第3話 お前の物は私の物だ


 ■■■■■■■


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!』


『ぐあっ…………!』


『ぎゃはははははっ! 最っ高ぉぉっ!!』


『お願いだから、もうやめてーーーっ!』


『まだまだまだまだまだまだまだまだだぜぇぇぇ? お楽しみはこれからなんだからよぉ? ぎゃははははは!』




 ■■■■■■■■■




「────────っ、こんな時になに嫌な事思い出してんだ…………くっそ、ヤエのやつ……僕はあんな風にはならないぞ。僕は一人でも強くなって、弱い者を助ける存在になるんだ……!!」



 忍はヤエと喧嘩した後、色々な事を考えながら目的も無くマップを歩き続けていた。


 先程のイライラが頭から離れず、考えれば考える程にのぼった頭の血が更にその足を早めさせていた。


「そんなんじゃあ、助ける存在にはなれないぜ?」


 突然聞こえてきた不気味な声に、忍はハッとした。

 顔を上げると目の前には知らない男が一人。いかにも性格の悪そうな見た目に、趣味の悪いローブ、そしてその手に持つのはレアリティURウルトラレアの【地獄を見る杖】。


「だ……誰だお前は……!」

「名乗る必要はねぇんだよなぁ? お前は戦争に行ってもそんな台詞を吐くのかよぉ?」


 明らかな敵意を向けられ、忍はこの時初めて自分の置かれている状況を理解した。

 闇雲に歩き続けた結果、忍は知らずのうちにPKエリア(プレイヤーキルエリア。つまりはプレイヤー同士で戦うことが許されたエリア)に足を踏み入れていたのだった。


「僕に何か用があるのか……?」

「言わなくてもわかるだろぉ? これが楽しみでゲームをやっている奴だって居るんだぜぇ?」

「プレイヤーキル、か……」

「正解! せっかく高い金払っていい武器手に入れたのに、感情のねぇモンスターばっかり倒しててもつまんねぇだろぉ? お前もそう思うよなぁ? なぁ?」

「………………っ」


 忍は咄嗟に固有スキル【識別】を使った。職業シーフの忍にはこれがある。

 少しでも情報があれば、それはこちらのアドバンテージになり得る────


 だが、それは時として絶望に変わる事もある。


 圧倒的戦力差を知った時だ。


【名前・D・ハスキー

 職業・召喚士

 性別・男

 レベル・60

 一言・『今どんな気持ちぃ??』】


「レベル60……!?」


 思わず声が出た。

 しかもよく見れば上から下までハイレアリティで固められた装備品。間違いなく廃課金者。そして確実に強い!

 今の忍のレベルを考えれば、一撃でもまともに喰らえばゲームオーバーだろう。いや、かすることさえ許されない、絶望的なまでの戦力差……!


「そんな装備でこんな所彷徨うろついてちゃダメでしょぉ? ママに教えて貰わなかったのかなぁ?? しぇへへへへ」

「だ、黙れっ! 金にものを言わせた課金厨が! 僕は……お前みたいな汚い奴になるくらいなら、こんな装備でも恥ずかしくなんてないぞっ!」

「しぇへへへへ! 肝だけは据わってるようだねぇ? いいねいいねぇ。逃げ出すよりは全然いいよぉ? でもねぇ、言葉遣いには気をつけようねぇ??」


 召喚士D・ハスキーが杖を一振りすると、氷柱つららが弾丸のように飛んできた。

 その切っ先は尖った硝子のように鋭く、鋭利な刃物を突きつけられたかのような恐怖心で一歩も動く事が出来なかった。


 氷柱は忍の腹部に突き刺さり、途端に体に穴が空いたんじゃないかと思う程の激痛が走った。


 たかがゲームでここまでするか。

 いや、ゲームだからこそここまでするのだ。生半可なリアリティの時代は終わったのだ。痛覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚……それら全てを完全再現したこのスタスタだからこそ、人々は熱狂するのだ。


「…………っべ…………死んだ…………」


 氷柱が当たった衝撃で後方に弾き飛ばされた忍はそのまま転がりながら大木に激突し、衝撃で舞い散った血しぶきが昔見たホラー映画を思い起こさせた。



「────、痛っ…………れ…………死んで……ない……?」


 痛みはあるが、死んではいなかった。

 この戦力差、死んでもおかしくは無かった筈だ。


「おうおう? 耐久力は中々あるようだなぁ? やりがいがあるってもんだぜぇ! 今日当てたばかりのアレを出しちゃおうかなぁ? どうしようかなぁ?」


 忍は自分の残りHPを確認すべく、自分にだけ見えるよう。ステータス画面を映し出した。


【名前・紅月忍

 職業・シーフ

 性別・男

 レベル・51

 一言・『理不尽には屈しない!』

 HP638・MP62・SP25・ATK158・DEF108・INT43・AGI255 】


「─────っ! レベル51!? これ、僕のステータスだよね……」


 つい数日前まで、三ヶ月プレイしてレベル30にも満たなかった男が、ヤエと出会った僅か4日でレベルが20以上上がっていた事に驚いた。


「だからあの氷柱が貫通しなかったのか……それにしても、どういうやり方したらこんなにレベルが上がるんだよ…………いずれにしても、これならなんとかなりそうだ。シーフのAGI(素早さ)は作中でもトップクラス、対して相手は召喚士。間違いなく低い────、レベル差を考慮しても、逃げに徹するなら逃げ切れるかもしれない……!」


