第39話「小さな宴」

 ユリア達が帰って来たという事は、今は夜の九時過ぎ頃だろう。いつも夕食は、彼らが帰って来てからだから、まだ食べていない可能性が高い。


 しかし、今回はミラちゃんとドナートも随伴してたから、何か食べてるかもと思い聞いてみた。


「皆、夕食は食べた?」

「まだに決まってるでしょ? 今日は、ショウゴの当番じゃなかったかしら?」


 ユリアの声には、棘があった。まだ、ご機嫌は斜めなようで、とりあえず会話してくれただけ、よしとしよう。それに、棘のあるユリアの声もまた心地よかった。


 俺は少しだけ、口元を緩めた。


「それじゃぁ、また上に上がるのも何だし、エージングセラーのキッチンでウイスキーでも飲みながら済ませようか」

「おぉ!! それはとてもいい考えじゃな!!」

「俺も異存はないぞ」

「一日子守で疲れたところだ。ちょうどいいな」


 おっさんずは、酒が飲みたいだけだろ! まぁ、もともと飲ませる気ではあったからいいんだが。


「旦那? 俺とミラはお酒飲めないっすよ〜?」

「あぁ、分かったよ。好きなだけ、お肉食べていいから」

「っしゃ! やったな、ミラ!」

「ふぇ?! う、うん」


 おっと?! あらら〜ミラちゃん赤くなちゃってない? カイくんいつの間に、ミラちゃんの事を? はっ?! もしや、昨日一緒に寝た時に、まさか……


 と、邪な妄想で勝手に慌てていたら、俺の脇腹に鈍い痛みが走った。


「ちょっと? なに馬鹿なこと考えてんの? カイは純情なんだからね」

「いてて、すみません」


 ユリアのエルボー効くぅ〜。あと俺も気持ちは純情ですよ?


 そうして一同が、地下三階へと移動を始めた。ミラは、ティナとカイと一緒に肩を並べ、おっさんずも然り、彼らは楽しそうに今日有ったことを話し合っていた。そして自然に俺とユリアが余るわけだが……


 気まずい、今日の朝の事まだ怒ってるかな〜。


「ユ、ユリア?」

「……」


 あちゃ〜、ガン無視ですわ。まぁそうだよなぁ。朝は俺がどうかしていたもんなぁ。ユリアが大事なのと、欲望がごっちゃになって変なことを言ってしまった。


「今朝の事は、俺がどうかしてたよ。御免なさい。それと、もう大丈夫だから、詳しくは言えないけど、近いうちにティナとユリアには大事な話があるからさ。そのつもりでいてほしい」


 そう言ってから、まぁまぁな嫌な沈黙が俺たちの間に流れた。そして、ユリアからの返答を諦めかけた、その時。


「……素直に謝ってくれたから、今回だけは、許してあげる」


 ユリアはそう言って、俺の手を握ってきた。俺は少し心臓が高鳴って、強張りはしたものの、それを握り返した。ユリアと触れ合うのなんて、実に久しぶりだ……。あれ、こんなに逞しい手をしていただろうか?


 彼女の手は、娼館で触れ合っていた時よりもずっと手の皮が厚く、頼もしささえ感じるものだった。思えば、俺のところに彼女が身を寄せてからと言うものの、日も出ぬ早朝から、ティナとカイと一緒に剣を振るい、長時間の山道を往復して店番をやってくれていた。


 そうか、俺が守ってあげなきゃなんて、余計なお世話だったのかもしれない。ユリアは、立派な社会人で、自分の意思で俺のそばに立っているんだな……。俺は、彼女の手を少し強く愛情を込めて握り返した。


 ユリアは、それに気付いて頬を少し赤らめながら、俺の肩にピッタリと寄り添ってきた。実に、愛い女性である。


 すると、俺とユリアの背筋に何やら寒いものが走った。その正体は、十歩先を歩いていたティナの殺気である。彼女は、こちらをじろりと睨め付け、激しい嫉妬の炎を燃やしていたのである。それに気づいた俺たちは、慌てて手を離して、事なきを得たのだった。


