第41話「ドナートの頼み」

 ミラちゃんは十一歳で、カイの左腕の義手を作るって言うのか? でも待ってくれよ、ミラちゃんの右手の義手は本物の指みたいに動いていた気がするけど……。


「一つ、聞いてもいいですか?」

「おう、何でも聞け」

「ミラちゃんの右手は誰が造ったんですか?」

「もちろん、この私だ」

「なるほど、それじゃぁミラちゃんが造ってくれる義手は、どんなものになるんですか?」

「何だ、心配しとるのか?」

「あ、いや、だってミラちゃん十一歳なのでしょう? それじゃぁ、流石に大人のドナートさんみたいに凄いものを造れるとは思えませんよ」


 ドナートは、俺の不安とは裏腹に、自信ありげに紫色の無精髭を撫でて、丸い片眼鏡までも光らせて言い放った。


「安心せい。ミラの腕は、私を既に超えておる。色眼鏡無しに、あやつは天才なんだ。ただな……」

「ただ?」

「自信が無いんだ」

「自信……ですか?」


 ドナートは、小刻みに頷きながら呼吸をして、ウイスキーを呷った。そして、口の中を舌で整えた。


「ミラは、本当に天才でなぁ。あいつが、六歳の時に初めて義手を作ったんだ。それが欠損部と結合させるだけの義手ではなく、私達の言葉で言う『鉄の義肢アイアンボディ』を造ったんだ」

「鉄の義肢ですか?」

「貴殿も見たであろう、ミラの右手がまるで本物の手の様に動いているのを」

「はい」

「あれはな、欠損部に装着者の魔力と非常に相性の良い精気を持った貴金属とを、結合して、魔力と精気の魔精回路によって神経を再結合させる代物なんだ」

「す、すごいですね、何というかとてつもないことです」


 ミラの右手が、本物の右手のように動いているところを、俺はこの数日の中でしっかりと見ていた。この技術は、前世の科学でもあそこまでスムーズな操作の実現は困難だろう。


「そう、鉄の義肢を製造できるものは、ドワーフ王国でも私を含めて三人だけだ」

「たった、三人ですか」

「ふっ、これでも豊作な方だ。普通は、三百年に一人居るかいないか。朝から晩まで、採石作業に従事しているドワーフは常に命の危険と隣り合わせ、そして仮に事故から生き残れたとしても、腕や足は平気で無くなってしまう。そんな奴らのために、私たち義肢装具士は無くてはならない存在なんだ」

「なるほど、でも本当に六歳だったミラちゃんがそんな物を造ったんですか?」

「信じられまい?」

「はい、にわかには信じ難いです」

「私もな、それを目にしてもなお信じられなかった。まさに、奇跡。そういう他なかった。しかしなぁ、ミラが私の工房のガラクタで、それは見事な魔精回路を完成させていた時は、天才はいる物だと思ったよ」


 天才か……、確かに何処の世にも幼くして、突出する子はいるよな。前世基準で考えるとありえなくても、魔法だ、魔力だ、精気だ言ってるんだ。天才も、桁外れでもおかしくない。


「まっ、これも私の作業を傍で見ていたおかげ、つまり私も天才なのだろうな! ダァハハハッ!」

「はぁ……」

「冗談はさておき、ミラの両親は採掘家でな。幼い頃から、私の元に預けられていた。そして、六歳の時に両親を滑落事故で亡くしたんだ」

「そんなのって……」

「ドワーフなら、珍しくもない話だ。ミラは、その時私たちの制止を振り切って、両親の遺体を回収しにいった。そこで、二次災害が起きてな右手を失い、私が鉄の義手を造ってやったんだ」

「ぅう……み、みらちゃんにしょんな過去があったなんて、うっ」


 俺は、涙ぐまずには居られなかった。両親の帰りを親戚の叔父さんの家で、待つ毎日。そして、ある日両親の死亡と遺体を回収出来ないという事実。どれほど、絶望してしまったんだろうか。


 大人の俺ですら、そんな悲しみは受け入れられない気がする。


「それからと言うもの、ミラは心の扉を閉ざして、ひたすら鉄の義手造りに没頭した。あれから月日は流れて、たったの四年で一人前の義肢装具師になっちまいやがったんだ」

「おぉ、たった四年と言うことは、本来はもっと経験が必要なんですか?」

「当たり前だ、十年やそこらの話じゃない。最低五十年は、ドワーフの世界じゃ下積みが必要なんだ」

「ご、五十年?! 半世紀で、やっと一人前……。それはまた、途方もない時間ですね」

「ドワーフの寿命は大抵三百年だからな。そう考えれば、妥当な年数だろうよ。でなきゃ、ドワーフが造った武器やら彫刻が世界で有名なわけはないのさ。まぁ、エルフはそれ以上に生きてるが、物作りに関しては奴らにだって負けていない自負がある」

「……そうなんですねぇ〜」


 と言うことは、アントンさんはあの白髪具合から、推定二百歳以上の大先輩で、おそらくだが百年以上酒造りに生涯を捧げて来たはずだ。それを、俺は大金貨十枚ぽっち(日本円で一千万円程度)で買い上げたのかぁぁ〜〜?!


