第3話「エルフの兄妹」

 次いで俺の視覚に入ってきたのは、一頭引きの馬車とその中にいる金色の刺繍で縁取られた、真っ白なフード付きのローブを羽織った人。その人はフードを深く被っているせいで顔が良く見えず、目の前のエルフよりも小柄だ。馬車の中には、沢山の物資が積まれていて綺麗に整頓されていた。


 後方を気にしていた視線の中に、顔立ちの整ったエルフが割り込んできた。


「彼女は、私の妹です。気になりますか」


 周りの様子を確認する事に夢中で、目の前のエルフを忘れていた。俺はエルフが纏う気品に、すっかり警戒心を無くしてしまった。


「いえ、初めまして、此処に住んでいる翔吾です。行商人の方とは驚きました」


 俺は彼に握手を求め、彼はそれに応えた。彼の手は、何というか普通で、若々しかった。まるで、書類仕事をしている人の手だ。少なくとも、手を酷使する仕事じゃない。となれば、この火搔き棒も要らないだろう。


 俺は、それを玄関の脇へと置いた。バレないように。


「私の方こそ驚きました。この山は、私がよく使う行路でして、まさかこんな山奥に立派な家があるとは思いませんでした。しかも、そこに住んでいる方が人間の方とは」

「はぁ」

「おっと、お気を悪くされたのなら申し訳ありません。決して、人間のショウゴさんをどうこう言っている訳ではないので、お気になさらないで下さい」


 リンランディアの口調はとても軽やかで、透き通る声をしていた。


「私も最近此処に移住したばかりですので、驚かれるのも無理はありませんね。それで、商談と言っていましたがどのようなご用件でしょうか?」

「はい、商談と言いますのが、このような山奥にお住みのショウゴ様でしたら、何かと入りようなものがあるかと思います。そこで私の商品を買っていただけないかと、立ち寄った次第です」


 なるほど、こんな山奥に住んでる人間が、そうおいそれと買い出しにはいけないと思ったのか。それに、お世辞かわからんが俺のこのログハウスが立派に見えたなら、金も溜め込んでいるだろうと。まぁ、無一文なんですけどね!


「良いですね、是非商品を見せていただけますか?」

「有難うございます、どのような商品をお望みでしょうか?」

「うーん」


 何が必要か。正直、神様に貰った備蓄が色々と無くなりかけているんだよな。でもそれを行商から買ったら、高くつくしな。


「要望は特にありません、ですので見せていただける範囲でいいので、商品を見せていただけますか?」

「畏まりました」


 翔吾とリンランディアの話が終わり、翔吾は玄関を開けたまま家の中へ、リンランディアは馬車に戻ってきた。


「アリエル、取引ができそうだ。私は商品を運ぶから、君は先に中でお客様の話し相手をしておいで」

「わかりました。ディアお兄様」

 

 その頃翔吾は、リビングの机を動かし、リンランディアが運んで来るはずの商品を置くスペースを作っていた。するとそこへ、アリエルが入って来た。白いフードを被った彼女に気付き、翔吾は作業をしながら、彼女に靴を玄関で脱いでくるように頼んだ。表情はよく見えないものの、アリエルは謝りながら顔を赤くし、慌てて玄関で靴を脱いだ。


「人間は、家の中で靴を脱ぐのですね。知りませんでした」


 アリエルの独り言が、玄関にぽつりと漏れた。


「お手数おかけしました、ソファーに座っていてください。今何かお飲み物をお出ししますね。外套は、そこのハンガーをお使いください。」


 翔吾がそういうと、キッチンの方へ行って紅茶を入れ始めた。アリエルは、ローブを脱ぎ、初めて見るハンガーに戸惑いながらも、そばにかけてあった翔吾の服をみて、真似るようにしてローブを掛けた。