 そうこうして、エイジングセラーに到着した。


「ほほぉ! これは広いのう!」

「おおっ! 樽の匂いが若いなぁ! 樽はオークを使ってるなこりゃあ、どうりでこの森は立派なオークが多いと思ったぜ」

「地下にこれだけの空間を拵えるとは、ドワーフ顔負けだな」


 おっさんずは、エージングセラーのなかで少しはしゃいでいた。それとよだれも相当垂れていた。この区画では、約一万樽を収蔵可能になっている。


 そして、この酒蔵には一部の区画に個室が用意されていた。そこはテイスティングルームも兼用している場所で、ちょっとした軽食とお酒を楽しめる大人な空間だ。ダークな色調の木材で壁や床を誂えてある。


 広さとしては、二十畳ぐらいのもので、そこには、大きな丸いテーブルがあり、立食スタイルで楽しむものになっている。それと小ぶりではあるがキッチンも完備していた。


 俺は、おつまみには作り置きしてアイテムBOXにしまっておいた、燻製ナッツとチーズのポテトサラダを提供した。この燻製ナッツは、もちろんナッツのおやじ特製である。そして各自に、グラスを配り、大人にはウイスキーを子供にはロイヤルミルクティーを注いだ。


 俺は乾杯の音頭をとった。


「それじゃ、軽いおつまみとウイスキーで乾杯しましょう」

「おぉ、良いのう! しかし、何に乾杯するのじゃ?」

「もちろん、これからのドワーフによる蒸留酒造りとミラちゃんカイに左腕を造ってくれてありがとう! ですよ」

「旦那! 大賛成っす! おいらからも、改めて礼を言うよミラ」


 カイは、右手のグラスをミラちゃんへと向けて、その澄んだ瞳で訴えながらお礼を言った。


「へ、あ、いや。私はそんな大した事は……できないです」

「大した事あるぜ! おいらは、片腕でここまで頑張ってきたけど、いざっていう時に悔しかった事は山ほどあるんだ。それを、ミラは変えてくれるって言ったろ? おいら、その一言に本気で救われたんだぜ?」

「が、がんばります」

「おう、頼むわ!」


 そして、カイがミラちゃんのグラスに、自分から乾杯した。


「おいおいおい、お二人さん野暮を言うつもりはないがね。先に乾杯されると困っちゃうんだな? 二人の世界に入るには、まだ早いんじゃないかなぁ?」


 そういうと、若き二人はトマト程に赤くなっていて、俺は両脇のお姉様方から脇腹を、無事に小柄れました。


「か、か、乾杯」

「「「かんぱーい」」」


 俺は、激痛に耐えながら声を振り絞った。お姉様方、あのですね。男同士これくらいは、揶揄い合うものですよ?


 その後、俺以外のメンツはお酒も適度に回り出していた。そこで、彼らが潰れてしまう前に、アントンのそばに言って話を聞こうと思った。


「アントンさん、この後の予定は決まっているんですか?」

「おぉ、ショウゴか! お前のウイスキーは美味いのう〜〜、今日工場を見学させて貰ったおかげで、より一層ウイスキーへの理解が深まったわい!」

「そうそう、親父には悪いが国元に帰ったら、蒸留酒造りは俺が先頭でやらせてもらうぜ! ショウゴ、お前の献身的な犠牲は無駄にしないぜ?」

「はははっ有難うございます、そう言ってもらえると本当に嬉しいですよ!」

「それでじゃ、折り入ってお主に頼みがあるんじゃ」

「はい、何でしょう? 俺にできる事なら何でも、協力しますよ」


 アントンさんの顔が若干強張った、先程までお酒を飲んで上機嫌だったのに、一体何をお願いされてしまうのだろうか? まぁ何であれ、俺はできる限り頼み事を引き受けようと思う。ようやく出会えた、同じ酒職人として。


「ワシをここで雇ってくれんか?」


  俺以外のその場にいたおっさんずが酒を吹き出した。しかし、俺は平然と承諾してしまった。


「はい、もちろんです! ……ぇ?」

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