第42話「参謀」
時は聖都を占領し帝都に帰還した後に遡る。
ラントは帝都帰還後も積極的に動き、新たに領土となったロセス地方の慰撫を行った。その結果、各都市の忠誠度はストウロセスを除けば五十を超え、信頼関係を築きつつある。
ストウロセスも新たに
帝国軍を苦しめた王国軍の指揮官、ウイリアム・アデルフィは尊敬する上官、ペルノ・シーバスの遺族に面会した後、領地に戻った。
その後、相続などの準備を行った後、自害しようと考えていたが、そこにロセス地方を行脚するラントに随行していた情報官、ダフ・ジェムソンが訪れる。
王国軍時代、ダフは傭兵として臨時に雇われていただけで、
挨拶を交わした後、ダフは単刀直入に帝国軍に勧誘する。
「陛下はアデルフィ卿に参謀として仕えてもらいたいとお考えだ。俺のような一介の傭兵ですら、陛下は意見をしっかり聞いてくださる。やりがいは保証するぞ。どうだ、俺と一緒にラント陛下のところに行かないか?」
アデルフィは諦観したような表情で告げる。
「私は王国の若者を犠牲にし過ぎた。この責任からは逃れられん」
ダフはその言葉を予想していたのか、特に表情を変えることなく説得を続ける。
「言いたいことは分かるが、責任の取り方は死ぬことだけじゃないだろう。これからのことの方が重要ではないのか?」
「これからのこと? 若者の未来を奪った私にこれからのことを考えることはできんよ」
「では聞くが、この先、この大陸から戦争がなくなると思うか?」
その問いにアデルフィはニコリと微笑む。
「ラント陛下が無くしてくれるだろう。あの方と帝国軍に勝てる国などないからな」
笑みを浮かべるアデルフィに対し、ダフは真剣な表情を崩さなかった。
「確かにそうだ。だが、まだ聖王は諦めていない。まだ噂に過ぎないが、ギリー連合王国を始め、各国が軍を派遣し、その規模が数十万人に及ぶらしい。そのほとんどが聖トマーティン兵団のような義勇兵になる。これは陛下の策略だ」
聖トマーティン兵団と聞き、アデルフィの表情が曇る。彼らを指揮し、多くの戦死者を出したからだ。
「だからと言って私に何ができる? 他国の指導者が考えることだろう」
「その通りだが、貴殿が忘れていることがある」
「忘れている? それはなんだ」とアデルフィは怪訝な表情を浮かべる。
「帝国軍の戦士は強力なだけでなく、陛下のために死を厭わない。そして陛下は戦上手だ。圧倒的な勝利を得ることは確実だろう」
「確かにそうだろうな」とアデルフィは頷くが、ダフが本当に言いたいことではないと感じ、目で先を促す。
「そうなった場合、人族の兵士にどれだけの戦死者が出ると思う? 神聖ロセス王国だけでも二万人以上の戦死者が出たんだ。大陸中の国なら十万人は下らないだろう。それを何とかしなくちゃならんと思っている」
そこでアデルフィはダフが言いたいことが何となく見えた。
「それを私にやれと? 陛下にやりすぎないように進言しろと、貴殿は言いたいのか?」
「俺ではダメなんだ。だが、戦争の天才と陛下に評価されている貴殿が進言すれば、人族の被害を最小限に抑えられる……」
そこでダフは大きく頭を下げた。
「頼む! このままでは人族と帝国の間に深い溝ができてしまうんだ! 今でも聖都の連中は陛下に対してわだかまりを持っている。聖王に比べて遥かにいいと分かっていても、兄弟や子を殺されたことで素直に認められないんだ」
「それは分かるが……」と言いながらも、アデルフィは困惑の表情を浮かべる。
「帝国のためじゃない。同胞である人族のために陛下のところに来てくれないか。陛下は帝国の者のことを第一にお考えになる。彼らを守るためなら、人族にどれほど被害が出ても必ず実行される。それを上手く回避しなくちゃならないんだ」
アデルフィはダフの考えに心が動き始めていた。
(確かにラント陛下は自ら戦うことがないのに圧倒的な勝利を得ている。ネヴィス峠では五万の兵士を文字通り殲滅した。アストレイでは三万のうち半数が死に、残りも心に深い傷を負っている。そう考えれば、誰かが抑えに回った方がいいということは理解できる……)
