一章 「二人の少女」
01.追い打ち
俺、レギルス=リーゼ・ベクトルは冒険者パーティーから追い出された。理由は無能だということとS級パーティーへの昇級を妨げた(厳密には昇級条件を満たせなかった元凶)という二つらしい。
分相応かそれより上かの働きではあったが、特に何もなく今まで楽しくやってこれてたんだ。いきなりあんなことを言われても当然納得のいくわけがない。
だが俺も俺で彼らには決して言えない秘密を持っていた。
そう。俺は本当の力を隠している、というか隠していた。それもただそうしたいからそうしていたわけではなく、れっきとした理由があってのことだ。
俺の本来の姿はただの回復術師ではない。回復魔法が得意なのは事実だが本当はそれだけではなく、この世に存在するあらゆる術式、魔法を行使できるという異端能力『全能(アルマハト)』を持っている。
得意とする回復術はもちろん、魔術、錬金術、死霊術、精霊術、方術、召喚術など多岐に渡る。
だが俺はそれらの力を全て伏してただのE級回復術師を演じていた。
そう。それは俺が抱えるただ一つの目的、”あの人”から告げられた制約を守るための手段として……
♦
小鳥の囀りが心地よい早朝、俺は静かに目を覚ました。
「もう朝か……」
そう呟き、ベッドから出る。
ここはとある宿屋の2階にある一室。冒険者でもあり、旅人でもあった俺はこの都に滞在している間はこの宿屋を拠点として活動をしていた。部屋は寝室兼居間と小さな物置部屋で別れており、宿屋の中でもそれなりの費用を有する部屋だった。
もちろん、宿代は毎晩払っている。
だがもうこの生活も続けられない。昨日のパーティーのクビ宣言によって宿代など払っている余裕がなくなるからだ。
「次の収入源を探さないとな……」
歯を磨き、顔を洗う。濡れた顔をタオルで拭くと、前もって準備しておいた服を取りにクローゼットへ。
しかし中を見るといつもは用意しておくはずの服がそこにはなかった。
「あーそうだった。昨日疲れてて……」
用意するのを忘れていたんだった……
溜息を漏らし、物置部屋へと向かう。
だが……
「あれ、開かないな」
ドアノブに手をかけ開けようとするがロックに阻まれる。
寝室からも物置部屋へと向かう扉にはなぜか分からないがドアロックが設けられており、中から施錠することができる仕組みになっている。
俺はノックしながら声を上げ、
「おいボル! 施錠(ロック)を解除してくれ、中に入れない」
俺はもう一人の住人に声をかける。だが返答はない。
(あいつ……)
少々ムッとするも俺はもう一度声をかけてみる。
「早くしてくれボル! 服がなくて困ってるんだ」
『ちっ……!』
中から盛大に舌打ちをする音を聞き取る。そしてその瞬間カチャっと音がして施錠が解かれ、中へと入って行く。
すると中にいたのは灰色(ダークグレー)の髪に蒼眼の一人の若い竜人。小さな椅子に背を預け、本を片手に座っていた。
「ったく、前も施錠はするなと言ったはずだよなボルゼベータさんよ。ここにはお前の私物だけじゃなくて俺のもあるんだ。同居人なら少しは気を遣ってくれ」
そう言い放つ俺にボルは鼻で笑う。
「ふん、貴様に服など不必要だろう。何せ酔っぱらった勢いで全裸で街を駆け、警備兵に捕まるくらいの下衆野郎だからな。むしろ何も着ない方が似合いだ」
「あ、あれはアルコールという麻薬のせいだ! 断じて俺の意思ではない!」
過去の黒歴史を掘り下げられ、つい声を張り上げてしまう。
同居人である彼の名はボルゼベータ=アーノルド・シュバッケン、通称ボル。竜人族出身の冒険者で彼とはもうかれこれ10年ほどの付き合いのある腐れ縁だ。
年齢はボルの方が一つ上で俺が20、そしてボルが21だ。
まぁ、他の連中から見れば少々くたびれた感じの成人コンビといった感じに見えるだろう。
「えっと確かこの辺に……」
「おい早くしろクソレギルス、貴様がいると我が愛人が悲しむ」
