第一章〜ファーストフィル〜

第1話「いざ、ウイスキー造り!!」

「良い酒を造るのじゃぞ、翔吾」

「はい、神様」


 俺は今深々とお辞儀をしながら、光り輝く魔法陣の中にいた。神様が両手を地面に翳すと、日本家屋や日本庭園は闇で包まれた。あるのは、神様と俺、そして真っ白な魔法陣がさっきまで畳だった床に、俺を中心にして広がった。


 神様と俺は、先程までウイスキー造りを滞りなくする為の打ち合わせをしていた。ウイスキー造りに必要な機材、ウイスキー造りに適したミネラルが含まれた水が流れる場所、そしてウイスキーを詰める樽の樽材が手に入る山、そしてそれを異世界に広げるのが容易い港町が近くにある事。その他にも細々とした要求を、神様に遠慮なく申し出た。神様は俺の全ての我儘を叶えてくださると約束してくれた。


 神様は、控えめに言って最高のスポンサー様だ。この方の為にも、俺は異世界で存分に酒を造ろう。そして造るだけでなく、一人でも多くの人にウイスキーを楽しんで貰おう。母さんに、俺の酒を飲ませてあげられなかった分も、俺は異世界で酒を造り続けよう。


 こうして俺は、魔法陣の光に包まれて、異世界転移をした。


 魔法陣の眩しさが収まると、鳥の鳴き声が聞こえてきた。目を開けると、俺は春風に顔を撫でられた。ただ、まだ肌寒い所々に雪が残っていて、あたり一面にオークの木が生えていた。俺は、たまらず真っ直ぐ太く生えている木に駆け寄った。


「おぉ〜〜! こりゃぁ立派なホワイトオークだなぁ、樹齢百年はいってるなぁ。これは、良い酒樽になるぜぇ」


 神様にしたおねだりのその一が、ウイスキーを詰める酒樽の樽材、オークの木が豊かな森に拠点が欲しいだった。何故、これほど酒樽の樽材にこだわるのか。ウイスキーは不思議なお酒で、ウイスキーは最初透明なのだ。そう、ウオッカや、テキーラ、焼酎、泡盛のように透明な酒だ。


 しかし、大麦を発酵させ、蒸留し、高濃度のアルコールが含まれた蒸留酒に仕立て上げた後に、オークの木で造った酒樽に入れて、数年寝かせる。これを熟成という、樽の中で熟成させればさせるほど、ウイスキーはその色を琥珀色に輝かせるのだ。


 何故、そうなるのか……。解明されてないことも多いが、オークの木の成分がウイスキーに溶け出し、さまざまな影響を与える。その力は、ウイスキーの匂い、味、色、全てに渡りその影響力は七割に及ぶという。つまり、ウイスキーは樽が育てているといっても過言ではなく、まさに酒の錬金術師といえる存在なのだ。


「今はまだ、お前を酒樽にはしてやれない。けど、必ず人をここに集めて一大酒造場にして見せる。悪いが、その時がお前の年貢の納め時だ」


 俺は木に向かって話しかけた。これほど雄大な木を前にすると、話しかけることに少しの恥ずかしさもなかった。


 俺はそこから移動を開始した。この獣道の先に、我が家があるのだ。前世では、こんな家に住みたいとよく夢想したものだった。その家はすぐに見えてきた。


「いやぁ、立派なログハウスだよ。ありがとう、神様」


 俺の視線の先には、春の暖かい日向に照らされた、二階建てのログハウスがあった。前世でこれだけの家を建てようとすれば、三千万円は簡単に消し飛ぶ、そんな立派な我が家。


 神様からもらった、アイテムBOX。これは、見た目は紫色の巾着袋だけど、神様曰く、生きているもの以外であれば、あらゆる物を収納して、その時間を止めてくれる優れものだ。


 俺は、そこからこの家の鍵を取り出した。いざ、我が家へ入っていくと、夢にまでみた、いや、夢にまで匂った新築の木の香りが俺を出迎えてくれる。エントランスで革靴を脱ぎ、リビングに出ると、そこは吹き抜けになっていて大きな机に、暖炉まで用意されていた。


