第2話 王都からの手紙

「お帰りなさい、お坊ちゃま。」


自宅の門を開けると、警備兵のハンスに話しかけられた。

警備兵とは言っても重装備では無く、軽装なものだ。


「ただいま!ハンスさん。義母上ははうえはどこかな?」


「奥様はお薬を飲まれ、自室でお休みになられています。お食事をされるなら、食堂の方に準備されていると伺っております。」


「そう…」


僕の義母・クラウディアはしばらく体調を崩していた。王都より遠いジーメンス領ではなかなか良い薬も手に入りにくい。


「先に義母上ははうえに挨拶してくるよ。義母上ははうえのことだ。僕が寝る前の挨拶をしないと早くお休みになっていただけないからね。それと、もうこの時間だ。特に来客も無いだろうから、当直の残して休んで良い。あ、そういえば…」


「何かございましたか?」


「帰る時、伝書鳩を見たんだ。メイドのメアリーに、どこからかお手紙が来ていないか確認してもらえるかな。」


「畏まりました。」


ハンスは軽くうなずくと、屋敷の奥へ向かっていった。

この屋敷は僕達ジーメンス一家以外にメイドが2名、警備兵が5名程暮らしていた。

三階建ての屋敷で暮らす僕達はみんな身内の様なものだ。


義母上ははうえ、入ります。」


僕はそう言いながら、義母の寝室へ入った。


「あら、カール。お帰りなさい。」


義母・クラウディアは僕に向かって優しい笑顔を浮かべた。

そしてゆっくりと体を起こした。


「今日の収穫は上手くいったの?」


「はい。今日はベルントさんの小麦畑の収穫でした。収穫作業自体は順調だったのですが、どうも実りが悪い気がするんです。」


「そう、心配ね…」


義父上ちちうえがいらっしゃれば助言を頂きたいのですが…」


「あの人の参勤ももうすぐ終わるわ。それまで待ちましょう。…カール。」


「はい…?」


「近くへおいでなさい。」


義母・クラウディアが僕を手招きした。僕は義母が寝ているベッドの傍らに腰を掛けた。


「あなたはよく頑張ってるわ。」


義母は僕の頭を優しく撫でてきた。


「はい…、ありがとうございます。」


僕は義母の体に身を預けた。

義母はまたお痩せになられたようだ。薬が効いていないのだろうか。



コンコン!



部屋の扉が叩かれる音がした。


「見てきます。」


僕はぴょんと立ち上がると、寝室の扉を開けた。


「坊ちゃま、すみません。」


扉を開けるとメイドのメアリーがそこにいた。


「メアリー、どうしたの…?」


「王都から手紙が来ています。その…」


僕はメアリーから封筒を受け取った。

裏の封蝋を見ると…


「それはナイザール王家の紋章です。モノがモノだけに開けて良いか分からなかったので、私は中身を見てません。」


「分かった。食事は手紙を見てから取るから、メアリーはもう休んで良いよ。」


「はい。ではお休みなさい。」


メアリーが一礼して部屋を出て行った。


「カール、どうしたの?」


義母上ははうえ、ナイザール王家から手紙が来たようです。」


「王家から? すぐに中を確認しましょう。」


僕は再び義母の傍らに座った。


「確かに王家の紋章ね、開けてみなさい。」


「僕がですか?」


「当主が不在なら、その息子が代わりを務めるものですよ。」


「はい…」


僕は封筒を開け、手紙を取り出した。


「これは…」


その内容は、予想だにしていないものだった。



ナイザール王国の王城が隣国工作員の潜入攻撃を受けた。

工作員は国王の暗殺を目論んでいた。

工作員は周囲に警護の騎士・兵士が少ないタイミングで国王への攻撃を仕掛けた。

近くに詰めていた義父・ジーメンス伯爵が国王を庇いながら応戦。

しばらくして兵士が駆け付け、工作員を殺害。

ジーメンス伯爵は真の忠臣である。

しかしジーメンス伯爵が重傷を負ってしまった。

奥方におかれては直に王都まで来て欲しい。



と言うような事が書かれていた。



「あ、あの人が…!?」


クラウディアがガタガタと震えだした。


義母上ははうえ…」


僕は義母の腕をぎゅっと掴んだ。

どうしていいか分からなかった。


「…カール明日にでも王都に発つ準備をしなさい。」


義母がふうっと息を吐いた。そして僕の肩を掴んだ。


「この体調では、私は王都には行けない。あなたが王都へ行くのよ。」


「え、でも…」


僕は獣人だ。ナイザール王国このくには人間が治める国。

僕がその中枢に行って良いのだろうか?


「ジーメンス伯爵家は昔からこの国に仕えているの。その務めは果たさなければならないわ。」


「…分かりました。明日出発できるように準備します。ハンスとメアリーを連れて行っても良いでしょうか?」


「それが良いわ。カール、頼むわね…」


義母はそう言うと横になった。


「はい…。では義母上ははうえ、お休みなさい…」


僕は義母の姿をチラッと見た。義母は体を震わせているようだ。

大したことの無い怪我であれば、王家からこのような手紙が来ることは無いだろう。

これはつまり、そういうことだ。

涙が零れてきた。


僕はクシャっと手紙を握りしめ、自室へと向かったのだった。













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