人、さまっ」


 ウマイヤは、竜車の床に倒れ込み、僕に何度も蹴られた腹を抑えながら、何とか状態を起こして返事をした。


 僕の国で、ウマイヤとは女奴隷という意味を持った言葉だ。奴隷に名前などいらないが、お気に入りの烙印として名付けるのにちょうどよかった。


「貴様の仲間の失敗は、全てお前の責任だ。わかるな?」

「心得て、っかはぁ、おり、ます」


 ふむ、少し痛めつけすぎたか? 獣人は、頑丈なのが売りなのにな、やはり、雄と雌とでは、体の作りが違うのか? まぁ、いい。じき、アクアリンデルだ。痣の露出しない腹部だけを痛めつければ、僕の評価が下がることはないだろう。


 今回のアクアリンデル来訪の目的は、ランバーグ王国と僕の国との間に結ばれた、通商条約の更新の為だった。


「はぁ、とんだ貧乏くじだよ。このせいで、僕の商会は帝国と神聖国との間におきる戦争の特需景気の恩恵を享受し損ねた。これも、どこかの誰かが、決闘で破れてくれたおかげだよ? なぁ、君もそう想うだろうウマイヤ」


 彼女は、懸命に起き上がり、ゆっくりと僕の脇へと座った。その際に、よろけて僕に倒れ込みそうだったが、そうすればどうなるか知っているウマイヤはすんでのところで踏みとどまった。


 この奴隷の教育は、本当にうまくいった。やはり、獣人ごときの姫といえど、それなりに地頭が良いのかもしれんな。さすが僕、商品を見る目がある。


「はい、ご主人様は偉大なお方です。この度の会談に対する、ご用意の数々、周到な相手への調査、その抜かりなさに、ご主人様の敬虔なるウマイヤは感服仕切りでございます」

「そうだろう、そうだろう。戦争による特需景気は逃したが、此度の会談、弱っているランバーグ王国からしこたま利益を上げて、僕に分配される成功報酬の配当をあげれば、他の大尽どもに遅れを取った分をランバーグから補填できる。十三大尽の第十三席次である、このカシーム・ボンクは! ただでは、転ばないのさ」


 ランバーグは最近大きな戦争を終えたばかり……。密偵の報告では、アクアリンデルを守護するシールズ侯爵家の私兵はたったの五百。いつもなら千もの騎士を抱えていた、王国の盾でもあり剣の侯爵家が! だ! 


 商売の鉄則は、金のある所からあるだけ引っ張る事。しかし、もっと重要なことは、弱っている金持ちは徹底的に痛めつけて、尻の毛までむしってしまう事だ!


「くくくっ、実に楽しみだ。今回の会談の為に、特別な酒まで用意した。知っているか、ウマイヤ、アクアリンデルではウオッカという酒が流行っているらしい」

「以前、ご主人様に飲ませていただいた、酒精の強いお酒のことでしょうか?」

「流石だ! よく覚えていたな、良い子だぞぉ? お前は、私の奴隷達の中で、最も賢く、美しい。だからこそ、お前には期待しているのだ。さきほどは、乱暴してしまい本当にすまなかった。お前の事を、思えばこそ私もつい厳しくしてしまう。許してくれるか?」


 僕は、ウマイヤを本当に気に入ってる。どれくらい気に入っているか? それは、こうして彼女の豊かな胸を触り、臀部の張りを手で確かめるほどだ。


 奴隷にこれほど優しく接する、主人がこの僕を置いて他にいるだろうか?


「ご主人様を許すなどと……。私の様な存在が今もこうして生きていられるのは、全て全能であられるカシーム様のお陰でございます。私の方こそ、無力であるこの下僕をお許しください」


 僕がこの雌奴隷を気に入っているのは、見た目が美しいこともそうだが、表情を一切変えずに、泣きもしない。


 煩わしくない。


「うん、うん、うん、うん! よく分かってくれたね、ウマイヤ。僕は君を愛している。そうだ、君に誓おう。私がウオッカに対抗するべく、開発させた侯爵への贈り物である酒で、彼の驚く顔を、君に捧げようじゃないか」


 僕が、ウオッカを初めて飲んだのは夏の初めの頃、アレスの夏は人を殺す。そんな、汗ひとつかかない乾いた夏の日。密偵の小鳥が一つの小瓶を送ってよこした。魔法によって、強力な密閉が施されたその封を切り、報告書を読んだ。そこには、密偵に使わせるある記号が記されていた。


 王の戴く王冠を被ったラクダの印。その意味することは、市場をひっくり返すほどの商品価値がある品を敵が開発したことを意味していた。そして、その中に入っていたものは酒だった。


 口が焼けるほどの、強い酒精。僕が手にした情報には、この酒は市井で小売りされていると馬鹿げた情報が書かれていた。僕の密偵は、本当に高レベルの教育を施した者たちだ。その彼らが、こんな幼稚な虚実を吐くだろうか。俄には、信じがたい。


 僕は探りを入れた、それは他の十三大尽達の動向だ。何故なら、まるで金の液体であるこの酒が、本当に市井で売られているなら、僕以外の大尽達もすぐさま行動に出るだろうから……。


 そしてそれは正解だった。他の十三大尽たちが、酒造りに着手し始めたのである。それも酒精の強いワイン造りだ。どこからヒントを得たのか、口に出すまでもなかった。それほど、このウオッカなる酒の市場における価値は、世界の富を揺り動かすほどの物だからだ。


 そこで、僕は用意した。味気のない、ただ酒精が強いだけのウオッカなど問題ではなく。葡萄酒をも超える、最高の酒をな。


「つまり、シールズ侯爵閣下がその酒を会談で持ち出すことは、想像に固くない。ふっ、哀れなことだ。僕は、それよりも遥かに高貴な酒を持参して、彼に飲ませてやるのさ。そうすればどうなる、ウマイヤ?」

「……交渉前にランバーグは、アレス商国の文化力に舌を撒き、会談の交渉はご主人様が主導権を握ることになるかと存じます」

「ふふふふっ、君は本当に僕が言って欲しい事を言ってくれる、実に愛らしい雌奴隷ウマイヤだよ」


 彼女の奴隷服の胸元を鷲掴み、強引に私の元まで引き寄せる。


「ご主人様、んっ、んんっ」


 ウマイヤとの接吻は実に気分がいい物だった。僕より背の高い女を、金と力で屈服させるこの快感……。


 僕を見下ろす奴は、誰だろうと許さない。見た目で判断するバカども全てを、金と権力で蟻のように踏み潰してやる。マリウス・シールズ、僕は君のような背も高く、眉目秀麗な男を決して許さない。

 

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