第10話 婚約破棄は魅力的

 あぁ、だけど『殿下から婚約破棄してくれる』このチャンスは見逃せなかったのよ……。



「……ごめん。でもこのチャンスは潰したくなくてさ」



 タイミング良くヴィクターに私が思っているそのままを言われ、ギョッとして彼を仰ぎ見る。


 でもやっぱり、彼の横顔からは何をたくらんでいるのかうかがい知れない。


 私の知るヴィクターはその優秀な頭脳をすべて、いたずらや遊びに使っている印象しかないのだけど。


 大人たちから見るとまた意見が違うようで、『ぜひクラウン殿下の側近に』と王家から声が掛かるほど彼は優秀らしい。


 ただどうしてだかヴィクターはクラウン殿下を嫌っていて、表向きには完全に隠しているが、あんまり側近としてその頭脳や能力を使いたがらないという。


 だから今回のことは、クラウン殿下が失脚して自分もお役御免になる良い機会くらいに思っているのかもしれない。


 彼らしいと言えばそうなのだけど、このやる気のない彼が次期公爵かと思うと、幼なじみとしてはちょっと心配だった。




「そんな事言って……。もしあなたも一緒に粛清しゅくせいされたらどうするつもり?」


「俺がそんな間抜けだと思う?」


「え? それは……思わないかも」


「……でもまぁ、俺の心配してくれたのは嬉しいな」


「そう? だけど私はこれで傷もの決定ね」


「そうだね。でも、それを分かっててなお、婚約破棄をあおってたのは誰?」


「……知ってたの?」


「さぁ?」




 そう言って肩をすくめて見せる。


 なんかヴィクターには全部見透かされてそう。


 それより。


 今は、このチャボットの毒殺事件を何とかしなくちゃね。


 私は気を取り直して本題に戻る事にした。




「チャボットが厩舎でのたうち回ったらしいわね」


「それ、本当なら怪我人が出てるよ……」


ひざに乗せて看取みとったんですって」


「……頭だけにしたって大変だ」


「チャボットが食べるなら、トウモロコシ数粒ではかないわ。単位は本よ」


「あの毒なら甘い匂いがするだろう? 鼻の良いチャボットが数本なんて食べっこないさ」




 片っ端から突っ込むヴィクター。


 さっき私が思ったのと同じで、やっぱりそうだよねって安心してしまったわ。


 でもチャボットはもういない。


 だって、あの子は……。




「チャボットの餌は、良質の干し草だったの……」


「それを縛ってた針金が残っていて、知らずに食べたんだっけ……。かわいそうに」




 お互い無言で考え込む。


 そして唐突に疑問が湧いた。




 もしかして、二ヶ月前のチャボットの死も仕組まれていたりしないわよね?


 でも、もしアレが誰かの差し金だったら?




 瞬間、言いようの無い怒りが心に湧いた。

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