「家具まで、用意してくださったんですね」


 神様は、生活に必要な家具を揃えてくれていた。しかも、前世で俺が使っていたお気に入りの物まで、移してくれていたのだ。それは、お気に入りのグラスたち、バーで使っていた仕事道具までだった。これらは俺の命といっても良いぐらいのもので、本当に粋な計らいだった。流石に、服や雑貨は無かったので、こっちで揃える必要が出てきた。


 それ以外では、当面の食料といった生活費需品は揃えてくれていた。ウイスキー造りに必要な事柄については、念入りに要望を出していたが、こういった事には完全に抜け落ちていたので、神様さまさまだなぁ。


「上下水道よし! 空調よし! 特に他に不安点もない! さっそく、地下の仕事場を覗かせてもらおう!!」


 キッチンの壁にある、隠しボタンを押すと、床のフローリングが開いて、地下室への階段が現れた。


「秘密基地みたいで良いなぁ、でも暗いな。えっと確か、ライト!」


 俺はそう唱えると、階段の足元を照らすように、灯がついた。この家は、俺と俺が許可した人の声に反応するように作られていた。しかもこの家は、地下に巨大な魔石が埋められていて、全ての動力をそこから賄っている。その魔力を使って、神様の複数の魔法陣によって稼働する仕組みなのだ。本当に神様万歳!


 しばらく降りていくと、大きな鉄の扉が現れた。この扉も、俺とその許可を得た人以外は開けられない。見た目は、重そうな扉だが俺が軽く触れれば、簡単に両扉が開いた。


「暗いな、灯」


 すると、地下室全体が照明によって、照らし出された。


「おおおぉ!!!」


 絶景。まさに、その一言に尽きた。


 俺の眼前には、決して一個人が揃えることは出来ない、ウイスキー作りに必要な全てが揃っていた。俺が造ろうとしているシングル・モルトの原料である、大麦を粉砕する粉砕機、そして粉砕したモルトを糖化させるマッシュタン、糖化させたモルトを発酵させる巨大木桶、そして発酵させたモルトに含まれるアルコールを蒸留させる、単式蒸留器ポットスチル。あぁ、なんて美しいポットスチルなんだ。シングルモルトを生み出すためだけに、君は生まれてきたんだね。


 俺は、赤黒い銅色肌を持ったポットスチルに手をついた。その時、万感の思いが腹の底から喉を通って、言葉として漏れ出した。


「俺は、もう一度酒を作れるんだな。無神論者だった俺が、これほど神に感謝する日が来るなんてなぁ。感謝します、神様」


 俺の瞳からは、いつの間にか熱い涙が流れていた。この涙は紛れもなく、嬉し泣きと、決意の表れだった。


「一人でも、多くの人にウイスキーを飲んで貰いたい。その為には、たくさんの出会いと障害が俺の前に立ちはだかるだろう。それでも構わないさ、酒が造れて、それを誰かに飲んで貰えるなら、全て乗り越えてやる! えい、えい、おー!!」


 俺はその日から、ウイスキー作りに明け暮れた。俺が目指すウイスキーは、前世でいうスペイサイドモルトだ。口当たりは優しく、口の中で華やかな香りと甘みが広がり、ピートがそんな甘さを最後に締めてくれる。そんなウイスキーを造りたい。


 そして遂に、発酵させた麦汁を蒸留し、造った蒸留酒が出来上がった。この時点で、ウイスキーには何の色もなく、無濁透明の四十から七十度程の蒸留酒だ。


 そしてこれを活性炭で濾過させれば、ウオッカになる。ウイスキーは、樽で熟成させるが、ウオッカはそのまま瓶に詰められていく。


====”ウオッカ”=====

 主な原料は、小麦、大麦、ライ麦、もしくはジャガイモであり、それらを発酵させて作ったアルコールを、連続式蒸留器で3〜5回ほど蒸留し、50〜90度のアルコールとして抽出したお酒。

==============


 大麦から採取した麦汁には、7〜8%のアルコールが含まれている、これを単式蒸留器に入れる。そして熱を加える。水は100度で沸騰するのに対して、アルコールは78度で気化してしまう。これを利用して、単式蒸留器で何度か蒸留をすることで、高濃度のアルコールが手に入るのだ。