 は、薄情すぎるぞ! 俺!!? ど、どうしよう、金で買える様なものでもないし。……とりあえず、酒蔵のウイスキーは好きなだけ飲んでいい事にしよう。それぐらいしか払えるものねぇよ。


「つまり、ミラは正真正銘の天才なんだ。だが、ミラは愛する者を早くに亡くしたせいか、自分を信じきれない節がある。ミラの作品には、いつもどこか影が落ちておったよ。一度叱ったことがあるんだがな、どうにも逆効果だったみたいで二度と義肢を造らんくなってしまった」

「なんで、叱ったんですか?」

「それはな、腕や足の無いものにとっては、義肢とはそれからの人生で無くてはならない体の一部だ。それなのに製作者が、自分で造った義肢に胸を張れんというのは、装着者に失礼であろう」

「確かに、その通りですね。俺も、美味い酒に巡り合ったのに、それを聞いた生産者が暗い顔してたらなんか嫌です」

「そうだな、ワシもこんな美味い酒を造っている奴が、お主のような明るい頑固者で安心したぞ」

「えっ? 俺って頑固ですか?」

「あぁ、頑固であろう。人間の癖に、手当たり次第女には手を出さんし、酒の事となると周りが見えなくなる。どちらかというと、お主はドワーフよりだな。世間の筋より、己の筋が通らないと何も出来ない男だ」

「言われて、少し思い当たる節がありますね……ははっ、は」


 俺なりに、ティナとかには偶然を装って、胸とか触ったりしてるつもりだ。けれど、それは小学生が好きな女の子のスカートを捲るのに近い。手を出すと言えば、やっぱりユリアについ最近まで客としてお世話になっていた、ムフフなことだもんな〜。


 なんか、確かに俺って、俺ルールを勝手に作って、苦しんでるだけかも〜。もう何も考えず、ティナに夜這いししてから、ユリアの部屋行けば丸く収まるんじゃね? 俺の息子はそのせいで、限界近いし。


 え、でもそれって、ウイスキーでいう、仕込み水を何も考えずにその辺の沼地や川の水で代用して、麦汁を発酵させてアルコールを作り出すだけでなく、ウイスキーの香味に大きく作用する酵母選びを怠った挙句に、何も考えず出来上がった蒸留酒をその辺の木で造った酒樽に突っ込むぐらい、ありえない話じゃね!!?


 却下だ!! そんな乱暴な話が通ってたまるか!!!


「おい、ショウゴ!」

「へっ?!……」


 ドナートの顔が怪訝というか、いつまにか距離感そのものが遠くなっていて、腫れ物を触るような感じになっていた。


「……大丈夫か?」


 あ、いつの間にか自分の世界にトリップしてた。俺は、頭を抱えてた両手をおろし、苦悩によってグネグネと下り曲がった背筋を正した。


「おっほん、失礼しました」

「まぁいい、それでだな。今回の旅は、珍しくミラの奴が自分から志願したんだ」

「ミラちゃんが?」

「そうだ。お主の酒を、アントンが私のところに持って来てくれた時にな。ミラは偶然それを目にしたんだ。それで、アントンと俺の話を聞いていたら、私も行くって聞かなくてな。まだ子供だし、危ないと言い聞かせたんだが、己のまことが行けと言っていると聞かなくてな」

「まことですか?」

「あぁ、知らんか。己の真とは、ドワーフ族にとっては己の全てと言ってもいい、胸の中にあるボッと! 熱く燃えているものの事だ。人間でいう、魂、誇りと言ったものに近いだろうな。ドワーフは、己の道を選ぶ時、必ずこの真を頼りにする。己の真が激しく燃ゆる時、汝の道は切り開かれん。ドワーフ王国開国当初からの言い伝えの一つにもなっている」

