第三章「聖都攻略編」

第1話「奇襲作戦」

 四月二十日。

 時はグラント帝国軍が神聖ロセス王国の国境近くの町、サードリンを占領した直後に遡る。


 神聖ロセス王国の聖都ストウロセスにサードリン占領の情報が届くと、聖王マグダレーン十八世は各国に檄文を送った。内容は人族の敵、魔族に対してトファース教の教えに従い協力せよというものだった。


 檄文は東隣のバーギ王国にも送付される。

 ロセス王国の使者は高速船を使い、十日後の四月三十日にバーギ王国の王都アバーティーナに到着した。


 バーギ国王サルート八世は使者から檄文を受け取り、それを読んでいく。一分ほどで読み終えると、宰相に手渡し、使者に質問する。


「マグダレーン殿は我が国に援軍を求めておられるが、貴国までは距離がある。今から軍を発しても間に合わぬのではないか?」


 アバーティーナから聖都ストウロセスまでは直線でも六百五十マイル(約千五十キロメートル)、海路を使うと八百五十マイル(約千三百七十キロメートル)にもなる。


 船を使えば半月ほどで到着できるが、一万を超える軍を派遣するには輸送船の手配から必要で、優に一ヶ月以上は掛かる。


「貴国の精鋭、飛竜騎士団の派遣をお願いしたいと考えております。一日に二百マイル(約三百二十キロメートル)もの移動距離を誇る飛竜騎士団であれば、魔族より先に聖都に到着することが可能かと」


「確かにその通りだが、魔族の龍どもはどうなのだ? 奴らが出張っているなら、安易に騎士団を動かせぬが」


 グラント帝国のエンシェントドラゴンは飛竜ワイバーンに騎乗する飛竜騎士団の天敵と言える。その所在について確認したのだ。

 使者はその問いに汗を浮かべながら言い訳をする。


「サードリンで目撃されたと聞いております。ですが、サードリンは内陸部。海沿いを通っていただければ問題ないかと」


「話にならんな」とサルート王は吐き捨てるように言った。


「サードリンの次はナイダハレル、更にテスジャーザと攻め込むはずだ。既に十日も経っているのだ。海に近いテスジャーザが陥落していてもおかしくはない」


 使者は国王の言葉に更に言い訳を考えるが、サルート王はそれを聞く前に断じた。


「飛竜騎士団を援軍として出す。だが、無駄に消耗するような愚策は取らぬ。マグダレーン殿にはそう伝えてくれ」


 使者は「へ、陛下!」とすがるように言うが、国王はそれを無視して謁見を終了した。


 謁見を終えたサルート王は飛竜騎士団の団長、マッキンレー将軍を召喚した。


「魔族侵攻の話は聞いておるな」


 マッキンレーはその問いに頷く。


「数百年ぶりの大規模な侵攻と聞き及んでおります」


「神聖ロセス王国より援軍の要請があった。教会も絡んでおるから出さぬわけにはいかぬ。そこで卿に命じる。我が国が最も貢献したように見え、最も損害の少ない派兵方法を考え実行せよ」