そこでアデルフィは覚悟を決めた。
「了解した。人族のためにラント陛下に仕えよう」
「やってくれるか! ありがとう!」と言ってダフはアデルフィの手を取る。
「陛下が私の意見を聞いてくれるとは限らない。だが、できる限りやってみる」
八月の半ば、アデルフィは帝都フィンクランを訪れた。
すぐにラントは謁見を許可する。
「来てくれるとは正直思わなかったよ」
その言葉にアデルフィは笑顔で答えた。
「ジェムソン殿に口説かれました。陛下のような戦上手な方にどこまでお役に立てるかは分かりませんが」
「そんなことはない! ぜひとも参謀として君の知恵を貸してほしい」
アデルフィはラントの参謀となった。
この時、アデルフィの忠誠度は四十五、従属の状態だった。
(ダフに口説かれたと言っていたが、どんな気持ちで僕のところに来たんだろう。まあいい。少なくとも忠誠度は見られるようになったんだ。あとは僕が頑張って信頼を得ればいい……)
他にも神龍王アルビンを始め、多くの者が宿敵であったアデルフィを認めなかった。
しかし、ラントに対し的確な助言を行うだけでなく、自分たち八神王に対しても怯むことのない態度に、アルビンですら認めざるを得ず、側近としての地位を固めていく。
■■■
九月十日。
グラント帝国の帝都ではある実験が行われていた。
一人のデーモンロードがヘッドホンのような耳当てをし、円形のマイクに顔を近づけている。
そのすぐ後ろには魔導王オードと匠神王モールが陣取り、その後ろにラントと他の八神王が見守っている。
「通話テスト開始……こちら帝都。ストウロセス、聞こえるか?」
「……こちらストウロセス。通話状態良好……」とスピーカらしき箱から音声が流れる。
「実験は成功のようだ」
オードがいつも通りの感情を排した声で宣言する。
次の瞬間、「「オオ!」」という歓声が上がった。
ラントはオードとモールの手を取る。
「よくやってくれた! これで帝国内の情報伝達は格段に速くなる」
行われていた実験は帝都フィンクランと元聖都ストウロセスの間を結ぶ長距離通信で、神聖ロセス王国制圧後、僅か三ヶ月で実用化に成功した。
今回の設備はミスリルのケーブルを地下に埋設した電線管内を通す形で敷設した。その総延長は約六百五十キロメートルに達している。
念のため、街道整備という名目で偽装しており、公にはされていない。
技術的な課題は多かったが、魔術師の大量投入という力技で克服する。これは人族側の攻撃が年内にも予想されるためで、早期に実用化が求められた結果だ。
「これから他の都市にも繋げていかなければならない。特にロセス地方の北部には優先的に設置が必要だ」
一ヶ月後、北部の町モンクゥまで通信線が敷設された。
更にアークグリフォンとデーモンロードのコンビによる偵察部隊もロセス地方に配備される。
「これでカダム連合との国境近くに敵が集まればすぐに帝都に連絡が入る。ロック鳥部隊を使えば、町が奇襲を受けることはないだろう」
新たに参謀に加わったアデルフィが静かな口調で意見を述べる。
「諜報員たちの情報でもある程度動きは分かりますので、モンクゥ周辺に一定規模の軍を駐留させてはいかがでしょうか。帝国の魔術師隊であれば、簡易な拠点作りは可能ですし、これ以上、領土を増やすおつもりがないなら、恒久的な拠点としてもよいと思います」
「確かにそうだな。サウスネヴィス城のような拠点があれば、軍の展開は早いし、駐留する際の疲労も少ない。あの辺りによい場所があるかな?」
「ございます。モンクゥの北に適地がございます」
アデルフィの進言により、モンクゥの北に新たに城、ノースロセス城が築かれることが決まり、十月末に完成した。
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