「なるほど……」


 真か、多分直感とかそういう精神的なものなんだろうなぁ。でも、魂は命だし、誇りは生きてきた全て、俺が思っているより、彼らにとってきっと重いものなんだろう。


「そうなったら、ドワーフは決して他人の意見を聞かなくなる。先程の、アントンの様にな」

「あのー?」

「何だ」

「ヴァジムさんは、本当に大丈夫なんですか? なんか、アントンさんが居なくなったら、国王様に火炙りにされるとか言っていましたけど」

「あぁ、なんの問題もないぞ」

「えっ? そうなんですか」

「確かに、アントンが抜けた穴をヴァジムは、すぐには埋められず、国王の不興を買う事になるだろうな」

「やっぱり! 大変じゃ無いですか」

「まぁ、待て。国王様の気性は、確かに荒いが国民の真を見極められる名君でもあられる。ヴァジムの酒造りの才能を知っておられるから、必ず猶予をくださる。その先は、ヴァジム次第だ」

「ヴァジムさんて、そんなに酒造りがお上手なんですか? こう言っては何ですか、お金の方が好きそうでしたけど」

「それが、アントン最大の不安だ。ドワーフが最も恐れているのは、『金の魅力ゴールドチャーム』に取り憑かれることだ。これまでも、金の魅力に取り憑かれた国王が国を傾けた事は多々ある。常に、金銀財宝と仕事をするドワーフ族が、最も恐れる病の一つなんだ」

「金の亡者って奴ですね」

「そうだ。ヴァジムの真は、酒造りを選んだ。ただまぁ、女のせいである時から金に執着する様になってな。アントンもどうしたものかと思っていたのだろう。才能だけで言えば、アントンなど問題にならない杜氏になれるはずなんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ、もちろんだ。でなきゃ、国の各分野における職人のリーダーを、世襲制などで決めるはずがない。普通は、大会が開かれ作品の良し悪しで国王がお決めになる。だが、ヴァジムはその大会を開くまでも無い逸材だ。

 しかし、金の魅力に魅入られかけているせいで、奴の造る酒の味が濁り始めた。そこで、命をかけた荒療治というわけだ。本人は、死ぬ様な思いだろうが、国王はアントンの功績の手前、その息子を殺すことはまずありえない。おそらく、国外追放が妥当だろう。まぁ、そうなれば泣くのはアントンただ一人」

「そんな事情が、あったなんて」


 ヴァジムさんは、人間の感覚で言えば、金にはうるさいが気のいいおっさんなのに。ドワーフからしたら、重病患者何だなぁ。


 でも、それほどの重病を煩わせる程の金銀財宝って、一体どんななんだろう? 少し、いや、かなり興味がある。一眼でいいから見てみたいなぁ。ドワーフ王国、いつか行く機会があるだろうか。


 ヴァジムさんが、美味しい酒を造った時にお呼ばれしようかな。


「話を戻すぞ」

「あっ、はい」

「というわけで、ミラの真がここへ来させた。ミラが納得するまで、ミラはここを動かないだろう。私は、国へ帰り、仕事をしなければならず、ここには残れない。だから、ショウゴには知っておいてほしかった。お前の酒が、ミラをここへ呼んだのだと。

 どうかこの通りだ、しばらくの間ミラの面倒をみて欲しい。もちろん、アントンにも話は通してある。面倒ごとは、全て、アントンが処理するはずだ。貴殿には、ミラの質問に答えてくれるだけで構わない」


 ドナートさんは、三頭身ほどしかないその体を綺麗にくの字に折り曲げて、嘆願してくれた。そんな理由があったなんて、思いもしなかった。ミラちゃんは、おっちょこちょいのかわいい少女だと思っていたのに、辛い過去を持っていて、そのせいで暗い過去に囚われたままでいる。


 その突破口を俺の何かで見つけられるなら、もちろん手を貸そう。彼女は、俺の大事な弟みたいな存在である、カイの左腕を造ってくれる恩人なのだから。


「ドナートさん、顔をあげてください。俺に何ができるか、わかりませんがミラちゃんの事は妹のように、真摯に接しますから」

「おぉ! それじゃ、この頼み引き受けてくれるか!」

「はい」

「ありがとう、ありがとう。このドナート、この恩は生涯忘れないぞ」


 ドナートさんは、俺の両手を大きく厚い職人の手で硬く握り、熱い涙を流していた。この人も、両親のいない姪っ子を一人で育てて来たんだなぁ。どれだけ不安だったんだろうか。


 この人にも俺は頭が上がらないよ。


 俺たちは、朝まで飲み明かした。ドワーフ王国の話や、ミラのおねしょの話、アントンの髪がヴァジムのようにまだ赤かった頃の話などに、俺は耳を傾け続けた。いい酒があるところに、いい話が咲くものだとしみじみ思った。

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