第50話「決戦:その四」

 カダム連合北部の町、バイアンリーの東の草原ではポートカダム盟約軍約二十八万とグラント帝国軍約一万二千の戦いが激しさを増していた。


 ギリー連合王国軍の精鋭、ロングモーン騎兵約六万が帝国軍を飲み込もうと突撃したが、轟雷兵団の強力な遠距離攻撃と、駆逐兵団による硬い防御と激しい攻撃により、一方的に蹂躙されている。


 ギリー連合王国軍の司令官、ケアン王子はロングモーン騎兵と共に馬を駆り、帝国軍に向かっていた。しかし、この予想外の展開に苛立ちを募らせている。


「何をしている! 敵は我が方の五分の一しかいないのだ! 数で押しつぶせ!」


 彼の怒号は各部隊に伝えられるが、戦術もなくただ闇雲に突撃するだけでは、合理的な陣形と的確な指示、人族の能力を大きく凌駕する帝国軍戦士に対し、反撃の糸口さえ掴めなかった。


「敵の後方に魔帝がいる! 回り込んで奴を攻撃するのだ!」


 王子の言葉に幕僚の一人が反論する。


「魔帝は勇者でなくては倒せませぬ。それに敵のデーモンたちが強力な魔法攻撃を放ってきます。回り込む前に大きな損害を受ける可能性があります」


 王子は頭に血が上り、魔帝の絶対防御のことも妖魔族の集団魔法のことも失念していた。しかし、自慢のロングモーン騎兵が一方的にやられているという事実に、その指摘を受け入れる余裕がなかった。


「そんなことは分かっている! だが、本陣を突けば敵も焦るはずだ! 大きく散開しつつ、迂回して本陣を突け!」


 王子の命令は直ちに伝えられた。

 先頭集団である二万が駆逐兵団と死闘を繰り広げている前線を迂回し、残り四万の騎兵が大きく広がって、巨人たちの後方にある帝国軍本陣を目指す。


 本陣には魔帝がいることを示す帝国軍の巨大な軍旗と支援部隊であるエンシェントエルフと妖魔族魔術師のそれぞれ一千が待機していた。


 ところどころで爆発によるキノコ雲が上がるが、散開により大きく密度を下げたことで、魔法攻撃の効果も限定的になった。

 その様子を見たケアン王子は満足し、高揚した声で命令を発する。


「敵の攻撃を恐れるな! 俺に続け!」


 そう言って愛馬を駆り立てる。


 ラントは回り込んでくる騎兵を見ながら、対応を命じていた。


「巨人族部隊は投石を中止し、円形陣に移行せよ。支援部隊は巨人族の足元を抜けてくる騎兵を攻撃せよ」


 ラントの命令により、一千名の巨人が一斉に走り始める。そして、ラントのいる本陣を中心に直径五百メートルほどの円陣を形成した。

 厳しい訓練を重ねた巨人族戦士たちは、一分ほどで三重の壁を作り上げる。


 身長十五メートルを超える巨人たちの壁に、ラントは笑みを浮かべて隣に立つ参謀、ウイリアム・アデルフィに話しかけた。


「この城壁はなかなかのものだな。そうは思わないか、アデルフィ?」


 ラントの言葉にアデルフィは真剣な表情で答える。


「あの足元を抜けることは至難の業でしょう。生きた難攻不落の城壁です」


「そうだな。相当愚かな奴じゃなければ、突撃を中止する。恐らく少し離れた位置で混乱した部隊を再編するはずだ……では、次の手を打たせてもらおうか……」


 そう言ってラントはニヤリと笑った。


 一方、攻撃側のケアン王子は瞬く間にできた巨人の城壁に声を失った。


(あの中に魔帝がいるが、あんなところに突撃はできない……一旦、後方に抜けて、陣形を立て直した方がよさそうだ……)


 あまりに常識とかけ離れた光景に、王子は冷静になる。


「突撃中止! このまま迂回しつつ、敵後方で陣形を立て直す!」


 王子はそう言うと、帝国軍本陣を迂回しようと馬の向きを変えた。

 しかし、それはラントの巧妙な罠だった。


 大きく散開していた騎兵たちだったが、巨人の壁を避けるために内側の騎兵が外に向かい、二本の流れに収束していく。

 そこに轟雷兵団の妖魔族部隊が集団魔法を撃ち込んでいく。


 先頭集団に攻撃を集中させたため、四万の騎兵の列に渋滞が発生する。


「何をしている! 外側に広がるんだ!」


 ケアン王子が叫ぶが、混乱した味方にその命令は届かない。

 その側方から更に襲い掛かる集団があった。ラントの命令により、予備兵力として残してあった二千名の魔獣族戦士たちだ。


 混乱しているところに馬の倍以上もある巨大な魔獣が飛び込んだ。


「近寄らせるな!」という指揮官の命令が響く。


 兵士たちは槍を振るって反撃するが、突進力が伴わない槍は魔獣たちの丈夫な毛皮を貫通させることはできない。


「槍が通らない! どうしたらいいんだよ……」


 若い騎兵が絶望に顔を歪める。


 反撃を恐れない魔獣族戦士たちはその巨大な牙や爪を振るい、絶望に苛まれているロングモーン騎兵たちを一方的に斬り裂いていった。


 この攻撃によって騎兵たちの足は完全に止まる。


「巨人族戦士たちよ! 足が止まった騎兵を蹂躙せよ!」


 ラントの命令が草原に響くと、巨人たちが「「オウ!」」と叫んでから、棍棒や槍を振り上げ、騎兵たちの中に突っ込んでいった。


 その足音には金属の板がぶつかって出るガシャンガシャンという音が混じっていた。

 彼らは接近戦が可能なようにエルダードワーフが作った足用の防具と底を金属で補強した靴を履いている。


 これはテスジャーザでの戦いの反省を踏まえてラントが作らせたもので、鬼人族戦士ですら容易に破壊できないほどの頑丈さを誇る。


 ラントは更に命令を発していく。


「支援部隊は接近してくる敵を各個に攻撃せよ」


「「御意!」」


 そう答える顔にはやる気が見えていた。


 支援部隊はエンシェントエルフとデーモンの治癒師からなる部隊だが、攻撃魔法が苦手というわけではない。


 それどころか、強力な魔法兵を擁するグラッサ王国であっても部隊長を任されてもおかしくないほどの技量を持つ者ばかりだ。


 ラントは一連の命令を終えると、天魔女王アギーに声を掛けた。


「これで騎兵は片付いた。あとはグラッサ王国軍だけだが、戦況はどうなっているかな?」


 周囲に巨人の壁があったため、ラントの位置からでは戦場全体の状況が見えない。

 そのため、飛翔能力のあるアギーが上空から戦況を確認し、その報告に戻ってきたところだった。


「神龍王殿は堅実に攻撃を加えておりますわ。ですが、敵もなかなかしぶといようで、未だ大きな戦果は上がっておりません」


「では、このまま攻撃を継続しよう。ロングモーン騎兵が全滅するのは時間の問題だし……」


 そこまで言った時、前線で人族の歓声が上がった。


「何が起きたんだ?」とラントが怪訝な表情を浮かべる。


 そして、視線を向けると、ゆっくりと倒れていく巨人族戦士の姿が目に入る。


「隠し玉でも持っていたのか!」


 ラントは巨人が倒されたことに衝撃を受けていた。

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