 話を元に戻すと、この蒸留酒をウイスキー足らしめる最大の過程が、酒樽での熟成である。蒸留酒に、オークの木に含まれた成分を溶かす事で、ウイスキー特有の琥珀色の色味、ウイスキーを詰める酒樽によって変わる風味といった、独特の香味を形成している。


「いやぁ、酒樽を用意していない事に、酒を造ってから気づくとは迂闊だった。慌てて、地下室を探したら、神様が数百個あらかじめ用意してくれたから、事なきを得たよ」


 あらかじめ用意されていた酒樽は、新樽で酒を注ぐ内側が焦げていなかった。焦げるとは文字通りで、酒と接する樽材部分を予め火で炙り焦がすのだ。そうすることによって、樽材の成分がより酒に溶けやすくなる。


「火炎! っと、うん、こんなもんだな」


 時空神の加護のお陰で、簡単な生活魔法は使える様になっている。今回は、焦加減を最低レベルで調整した。シングルモルトに使われる樽の、ほとんどは一度、シェリー酒か、バーボンウイスキーを熟成するのに使った樽、いわゆるファーストフィルというやつである。

 しかし、今回は初っ端からシングルモルトウイスキーを新樽に詰めていく。これは、実は禁忌的な行為だ。何故なら、シングルモルトの大麦の成分が、焦がした新鮮な樽材との相性が悪いと言われているからだ。


 一応焦がしていない樽にもウイスキーを樽詰しておいた。失敗した時の予防策だ。

   

 それでも、前世では新樽の酒樽を、実際に積極的に使う酒造も増えている。それに、今回はそういうウイスキーを造ろうと思っている。この挑戦は、無駄にならないと踏んでいるのだ!


「さて、酒樽の準備も終わったし。いよいよ樽詰だ」


 俺は今回作った大麦から造った蒸留酒を、全てホワイトオークの二百リットル入る酒樽に詰めていった。それが全部で、今回は百樽も用意した為に、重労働だったが全ての樽詰めを終えて、地下二階のエージングセラーに並べた時は圧巻の一言だった。


 そして、俺はウイスキーの入った酒樽全てに、ある呪文を唱えた。


「時空魔法、時間促進アシュタロス


 この魔法は、時空神の加護を持った俺が使う事が出来る『固有魔法』だ。俺の手で触れた対象の時間を早送りにすることができる。約一ヶ月で、四年もの時間促進を可能としてくれる、異常能力だ。


「ふぅ、あとは熟成を待つだけだ」


 ウイスキーは最低でも三年間は熟成させないと、ウイスキーとは呼べない。というのも、樽材から酒に移るタンニンが関係してくる。タンニンは樽材から酒に移るのは、約三年間とされていて、それ以降は激減するとされている。タンニンは、ウイスキーの風味作りに様々な影響を与えてくれる。


 その為、ファーストフィルの樽にはタンニンはほとんど残っていないし、ウイスキーに移る香味も残っていない。それを踏まえて、今回は新樽に、シングルモルトウイスキーを詰めた。これなら、酒樽からふんだんにウイスキーに樽の成分が移り、より華やかなウイスキーになると思ったんだ。


 俺は想像した、僅か一ヶ月もすれば、ウイスキーをひとまず味見出来る事を。それはつまり……。


「俺が本当に四年も待たずに、ウイスキーの試飲を可能にし、三ヶ月もすれば十二年もののウイスキーが飲める事になる! そうすれば、販売だって可能だ! あぁ、なんてすごい魔法なんだろうか。前世の職人が知れば、地団駄を踏むだろうな」


 異世界転移して早々、忙しい日々だったが、クロノス様のおかげで生き甲斐を得た。一日も早く、酒を飲みたいものだ。



【作者後書き】

 ウイスキーは最初無色透明です。それが、長い年月とともに琥珀色に染まっていきます。これ程、ロマンを感じさせる飲み物を私は他に知りません。浅識の身ながら、楽しいスローライフを描きたいと考えてます。お付き合いのほど、よろしくお願いします。




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