第44話「前哨戦」

 十一月十日。

 バーギ王国の王サルート八世はグラント帝国からの情報を受け取った。


「マレイ連合が侵攻してくるというのか? この情報を信じてよいものかどうか……」


 飛竜騎士団団長、マッキンレー将軍は迷う主君に即座に答えた。


「帝国が偽情報を流すメリットがございません。我が国が混乱することを望まないということでしょう」


「なるほど。聖王が余を異端と断じ、民に動揺が見える。このままでは我が国がマレイに敗れる可能性があると考えたのだな。さすがは千里眼を持つ魔帝ラントだ」


 そう言って感心するが、すぐに決断を下した。


「全軍をもって東の国境で敵を迎え撃て!」


「はっ!」とマッキンレーは答えるが、重臣の一人が懸念を示した。


「全軍でございますか? 西への備えはいかがなされるのでしょうか? 帝国の謀略の可能性は否定できませんが」


 その懸念をサルートは笑い飛ばす。


「不要だ! 魔帝殿が我が国を攻めるなら、このような小細工はすまい。そうであろう、マッキンレー」


「御意」とマッキンレーは答え、重臣に視線を向ける。


「貴殿も先日の龍たちを見たであろう。帝国が本気を出せば、全軍で備えたとしても防ぎえないのだ。それならば、全軍でマレイに当たるという陛下のご命令は非常に理に適ったものだ」


 その言葉で家臣たちは納得し、マッキンレーは全軍を率いて、王都アバーティーナから約二百五十マイル(約四百キロメートル)離れた東の国境を目指した。

 各地の守備隊の一部も吸収し、最終的には七万を超える大軍が東の国境に到着する。


 十一月二十四日。

 マレイ連合軍五万が国境に到着するが、バーギ王国軍が既に国境を固めていること、更に自軍より多い七万以上の兵力であることから、戦端を開くことなく撤退する。


 指揮を執ったマッキンレーは戦わずして勝利したことに安堵するが、同時にラントに対しての恐怖が強まった。


(我が国が勝利したことは喜ばしいことだが、これもあの魔帝の狙い通りなのだろう。どこまで見通しているのか……もし、彼が世界を支配しようと考えたら、我々人族に抗う術はない……)


 マッキンレーは直ちに飛竜騎士を王都に送り、その日の深夜、国王に勝利が伝えられた。


「よくやってくれた!」と国王は損害を受けることなく勝利したことに満足する。


 国王はすぐに親書をしたためると、飛竜騎士を帝都フィンクランに派遣するよう命じた。


「直ちにラント陛下の下へ飛べ。そして、勝利の報と共に、余が感謝していたと伝えよ」


 飛竜騎士は翌朝早くに出発し、二十七日の午後遅くに帝都に到着した。しかし、帝都は別の情報を受け、慌ただしく動いていた。


■■■


 十一月二十七日の正午頃。


 グラント帝国軍の偵察隊はカダム連合の北部に深く侵入し、偵察活動を行っていた。

 彼らの眼下に数えきれないほどの騎兵が南に向かって移動している。


 アークグリフォンは興奮気味に同僚であるデーモンロードに話しかける。


『あれはギリー連合王国の騎兵で間違いないぞ! 陛下にご報告しなければならん!』


 デーモンロードは冷静に「そうだな」と答えながら、眼下の敵を観察していく。


「大雑把にだが、数は十万以上だな。歩兵は少ないが、騎兵だけでも七、八万はいる……あの旗はフェッター家の物か……」


 五分ほど観察した後、同僚に話しかけた。


「私は第一報を届けるため、転移でノースロセス城に飛ぶ。貴殿はここで偵察を継続した後、帰還してくれ」


『陛下に詳細情報をお伝えするためだな。了解したぞ』


 デーモンロードは頷くとすぐに転移魔法を発動した。


 ノースロセス城に戻ると、城主であるハイオーガロードのブルックに報告する。ブルックはこの城が完成した直後に、サウスネヴィス城からに異動していたのだ。


「うむ。状況は了解した。では、帝都に報告を頼む」


 そう言うと、城内にある通信室に向かった。

 緊急連絡ということで、責任者である諜報官、天魔女王アギーが直接通信を受ける。


「ギリー連合王国軍を発見したということだけど、詳しく教えてちょうだい」


 族長であるアギーに命じられ、デーモンロードは緊張する。


「ハッ! 場所はバイアンリーの北約六十マイル(約九十七キロメートル)、総数は概算で十万以上、騎兵も八万はいたと思われます。連合王国の王家の一つ、フェッター家の旗がございましたので、騎兵の多くはロングモーン騎兵と思われます」