 キッチンから御盆に紅茶を楽しむ一式を乗せて戻って来た。そして、ソファーの側まで来ると立ち止まり、目の前に座っているエルフの少女に目を奪われてしまった。そのエルフの少女は、長髪の銀髪を後ろで括っていて、白銀の長いまつ毛と金色に輝く瞳を持っていた。四肢はすらっと細く胸は慎ましい、まさに流麗と言える。服装はノースリーブスの白と緑の民族衣装のようで、下は短い丈のパンツだ。後ろから差し込む陽光に、白銀は煌めき、白い肌が一際美しさを主張して居る様だった。


 翔吾が長く、その場に立ち尽くして居る事に気づいたアリエルは、彼に声をかけた。そうしてやっと、彼は正気に戻り顔を赤くしながら紅茶を淹れて、アリエルにティーカップを渡した。


「美味しい紅茶です。有難うございます」


「いえ、当然のことです」


 翔吾とアリエルは自己紹介を済ませ、軽い談笑をしていた。するとそこへ、リンランディアが商品を持って入って来た。アリエルと違って、長く行商をやっているためか、彼は靴を脱いで家の中に入ってきた。


「知っていたなら、教えて下さればいいのに。ディアお兄様のあんぽんたん」


 彼女の呟きは、飲んでいる紅茶とともにかき消えた。その後、翔吾とリンランディアはいろいろな商品を前に、商談を交わした。それは陽が傾くまで続いて、ようやくひと段落つくのであった。


 俺が、行商人から購入を決めたのが香草を10束、弓1に、矢を30、魔石を一個、締めて金貨4枚である。しかし、俺は金を持っていない。神様に用意してもらうのを忘れていたのだ。そこで俺は、行商に逆取引を持ちかける事にした。


「金貨の代わりに、お酒と取引したいと?」

「はい、私はこの地で酒を作っている職人です。私の酒をあなたに買って頂き、その代金で商品と交換して頂きたい。」

「それは面白い。貴方が酒職人だったとは・・。ただ、物づくりにおいてエルフは人間を凌ぎます。それは酒も例外ではありません。」


 先程までの営業スマイルは、いつの間にか消え去り、そこには上位種族として人間を見下ろすような冷たさがあった。実のところに彼には、種族差別的な思想はない。ただ、拝金主義者のリンランディアは、金貨以外で取引をしたくないだけであった。


「それは、私の酒を飲んでから判断してください。」

「え?」


 エルフの威圧を、軽やかに交わしリンランディアは肩透かしを喰らった。その様子を見て、彼の妹は笑った。キッチンに消えていった翔吾は、早々とタキシードに着替えて戻って来た。その服装の代わり様に、二人は驚いていた。


 彼はノンアルカクテルBAR時代の翔吾となった。彼は完全に接客モードに切り替わっている。


「まずは、ウオッカをご紹介します。リンランディア様、ウオッカをご存知ですか?」


 彼は、少し考え込んだが降参だというジェスチャーを示した。


「寡聞にして、聞き及んだことはございません。」

「ではご説明いたします。このウオッカは、原料に大麦を使っております。そしてこのお酒の特徴は、どこまでも澄み切った飲み口と高いアルコール度数です。特に、アルコール度数に関しましては、このように火がつくほどです。」


 翔吾は、ウオッカの説明をしながら、ショットグラスに注いだウオッカに生活魔法で火をつけた。ウオッカの入ったグラス上面にて、ゆらゆらと小さな火が揺れている。


「な?!本当に、お酒に火がついている。これは油か何かなのではありませんか?」

「油ではございません。その証拠に、このように火を消してゴクッ、ぷはぁ!飲むことも容易いです。どうぞご賞味ください。アリエル様もお飲みになりますか?」

「是非!私にも飲ませていただけますでしょうか。とても興味深いです。」


 アリエルは、好奇心に心躍らせて居る様子だった。そして、テーブルの上には二つのショットグラスが並び、翔吾が慣れた手付きでウオッカを注いでいく。二人は、ショットグラスを持ち、顔を見合わせ、緊張した面持ちでウオッカをグビッ、グビッと煽った。


 まずは、リンランディアが先陣を切った。


「プハーッ!なんと強い酒精でしょうか。150年は生きていますが、このようなお酒は初めてです。口の中を焼くように、熱いですね。しかし、これは売れますよ。荒くれ者のドワーフに売りつけるには、もってこいです!」


