第35話 全身全霊



僕は精いっぱいの想いを声に込め、歌声に乗せ、ホール全てに響き渡らせた。


歌いながら、その頭の中には色々なものがよぎっていた。小さい頃、最初に歌う事の楽しさを教えてくれたおじいちゃんの事。小学、中学、高校、そして大学時代と歌う事をとことん愛し、そして夢にして追いかけ、そして一度は折れた過去の自分の事。そしてボロボロで何もかも見失いかけていた僕を救ってくれた、とわの事を。



僕の大切な人から貰った大事な勇気を原動力に、そして僕自身の夢のために。


お腹に力を入れて、喉を繊細に震わせ、唇を動かし、一つの歌を紡ぎあげた。


その歌詞の一つ一つに、今まで紡いできた様々な感情を乗せて、そして磨き上げてきた技術を乗せて、喉を震わせ、腹に力を入れ、一つの旋律を作り上げた。


この歌は4分半もあるものだけれど、今はまるでスローモーションのように、異常に長く感じていた。 でもだからこそ妙に落ち着き払って歌うことができた。 最初の部分を切り抜けて、サビを切り抜け、そして最後のサビの部分を切り抜け・・・・今までこれほど集中したことのないくらい、集中力を維持して歌い続けた。


途中で、息が切れそうになるかと思うほど声を張る場面が幾つかあったのに、なんだかこの日はそんな事お構いなしに、声を発することができた。 まるで自分の身体とは思えないくらい、力が底から出続けた。


気付けば、四分半はあっという間に過ぎ、僕の全てを込めた歌唱は、終わった。


全てを出し切って、僕の身体は一瞬フラッとした。


どんな顔をみんなが浮かべているのか、僕は恐くて見上げることができなかったけど、勇気を出して見上げてみると、みんなは笑顔に、感動に、驚きに満ちた表情を浮かべて、立ち上がり、割れんばかりの拍手を送ってくれていた。


そして、審査員たちも立ちあがって、僕の事を称えてくれた。


「・・・・もう何年と、このオーディションをやってきていますが、こんなに驚かされることは未だかつてありませんでした・・・・男性らしく力強いのに、絹のような繊細さを併せ持ったような歌声、そして激しい歌詞とは裏腹に優しくささやきかけてくるような歌唱力、全てがお見事でした・・・・『イエス』です」



「私も、もちろん『イエス』です。」


そして、最後の審査委員長もこう言ってくれた。


「私からも言わせてください。貴方の歌に対する思いも、そしてあなた自身の実力も、紛れもなく本物です。 ・・・・だから、私たち全員の『イエス』をどうか、あなたにプレゼントさせてください。」



「うおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



僕は、床に思わず倒れこんで、雄たけびを上げた。一度はあきらめかけた夢、そしておじいちゃん、とわと果たした約束、その両方が叶った瞬間だった。


そして、見ていてくれた観客たちの歓声、鳴りやまない拍手、その全てにおぼれて、僕の心はオーバーヒートしていた。



僕はやっと・・・・・成し遂げることが出来たんだ・・・・!!!


床の上にぶっ倒れてスポットライトの光をこれでもか、と浴びる僕は間違いなく今までの人生で一番幸せな瞬間にいた。




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