第55話「決戦:その九」

 グラッサ王国軍の所有する古代遺物アーティファクトによって生み出された炎魔神イフリートはラントやエンシェントドラゴンたちが囮になることで、グラント帝国軍の地上軍からゆっくりと離れていく。


 当面の危機が去り、ラントは安堵するが、大量の水もなく、平原が広がるだけの大地では炎魔神を倒す術が思いつかない。

 その間にも盛大に炎を撒き散らし、草原は野焼きのような状態になっていた。


 その様子を見ながらラントは必死に考えていく。


(火事を消すのに消火器や消火栓以外の方法……あっ!)


 そこで激しく燃えている草原の草を見てあることを思い出した。


(森林火災は周りを燃えないようにしておいて、燃える物を燃やし尽くさせて消すんじゃなかったっけ? 逆の発想で燃料を与えずに激しく燃やしてやれば、早く消えるんじゃないか?)


 そして、考えをまとめるため、ローズに話をする。


「風属性魔法に風を送る魔法ってあるかい?」


 質問の意図が分からないローズはきょとんとした感じで一瞬間を置くが、すぐに答えた。


『あるわよ。それがどうしたの?』


「鍛冶師のところにある炉にふいごで風を送ると激しく燃える。それと同じように魔法で風を送ってあの炎を激しく燃やしてやれば、活動時間が短くなるんじゃないかって思ったんだ」


『何となく言いたいことは分かるわ。でも、近寄らずに強い風を送るのは難しいわよ』


 ローズの言葉でラントもその難しさに気づく。


「確かに三百メートル以上離れたところから風を送っても、そよ風くらいになってしまうよな……」


『それにあの速さで動いているんだから、魔法を使いながら結構な速度で飛ばないといけないわ。私たちなら何とかなるけど、妖魔族だと全速に近い速さで飛ばないといけないから、真後ろに魔法を放ち続けるのは難しいと思うわ』


 炎魔神の移動速度は時速五十キロメートル以上。アークデーモンやデーモンロードなどの妖魔族の飛行速度はそれより僅かに速い時速六十キロメートル程度であり、ローズが言うように全速に近い速度で飛ぶ必要がある。


(ダメか……第一、あれだけの速度で動いているんだから、相当な風を受けているはず。それより強い風となるとドラゴンとグリフォンだけでは難しいかもしれないな。妖魔族や死霊族も加えられたら何とかなるかもしれないんだけど……)


 そこであることに気づく。


(奴は空を飛べないんだ。距離を取るだけなら上に行けばいい……)


 そして、ローズに声を掛ける。


「奴の真上、五百メートルくらいのところに向かってくれないか。あと、アルビンにも付いてくるように伝えてくれ」


『何か考えがあるようね。分かったわ』


 ローズはその命令に従い、一気に上昇し、炎魔神の真上に辿り着くと、ゆっくりと旋回する。

 エンシェントドラゴンたちも同じように輪を描きながら旋回し始めた。


 真下にいる炎魔神は射程外の獲物に苛立ちを見せるかのように立ち止まり、真上に炎の塊を放つ。しかし、それがラントたちに届くことはなく、間欠泉のように炎を噴き上げることしかできない。


『ここなら安全ね』とローズは笑うような念話を送る。


 ラントはそれに「そうだな」と答えるが、すぐにアークグリフォンに乗る魔導王オードと天魔女王アギーを近くに呼ぶ。


 二人も飛翔能力を持つが、ドラゴンたちほどの速度では飛べないため、アークグリフォンに乗っていたのだ。


『何をなさるおつもりですか?』とアギーが念話で質問する。


「この場で風を起こして、あいつを燃やし尽くす」


『なるほど。ふいごで炎を大きくするようにするわけか……面白い』


 オードは声質こそ平坦だが、アンデッドである彼にしては珍しく興奮していた。


「ここから真下に向かって風を送っても強い風にはならない。だから、別の方法で風を強くする」


『別の方法とは?』とオードが尋ねる。


「ここで回りながら上空に向かって風を送る。ちょうど渦を巻くような形で風を送り続ければ、真下では上昇気流が生まれるはずだ。下から風が送り込まれる方が燃えやすいからな」


 ラントは上から風を送ると上に伸びようとする炎を抑える形になるため、上昇気流を作る方がよいと考えた。そのため、台風をイメージし、吸い上げるような風を作ることで上昇気流を生み出すことを提案する。