「意外と近くまで来ているわ……総数十万以上で騎兵も八万は最低いたということね。フェッター家の旗のことはよく気づいてくれたわ。陛下もご満足いただけることでしょう」


「あ、ありがとうございます! 後ほど我が同僚が詳細情報をお伝えする手筈となっております」


「よい判断よ」とアギーは褒め、「ブルック卿に代わりなさい」と命じた。


 ブルックに代わると、アギーはすぐに指示を出した。


「これより陛下に報告しますが、出陣準備の命令が出されることは間違いありません。そちらでも準備と偵察の強化を頼みます」


 八神王であるアギーから見れば、城主とはいえブルックは格下だ。しかし、鬼神王ゴインの直属の部下ということで、アギーは命令ではなく、依頼という形で指示を出した。


 以前なら横柄な態度で命令したのだが、ラントから種族間の溝ができないよう、八神王であっても他種族に気を遣うことを命じられており、彼女はそれを実践している。


「了解しました。既に手配済みですので、その旨も陛下にご報告いただければ」


「素晴らしいわ。必ず陛下と鬼神王殿に報告します。では、第二報が届き次第連絡を頼みますよ」


 それだけ言うと、アギーはラントの執務室に向かった。



 その時ラントはポートカダム盟約軍に対する戦略について、参謀であるウイリアム・アデルフィと検討を行っていた。


「君が敵の指揮官だとしたら、帝国軍に対してどのような戦略を立てる?」


 ラントの問いにアデルフィは少し考えた後、ゆっくりとした口調で答えた。


「人族側は帝国軍の情報収集能力と伝達速度、軍の展開速度について知りません。その前提で考えれば、バイアンリーに軍を終結させた後は、ロセス地方北部に一気になだれ込み、北部の都市を占領していきます。その後は西部の都市を攻め落としながら侵攻していき、慌てて進軍してきた帝国軍を各個撃破いたします」


 ロセス地方の北部から西部にかけては、大きな河川が何本も流れており、水運が発達している。そのため、上流である北部から下流である西部に向かうことは理に適っていた。


「なるほど。常識的に考えれば、我が国はモンクゥを落とされて初めて敵が攻めてきたことを知ることになる。そこから帝都まで情報を運び、準備を始めたとすると、ストウロセスに到着するだけでも一ヶ月はかかるだろう。その間に西部の都市を落として補給線を確保しつつ、我が軍を各個撃破するということか……」


 モンクゥから帝都までは直線でも五百キロメートル以上。山脈を迂回すると、七百キロメートルを超え、飛行型の魔獣でも二日は掛かる。更に帝都からストウロセスまでは街道を使えば八百キロメートル以上あり、通常の軍隊であれば準備期間を除いても移動だけで三週間以上必要だ。


 しかし、現在のグラント帝国ではモンクゥの北にあるノースロセス城から帝都フィンクランに直接通話ができるため、ラントはタイムラグなしで情報を手に入れられる。


 また、ロック鳥を使った軍の移動では、一日当たり最大六千名が三百キロメートル移動できる。


 更にノースロセス城には既に五千名近い駐留軍がおり、一万程度の軍なら二日あれば配置が完了することになる。


 これらの非常識なことがなければ、奇襲が成功する可能性は充分にあった。


「懸念があるとすれば、陛下の特殊能力をどう評価しているかです。飛竜騎士団を迎え撃った話は既に広まっておりますので、詳細は分からずとも帝国軍が待ち構えているという前提で戦略を立てる者がいてもおかしくはありません」


 バーギ王国ではラントが千里眼のような能力を持っていると信じており、そのことは聖王マグダレーンにも伝わっていた。


「その懸念は確かにあるな。脅しに使ってみたが、失敗だったかもしれないな」


 そう言ってラントは笑った。


 そこに急いだ様子のアギーが入ってきた。

 ちょうどテーブルの上に広げられていた地図を指さしながら報告を始める。


「バイアンリーの北部でギリー連合王国軍を発見しました! 数は十万以上。騎兵も八万ほどおり、王家の一つ、フェッター家の旗が立っているそうです」


「ついに動いたか……よく見つけてくれた! 発見した偵察隊にはよくやったと伝えておいてくれ」


「ありがたきお言葉。必ず伝えます」


 そう言ってアギーは頭を下げる。

 ラントは側近であるフェンリルのキースに視線を向けた。


「これより緊急の会議を行う。八神王と主だった指揮官を至急集めてくれ」


「御意」とキースは答え、執務室を出ていった。


「さて、ついに決戦か……」


 ラントはそう呟きながら気合を入れる。

 その様子をアデルフィは複雑な気持ちで見ていた。

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