 恐怖心を拭い、逃げる事に頭を切り替えた忍だったが、D・ハスキーはその変化を見逃さなかった。


「おっと、逃げようったってそうはいなねぇんだぜぇ? 嫌なことから逃げちゃダメだって、ママに教わらなかったのかなぁ!?」


 D・ハスキーは大きく杖を振り上げると、なにやら難しそうな呪文を唱え始めた。


「我と契約せし厄災の龍、いでよ【カラミティドラゴン】っ!!」


 辺りは一気に不穏な空気に包まれ、黒い煙が立ち込めた。

 そしてその煙が晴れると、そこに現れたのは一体の黒い龍。

 大きい。体は腐敗しており、動く度に腐った箇所が擦れ合うその様子は、グチュグチュといった擬音語がピッタリだ。


「こいつは……!」

「お前も知ってるだろぉ? 課金召喚獣【カラミティドラゴン】だぜぇ。そんじょそこらのモンスターとは訳が違う! そのレアリティはURウルトラレアの更に上、MRミラクルレアだぜぇぇッ!

 コイツを手に入れるのには本当に苦労したんだぜぇ? 200万、200万円かかったんだぜ!! その最初の餌食になるのが、お前だぜ? 興奮するだろぉ? 俺に感謝するんだぜ? 感謝の気持ちを表す時は『ありがとう』って言いなさいってママに教わらなかったかぁ!?」


 非常にマズイ展開である。

 このモンスターは明らかに他とは異質。絶対に勝ち目は無いと、本能が訴えかけてくる。


 鳴き声一つで意識が吹っ飛びそうになる。そしてその吐く息がまた臭い。圧倒的モンスター。


「……………………くっ! 前にはカラミティドラゴン、後ろにはD・ハスキー……逃げるのも無理そうだな……」


 本来なら諦めてもいい場面。たかがゲームで勝てない相手に挑むのは、ただのバカだ。ここで逃げたって誰にも迷惑はかからないし、文句も言われない。何より現実世界にはなんら影響は無いのだから────


「でも……それでも───、僕は僕らしく最後は戦う! 僕は悪には屈しない!」


『理不尽には屈しない』


 ステータス画面を見た時に、このゲームを始める時に最初に書いた一言コメントが目に映った。その些細な出来事が、忍の折れそうな心を支えていた。



「いいねいいねぇ? ならばお望み通り、コイツの餌にしてやるぜぇ? いくら強がった理想を口にしたってよぉ、結局金をかけた奴が強ぇんだよなぁ? しぇへへへへへへっ!

 ドロッドロのゲチョゲチョにしてやるぜぇ! いけぇ! 我がカラミティドラゴンよ──ッ!!」


 D・ハスキーの命令通り、カラミティドラゴンは勢いよく忍に襲いかかった!

 その速さは桁違いで、大木の影を縫って逃げる忍をその大木ごとなぎ倒して迫って来きた。いや正確には大木を払ったその手は大木を溶かしている、と言った方が正しいか。

 もしもあの手でなぎ払われたのなら、一体どんな痛みが走るだろうか────


 腹部の負傷もあり、いつまでも逃げ切れるものでもない。痛いし怖いだろうが、このまま惨めに死んでいくのだけはゴメンである。例えゲームの中であっても、ゲームの中だからこそ、潔く戦って死んでいきたいのだ。


 忍は逃げるのをやめ、腰に据えた剣を抜くと同時にカラミティドラゴンと正対せいたいした。


 が、その瞬間、既に爪は振り下ろされていた────


「────────ッ」


 悔しいが、これが現実。

 忍の思いは幻想となり消えていき、弱者は敗者となりこの世界を後にする。

 無課金では到底越えられない壁、それがMMOにおける戦力差。


 悔しいが受け入れるしかない。

 コンマ何秒か後には、あの毒々しい爪が忍を現実世界へと連れ去っていく────


「……………………くっそぉ!!」



 ────しかしそうはならなかった。

 爪は何かによって弾かれ、その反動でカラミティドラゴンはやや後ろに後退した。


 薄い透き通るような光の壁だ。

 それが忍とカラミティドラゴンの爪を隔てたのだ。


「忍、汚い言葉を使ってはならないとママに教えてもらわなかったのか?」


 ヤエの声が聞こえる。

 どこからともなく聞こえた声をさがすように、忍とD・ハスキーは同時に辺りを見渡した。


 すると、いつの間にやらすぐ近くにヤエは立っていた。全身の煌めく装備達が、その美しさを際立たせながら───


「だ、誰だお前は! 人の楽しみを邪魔するなとママに教えてもらわなかったのかぁ!!」

「そういえばよく言ってたな。だが生憎様、私はママのいうことを聞かない悪い子なのでな」


 そう悪そうに笑ってみせたヤエの表情があまりにも似合っていた為、忍はしばし呆然とした。


「また……助けてくれたのか…………?」

「さあな。お前がそう思うなら、そうなのかもしれんな」

「なんで……僕、さっき酷い事言っちゃったばかりなのに……それに助ける義理なんてないだろ…………」

「呆れた男だ。この4日間、私の話を聞いてなかったのか?」

「…………え?」


 忍はこの四日間の事を思い返してみたが、その言葉の意味が分からなかった。


「何度も言ったはずだ。『お前の物は私の物』だと。つまり────

 お前の時間は私の時間だ。

 お前の命は私の命だ。

 お前の夢は私の夢だ。

 そしてお前への侮辱は私への侮辱だ。

 なりたい自分が居るのだろう? 譲れないものがあるのだろう?

 助ける理由など幾らでもある。

 それに仮にも私のパーティメンバーなのだ。そうやすやすと死なれては私が困る。さっさとこいつを片付けて、分からせてやる必要がありそうだな」


 うんざりしたその表情とは裏腹の、ヤエのその言葉に忍の心は揺り動かされた。


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