『面白い。この場所であれば飛翔可能な者を総動員しても問題はない。より強い風を作るためにすべての魔術師を呼んではどうか』


 オードは興味深い実験であると考え、より大規模になるように提案する。


「そのつもりだが、その前に確認したい。風を送る魔法はどのくらいの時間、維持できるものなんだろうか」


 その問いにアギーが答える。


『送風の魔法自体は大して魔力を消費しませんから、妖魔族でしたら飛び続けることを考慮しても、三時間程度は維持できますわ。アークグリフォンでしたらもう少し長い時間維持できるはずです』


「三時間か……それだけあれば、地上軍も充分に離れられるな。よし!」


 ラントは簡単に頭の中で作戦をまとめると、すぐに命令を出した。


「駆逐兵団、轟雷兵団、支援部隊を問わず、すべての飛翔可能な魔術師を動員する。鬼神王と巨神王にそう伝えてくれ」


 通信士が命令を伝えている間に神龍王アルビン率いる天翔兵団に命令を出す。


「奴の真上、高度五百メートルで、最小半径二百メートルで旋回しつつ、真上に送風の魔法で風を送るんだ。中心に近い方はより強い風を作ってほしい。外周部は継続可能な範囲の風を送り続けるんだ。こうすれば、旋回しているから渦のように空気を吸い出せるはずだ」


 天翔兵団の戦士たちはラントの命令の意図を理解できなかったが、敬愛する魔帝の命令に素直に従った。


 中心部にエンシェントドラゴンたちが飛び、その外側にアークグリフォンやロック鳥が旋回し、魔法を放ち始めた。


 彼らの送る風は大型送風機並みの強風だったが、地上付近で上昇気流が起きることはなかった。


 しかし、更にデーモンやヴァンパイアたちが加わり、六千名以上の魔術師が直径一キロメートルほどの範囲で風を送り始めると、徐々に地上でも上昇気流が生まれ始める。


 十分ほどで安定するが、それでも炎魔神のいる地上では少し強い風が吹いている程度と思ったほどの効果はなかった。


 ラントはその結果に落胆しそうになるが、すぐにあることを思いつく。


「魔導王と天魔女王に聞きたい。この円の外周に時空魔法で筒状の壁を作ることは可能だろうか」


『どの程度の高さなのだろうか』とオードが確認する。


「地上に近いところまであればいいが、とりあえず、二百メートルほどでいい」


 ラントは送風の魔法で上に向かって風を送っているが、地上からではなく、周囲から空気が送り込まれ、地上付近の風速が上がらないと考えた。そのため、筒状の壁で魔術師たちを囲み、周囲ではなく下から空気を移動させようと考えたのだ。


 そのことを簡単に説明すると、二人は即座に理解し、二人で巨大な円形の壁を作っていった。


 直径一キロメートル、幅四百メートルほどで、底部は地上から二百メートルほどの位置にある。

 その壁が構築された直後、地上では強風が吹き荒れ始め、大きく草を揺らしている。


 風を送る魔術師たちはその上昇気流に巻き上げられそうになるが、姿勢を工夫するなどして今の陣形を崩さないように努力する。


 ラントは魔術師たちが安定したところで、地上に視線を向けた。


「よし! 成功だ!」


 彼の視線の先では、周囲から強い風を受け、炎魔神の身体から炎が大きく上がり始める。

 当初は炎魔神も強く燃焼できることに、歓喜するかのように上空に向かって炎を撒き散らしていた。


 しかし、あまりに異常な燃焼に危機感を覚えたのか、上空にいるラントたちを無視し、ゆっくりと西に移動を始める。

 向かう先にはバイアンリーの町とポートカダム盟約軍の陣があった。


 炎魔神は周囲からの風を受け、それまでよりゆっくりとしか進めないが、それでも人が走るより速い時速三十キロメートルほどで歩いていく。


 ラントはアルビンたちに炎魔神に追従するよう指示を出しながらも、状況が悪い方向に向かっていることに危惧を抱く。


 移動を開始する前、炎魔神はバイアンリーの町の北東五キロメートルほどの位置にいたが、時速三十キロメートルでは十分ほどで到着してしまう。


(足止めしないとまずいことになる。だけどどうやって……)


 ラントは焦慮を感じながら対応策を考えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る