 国王は勇者を擁する神聖ロセス王国が無為に敗れることはないと高を括っていた。そのため、自国の戦後の地位向上を第一に考えた。


「御意」とマッキンレーは答える。


 国王の命を受けたマッキンレーは直ちに神聖ロセス王国へ偵察部隊を派遣する。

 竜騎士を送り込もうとしたが、国境の町でエンシェントドラゴンの姿が神聖ロセス王国の東部で見られたという情報を受け、地上部隊による偵察に切り替えられる。


 神聖ロセス王国とバーギ王国の国境付近には深い森があり、街道は発達していないが、その分、上空から見つかる可能性は少ない。

 偵察部隊は商人に化け、神聖ロセス王国に入った。


 五月七日、偵察部隊は東部の四つの町がすべてエンシェントドラゴンたちによって制圧されていることを知る。


「既にナイダハレルまで制圧されている。すぐにでもテスジャーザに向かうという噂もある。だが、龍とグリフォンのほとんどは王国側に入っているようだ……」


 この時、偵察部隊が得た情報には誤認も含まれていた。

 エンシェントドラゴンはすべてが天翔兵団に所属しているため、ロセス側に入っているが、グリフォンは千五百以上が帝国側に残っている。


 偵察部隊の指揮官はグリフォンの総数を知らないため、五百以上ものグリフォンの上位種が龍とともに現れたという情報で、全数であると誤認した。


 その情報を得た偵察部隊はすぐに本国に帰還する。

 五月九日、国王は偵察部隊の報告を聞き困惑した。国境近くの主要都市は陥落していても聖都とは反対側に当たる東の都市まで制圧されているとは思わなかったためだ。


「うむ……これほどの侵攻速度とは想定外だ。ロセスの残存兵力と共同で後方を撹乱しようと思ったのだが、当てが外れたな……」


 マッキンレーは悩む国王に献策を行った。


「龍やグリフォンら飛行型の魔物はロセス側におります。また、魔帝もナイダハレルから動いておらぬようですので、魔族の国の都は無防備な状態でしょう」


「確かに龍たちは残っておらんだろうが、地上の魔物がおるのではないか?」


 国王の懸念にマッキンレーは即座に頷く。


「その通りでございますが、地上からの攻撃など問題になりません。魔法であれ弓であれ、我ら竜騎士の速度に対応できるものではないからです」


 マッキンレーはそう言って胸を張る。

 彼の自信には根拠があった。


 飛竜騎士団は神聖ロセス王国の要請に従い、グラント帝国軍と何度も戦っている。そのほとんどが鬼人族であったが、地上からの魔法攻撃を受けていた。


 それでも撃ち落とされる者はほとんどおらず、ドラゴンやグリフォンたちが出てくるまで攻撃を繰り返し、確実に戦果を挙げていたのだ。


「必ずしも敵を倒す必要はございません。ウィヴィス山地を越え、魔族の都に奇襲を掛けたという事実が重要なのです。こうすることで魔帝は都を守らざるを得ず、結果としてロセスへの圧力は弱まることでしょう」


「地上に本格的な攻撃をしないのであれば、リスクは少ないな。それに一度だけなら敵も対処できまい。敵の本拠を攻撃したという事実と、魔族軍の一部でも退却すれば十分に効果があったと宣伝できるな」


 国王はそう言って満足げに頷いた。


 翌日、飛竜騎士団も行動を開始した。

 ウィヴィス山地はネヴィス山脈と同じく五千メートル級の山々が連なり、飛竜といえども容易に越えられない。そのため、少しでも安全なルートを探し始めたのだ。


 ルートの探索は難航を極めた。

 ワイバーンたちは五千メートル近い高度でも問題なかったが、竜騎士たちは低温と低酸素に苦しめられ、長時間の探索ができなかったのだ。


 それでも人海戦術を使い、五日後の五月十五日に比較的安全に抜けられるルートを発見する。

 翌日、国王サルートはその報告を聞き、奇襲作戦の決行を命じた。


「飛竜騎士団に命ずる。魔族の都に奇襲を掛け、奴らの度肝を抜いてやるのだ!」


 こうしてバーギ王国の精鋭、飛竜騎士団二千名はグラント帝国の帝都フィンクランに奇襲を掛けるべく、作戦を開始した。


 そして、五月二十一日の早朝、飛竜騎士団はウィヴィス山地の麓にある町からフィンクランに向けて出発する。

 騎士団長であるマッキンレーは騎士たちを前に訓示を行った。


「今回の作戦は空前絶後の壮大なものであり、歴史に残るものと確信している! 過去の文献によれば、ここから敵の都まではおよそ百五十マイル(約二百四十キロメートル)と推定される。つまり往復三百マイル(約四百八十キロメートル)。我らの常識を大きく超える距離だ……」


 騎士が騎乗するワイバーンの航続距離は二百マイル、約三百二十キロメートルと言われている。これは浮力に使う魔力がもたないためで、最悪の場合、墜落する可能性があった。


 今回は魔力ポーションを用いることで、航続距離を延ばす予定となっているが、高い山を越えていく必要があり、魔力が切れないかは賭けに近かった。


「それでも我らは飛ばねばならん! 魔族から人々を守るため、そして、祖国の名誉を守るために!」


 その強い言葉に騎士たちの顔が紅潮していく。

 マッキンレーは騎士たちがやる気になったことに満足すると、注意事項を伝えていく。


「敵の都上空に留まれるのは三十分程度と考えよ! 攻撃対象を見つけたら迷わず攻撃するのだ! また騎竜にブレスは使わせるな! 最悪の場合、ウィヴィス山地のどこかで一度休息を摂り、翌日帰還すればよい! では諸君らの健闘に期待する! 騎乗せよ!」


 マッキンレーたちは次々とワイバーンに跨り、空に舞い上がっていく。

 その壮観な姿に町の住民たちは大きく手を振って見送っていた。

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