第50話「アレス商国、十三大尽会 下」

「今回、諸君に集まって貰ったのは他でもない。帝国が神聖国と戦争を始めようとしている。此処にいる諸君は、耳聡く、すでに商売の撤退を考えている者、武器の売りつけなど、始めている者も多いかと思う。

 我々は、商売人だ。独自に市場を展開することを責めはしない。責めはしないが、この議会の意向には従ってもらう」


 リチャード議長の厳かな声が異議を認めないものだと、皆が感じた。

 しかし−−。


「にゃははは」


 十三大尽会の議員、唯一の獣人である猫人族ニャフマン様の、突飛な笑い声が円卓の間に響いた。


「どうした、ニャフマン。何か、意見があるなら挙手をしろ」

「にゃふ、これは失礼したリチャード議長。話を続けてくれ」


 ニャフマン様は、獣人に対する差別を嘲笑うかのように、今の地位にまで登り上がった。同族からですら、裏切り者と罵られる事がある。しかし、私は知っている。彼は誰よりも獣人のために戦っている事を。


 そんな彼を目の仇にする人間の男がいた。


「ニャフマン」

「カシーム、何かにゃ?」

「君のそういう浅慮で動物的な行動が、貴様ら獣人の品位を貶めているのだよ? 獣人をこよなく愛する僕としては、君みたいな下品な獣人の存在は実に不快だ」

「にゃはははは! それは失礼したぞ、カシーム。貴様は、人間の皮を被った小人ドワーフだとばかり思っていたにゃ。さぞ、お前の息子も小さいのであろうな? 貴様の慰み者にされている、我が同胞のアンに聞いてみようかにゃ?」

「き、貴様!!」


 ニャフマン様の挑発に、ご主人様は激昂された。しかし、それ以上のくだらない喧嘩を許さない存在が声を発した。


「静粛に!!! この会議を何だと心得る!!? 我らは、この砂漠の地で汗と血を流し富を築いてきた!! その頂点に位置する我ら大尽がこのような有様でどうするのだ!!」

「ごめんにゃ、リチャード」

「……ぐぬぬぬ」


 ニャフマン様はご満悦のようで、その長い尻尾をクネクネと持て余し、一方でご主人様は怒りが治らないようだった。そう言う時は、私は彼のそばまで行き、ご主人様の好きなように四肢を触らせるのだ。そう教育されているから。


「ふぉふぉふぉっ、ちぃとばかし、遊びすぎじゃぞ青二才共」

「キシュワード様」

「リチャード、あの小僧どもにいちいち構うでない。若いのは結構な事だが、老先短いワシの時間をあまり、奪わないで欲しいものじゃな」


 キシュワード様は、この議会に最長在籍しているお方で、誰もその年齢を知る者はいなく、影の権力者だ。その床にまでつきそうな白髭の長さから、推定年齢は人間にも関わらず二百歳と噂されている。


「はっ。それでは、話を元に戻す。これより先、要らぬ話をした者には一月の営業停止命令を命じる。良いな?」

「「「御意」」」


 長老の一声で、リチャードの発言は絶対的なものとなった。


「帝国との戦争によって、武器や防具といった軍備の需要には特需が発生するだろう。無論、各々商談に忙しい最中だとは思うが、この国の運営費の多くは、関税と通行税だと言う事はわかっているな?」


 議長が、各議員に目配せをすると、他の議員たちは各々同意の意を示した。


「我々大尽は、この国で大きな利権を戴いている。その代わりに我々は、中小の商団の為に国の利益を守る義務があるわけだが……。そこでだ、戦争が始まる前に各国との通商条約を更新してしまいたい。

 そうしなければ、戦争を理由に二つの税金に対する値下げを要求される事は明白だ。そうなれば、この国の軍事力、政治力に大きな支障をきたし、市場には、商品の代わりに死人と粗悪品が溢れ返、この国は砂漠に飲み込まれるだろう」


 アレスは、商売人のあげた利益に対して税金を課していない。その為に、多少高い関税や通行税を払ったとしても、多くの商人がこのアレスで商売をする。ウラヌス山脈のおかげで、客にも困らないアレスという土地は、まさに金の湧くオアシスだった。


 その財力によって、私は奴隷となった。そして、そんな彼らが目下の者へ気を使う訳もなく……。


「問題は、そんなことではないだろう?」

「ふっ、その通りだヴォルダ」

「問題は、一体誰が自分の商売をほっぽりだして、外交使節になるかと言うことにゃ」

「然り、ここは、若いものに任せようかのう。わしは、もう歳じゃて、馬車に揺られての旅は体にこたえるからのぅ。これで失礼するよ」

「はっ、キシュワード様お気をつけて」


 リチャード議長が、真っ先に立ち上がり敬意を示した。


 キシュワード長老が席をゆっくりと立ち上がると、その他十一名の大尽が一斉に立ち上がり、おぼつかない足取りで杖をついて退出する、老いた人間に深く礼をした。

 そして、扉が閉じ、彼の姿が見えなくなると。


「ふん、何が馬車だ。飛竜機を持ってるくせに」

「カシーム、口を慎め」

「ちっ……」


 皆が着席すると、リチャードは自らの赤い髭を一度撫でてから、一同を見やった。キシュワードさえいなければ、この面子の中では最高権力者であるから、彼は尊大な態度で言い放った。


「さて、誰が我が使者となってくれるのだ?」

「「「…………」」」


 誰もが、沈黙した。外交使節にでもなれば、国を一月以上は離れなければいけない。そうなれば、自らの商団とも離れる事を意味する。それは戦争を前にした特需景気を逃すことと同義だった。


 もちろん彼らには、己の右手となる人物が存在する。しかし、自分と部下では商才の差が天と地ほども違うことを全員が承知していた。


「そうか……、誰も行きたくないか? であれば、いつも通りアレで決めるしかあるまい」


 リチャード議長は、恒例の遊戯を提案した。そしてその結果……、ご主人様は敗れて、ランバーグ行きが此処に決定してしまったのである。


 私は今、食事を済ませて、水浴びをし、下着姿でご主人様の寝所に待機していた。私は、怒りのあまり、硬く握りしめた両拳から血を流していた。


 何故なら、この広大な屋敷中に同胞たちの叫び声が轟いていたからである。


「グワァァァァァアアア!!」


 叫び声は、半刻近く鳴り響き、ご主人様の荒い息遣いが寝所へ通ずる廊下から聞こえてくる。そして、重い足音が聞こえる頃には、勢いよく寝所の扉が開け放たれた。


 ベッドに腰掛けていた私は、突き倒され、ご主人様は寝所に用意されたワインを杯に注ぎ、飲み干した。


 そして口を拭うと、ご主人様は杯を投げ捨てて、私に重なってくる。その同胞の血で塗れた両手で、私の四肢を弄るのだ。


「僕のウマイヤ。お前だけが、僕を癒してくれる」

「……はい、ご主人様。私は貴方の雌奴隷ウマイヤです」

 私は日夜、この人間を殺すことを夢見ている。痛みに耐えながら。



近況ノートにて

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