「悲しむって……それただの本だろうが」
「ただの……だと? 貴様、我の愛人を愚弄するか!」
(あー、まぁた面倒なスイッチを押してしまった……)
ボルは生粋の愛読家ならぬ愛本家だ。
本を読むのが好きなのはまだ理解できる。
だがこいつの愛は他の愛読家とは歪んだものがあり、本の内容ではなく本そのものが大好きだという特殊な嗜好を持った男だった。
その例として挙げられるのはまず、本一つ一つに名前を付けること。そしていまボルの片手に収まっている本は本好きな彼の中でも一番のお気に入りで、彼曰く愛人と呼ぶ本だ。
ボルは暇さえあればこの部屋で本を読み漁り一日を終える。
俺がクエストでせっせと働いて収入を得る中、こいつは呑気に読書をしているってわけだ。
「おいまだか? 早く部屋から出て行ってくれ」
「はいはい分かりましたよ。ったく、相変わらずせっかちで」
俺は探していた服を取り出すと早々に部屋を出る。
そして必要なものを持って俺は宿屋を出た。
「ふぅ……今日もいい天気だ」
空を見上げると美しい青空が目に映る。雲一つない最高の天気だった。
そしてここはとある辺境の国の都ゼヴァン。通称水の都とも呼ばれており、至る所に豪勢な噴水が建てられた洒落た街だ。
王都ほどの活気はないがその代わりに気力で溢れた者たちが多く、街の中央には王都にも肩を並べられるともいわれる大規模な冒険者ギルドが建てられている。
この都の象徴(シンボル)とも言える建物だ。
そして今日は週に一度しかない待望の休暇日。
俺は最愛の人に会うべく、とある場所に向かっていた。
「さ~て、セシルはもう起きてるかな~」
都の外れに位置する集合住宅に入り、とある一室の前に立つ。
そう……ここは我が愛人セシルが住まうハイツなのだ。
俺は家の前に設置されたブザーを鳴らし、彼女が出てくるのを待つ。
だが待てどもセシルは姿を見せない。
「出ないな……留守か?」
もしやと思い、ドアノブに手をかける。
するとドアがギギーっという音を立て、開扉する。
「あーやっぱり鍵閉めるのを忘れてたか。ホント不用心な奴だな」
苦笑しつつも俺は中へと入っていく。本当は勝手に入るのは快くは思わないのだが寝ている可能性もあるのでこればかりは仕方がない。
「セシル? お~い」
呼びかけるが返答はない。
リビングにもキッチンにもトイレにもいないとなるとやはり寝室か。
俺は寝室へと続くドアの前に立ち、一呼吸置く。
初めて入るわけでもないのに少し緊張感に駆られる。
(ふぅ……てかなに緊張してんだ俺! もう付き合って一年も経つんだぞ!)
とは言ったものの女性宅の寝室に無断で入るのは少しばかり緊張感と罪悪感を覚える。
なんか犯罪をやっているみたいで。
だがここまで来たならもう行くしかない。
もし起きていたら全力謝罪で、寝ていたらおはようのキスでもしてやろう。
そう思いながら俺はドアノブに手をかけ静かに扉を開ける。
すると―――
(真っ暗だ。やっぱり寝ていたな、俺が来ると知っていて……)
これはもうお仕置きをするしかあるまい。
俺はそーっとベッドに近づき、視界が悪いためカーテンを開ける。
だが次の瞬間だった。
「おい……嘘だろ」
カーテンを開け視界が鮮明になった時、俺は疑いようもない光景を目にする。
寝ているセシル、そしてその隣には別の男の姿があった。その上二人とも裸のままで掛布団に包まり身体を寄せ合いながらぐっすりと寝ていた。
さらに、俺の心を抉り取る決定打となったのはもう一つあった。
それはその男が元知人であり、俺の中では最低にして最悪の相手とも呼べる男だったということだ。
そして、その最低最悪な男というのは―――
「そんな……ジョセフ……さん?」
俺は彼の顔を見るなりそう呟き、ショックのあまりその場で崩れた。
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