 リンランディアは、ウオッカのおかげで顔が赤くなり、意気揚々とした感じで興奮していた。その一方で、アリエルは、強いお酒のせいでむせてしまった。


「ケホッ、コホッ、ちょっとこれは、私には強すぎます。」

「それでしたら、アリエル嬢にもお勧めできるお酒もご紹介しましょう。」

「まだ、お酒があるのですか?!」


 リンランディアは、ウオッカだけでも衝撃を受けて居ると言った感じだ。それならせいぜい畳み掛けさせて貰おう。俺の酒に酔い痴れるがいい。


「もちろんでございます。ウオッカは、私が丹精込めて造ったお酒の副産物にすぎません。こちらが本命のウイスキーでございます。」


 俺は、用意していたウイスキーの酒瓶を取り出した。あぁなんて愛おしいんだ、今日でこいつは、樽詰めしてから約4年が経った事になっている。つまり、ウイスキーが成人したことを意味していた。一応の完成を迎えたこのウイスキーなら、十分美味しいはずだ。実は俺もまだ飲んでいないので、一番飲みたがって居るのは俺だ。なんて言ったて、自分で初めて作ったウイスキーなんだ。嬉しさもひと塩である。


 グラスを三つ用意して、酒瓶からコルクを抜く、すると”キュポン”と酒飲みならば、胸が高鳴る音がした。そしてウイスキーをグラスに”トクットクットクッ”と注ぐ。すると、琥珀色に染まったウイスキーが、グラスの中でうねりをあげて注がれていく。


「まぁ、なんて綺麗な色でしょうか。お酒にこんな色が出せるのですね。ワインとはまた違った、高貴な色を感じさせますね、ディアお兄様!」

「あぁ、本当にその通りだ。」


酒の色を褒められることが、これほど嬉しいものなのだろうか。


「まずは、そのままストレートでお飲みください。」


 彼らはエルフだからなのか、いい所の育ちだからなのか。俺が何も言わずとも、グラスに注がれた琥珀色を目で楽しみ、グラスを揺らしてお酒の香りを鼻腔いっぱいに楽しんだ。そして、それぞれがウイスキーを口に運んだ。


「まぁ!」

「おぉ!」

「「美味しいですわ/美味い!!」」

「香りは、花の蜜のようで実際に口にしてみると、予想を裏切るピリッとしたスパイスのような味わいが広がりました。」

「その通りだ、しかも驚くべき事にスパイシーな味わいの中に果物のような甘さが顔を覗かせる。そして最後は、なんというか煙だ。そう、スモーキーな味わいが全体を包んで消えていく。」


 さすがエルフという所だろうか。非常に、リポートが達者でらっしゃる。俺が目指す所のウイスキーは、華やかなエステル香や、蜂蜜、花といった香りが漂い、味わいは甘く滑らかな、まるで蜂蜜をお酒にしたような口当たりで、それらの華やかさをピートによるスモーキーさがピリッと締める、そんなお酒だ。アリエルとリンランディアは、俺が目指す理想の酒、試作品第一号を嬉しそうに飲んでくれた。


「商談は、また明日にして今日は心ゆくまで、お酒を楽しみましょう」


 二人は、喜んで同意してくれた。



====<ピート>====

*ヒース(エリカ科の低木で、ヘザーともいいます。)やコケ、シダ類が堆積してできた泥炭、草炭のことです。寒冷地の痩せた酸性土壌でしかできないといわれています。

*スコットランドには、ピートの層が広く分布しており、春、これを切り出し、一夏天日乾燥させ、秋、蒸溜所に運んで使用します。もともと樹木に乏しかったスコットランドでは、昔から燃料として使用されていました。

*ウイスキー造りでは、原料である麦芽の発芽を止め、乾燥させる際に、ピートを使います。これを焚くことにより、麦芽にピート特有の香り(ピート香、スモーキー・フレーバー)が付加されます。

*世界的なウイスキー産地で、ピートを使用している代表的な国はイギリスと日本です。

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