二章 「回想」

20.過去


「ボルのやつ、変なことしなきゃいいのだが……」


 俺はボルの行く末を見るべく、密かに後をつけていた。

 

「接し方なんてたいそうなこと考えなくても普通に話せばいいじゃないか」


 そう思ってもボルにとっては魔族やモンスターと戦うより難易度の高いことなのだろう。


「コミュニケーション能力に関しては皆無だからな……昔から」


 昔と言ってもほんの数年前の話だ。ガキの頃から一緒と言っても話したことはあまりない。

 ただ生活を共にしていたという事実だけ。彼のことは全て行動から把握していた。

 本格的に話すようになったのなんてほんのつい最近のことだ。


(話すまでには苦労したけどな)


 そんな人生を送ってきたからもちろん彼の周りに友人などいなかった。

 今もボルゼベータという男を知れるのは俺一人。

 そう……俺しか彼のことを分かってあげられる者がいないのだ。


「―――いま思えばボルとまともに会話する日が来るなんて昔は思わなかっただろうな」


 そんなことを考えているとふと過去の出来事が掘り起こされる。


「あれからもう三年か……」


 これは俺とボルがまだこの世界に来る前の話である。


 ♦


「もうすぐ成人の儀か。もうそんなに経つんだな」

「時が過ぎるのは早いものよ。私もつい最近まで賢者見習いだったのかと思うくらいだもの」


 場所は聖域の樹海。そこのとある湖の畔である人物と話す俺がいた。

 

「メリッサさんは準大賢者になってからもう2年じゃないですか。それに今や賢界では1、2を争う実力者。もう見習いなんて枠にはもう収まりきりませんよ」

「そうかしら? 私はまだまだ未熟者よ。真の大賢者になるには程遠いわ」


 そんなことはない。そう思うのだが、彼女は決して自分の実力をはなにかけたりはしない。

 それがまたメリッサさんの良いところであり、俺が憧れた理由でもある。


「レギルスはどうなの? 成人の儀の前に卒業試験があるんでしょ?」

「ありますけどマジメにやる気つもりはないですね」


 卒業試験とは成人の儀を行う際に相応しい者であるかを見定めるための前儀みたいなものだ。

 そこで認められて初めて成人となることができる。これは賢者が住まう賢界での掟なのだ。


「マジメにやった方がいいわよ。今回の成人の儀を執り行うのはあの大賢者ベルニーカ様らしいから」

「ゲッ! マジすか。あのロリババアが……」

「大賢者様にそういうこと言わないの。ホント昔から口だけは変わらないのね」

「すみません……」

 

 この綺麗な蒼髪と宝石のように輝く蒼眼を持つ女性はメリッサ=レナ・ベロニール。

 賢界で最も大賢者となるのに近い存在と言われる準大賢者(セカンドワイズマン)の一人で賢界一の美人とも呼ばれる色々とスゴイ人だ。

 

 スゴイと一言で片づけたのはこの人の武勇伝があまりにも多すぎてどれから説明すればいいか分からないという理由からだ。最近で聞いた話によれば準大賢者の身でありながら18階梯越えの魔法の習得に成功したとか。


 ちなみに18階梯というのは賢界の魔法書とも呼ばれる大賢者マスターマジックの20階梯を除けば歴史上で二番目の超高位魔法習得者ということになる。


 要するにアホみたいに強いってわけ。その強さは現大賢者のほとんどと互角かそれ以上に渡り合うことができると言われている。

 

(美人な上に強いって……俺の立場ないなぁ)


 バルトスクルムの弟子という繋がりでメリッサさんと関係を持つようになったのだが同じ”弟子”という括りで語られるのすら恥ずかしく思えてくる。

 

 だって実力が天と地ほどの差があるんだ。名目上は弟子とはいえ同じ括りにするのですら厚かましい。

 

「―――下手すりゃバル爺よりも強いかもしれないのにな……」


 身近にとんでもない人がいると劣等感を通り越して一緒にいるだけでも申し訳なく思ってしまう。

 だがメリッサさんの人の好さがそれを許容している。


 ―――あの人のようになりたい

 

 これが俺の唯一無二の目標であり、夢であったのだ。


「あっ、あそこにいるのはボルゼベータくんじゃない?」


 メリッサさんの指さす方向に目線を向けるとそこには一人の竜人族の男が小さな岩の上に座っていた。

 左手に本を持ち、鋭い目で黙読している。


「あいついつも読書してるんですよ。面識は小さい頃からあるのに未だに話したことなくて」

「あらそうなの? いつも一緒にいるから仲良しさんなのかと思っていたけど」

 

 いや違います。下手すればその逆です。


 彼、ボルゼベータ=アーノルド・シュバッケンは俺と同じバルトスクルムの弟子として指導を受ける賢者候補の一人。同じ時期に弟子になり、バルトスクルムにペアとなるよう指示されてからかれこれ6、7年ほどの付き合いになる。

 

「話そうと思わないの?」

「いや、既に何度か試みたんですけどてんでダメで。もうどうすればいいかという考えすら起きることがなくなりました」

「そう……」


 メリッサはそう呟き、ボルを凝視する。

「うーん」と言い、何か考えているようだった。


「あの~メリッサさん……?」


 真剣な眼差しで考え込むメリッサを顔を覗き込むようにして尋ねる。

 すると、


「よし、決めたっ!」

「うわっっ!」


 大きな声でこう一言。

 唐突に大きな声を出したのでビクついてしまった。


「お、驚かさないでくださいよメリッサさん」

「あ、ごめんね」

「もう……一体何を決めたんですか?」

「ふっふーん、それはね……」


 メリッサは俺の耳に口元を近づけ、小声でその内容を告げる。

 

「えぇ……? ぼ、ボルとお友達になるってどういう……」

「いやね、実は私も彼のことは気になっていたの。いつもすれ違いで会う機会がなかったから話したことはないけどね」

「でもあいつと話すなんて相当な難易度ですよ? 他の連中もことごとく無視(シカト)されてましたし」

「それがいいんじゃない! 私がボルくんのお友達第1号になるの。今まで誰にも成しえなかったことをするってワクワクするじゃない?」

「は、はぁ……そうなんですかね」


 メリッサさんは強いチャレンジ精神の持ち主でもある。この好奇心旺盛な性格が今のような枠を超えた破格の結果に結びついているのだろう。


「で、でもメリッサ……」

「さぁ、いくわよレギルスくん! 一緒にボルくんとお友達になりましょ!」

「あ、ちょ……俺も行くんですかぁぁぁ?」


 無理矢理に手を引っ張られ、ボルの元へと連行させられる。


 そしてこれが今の俺とボルとの関係を確立させるための第一歩だったわけだ。

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