第32話「疑念」
五月十二日の朝。
ラントはテスジャーザへの進攻のため、情報収集を命じた。しかし、神聖ロセス王国側が防諜対策を強化したため、町の中の情報が入ってこなくなり、その対応を考えていた。
(諜報員たちは無事に脱出できたが、町の様子が分からないのは痛いな。無理やり潜入させてもいいんだが、罠を張っていたら諜報員を失ってしまう。それは避けたい。そうなると、自分の目で見に行くしかないか……)
ラントは上空からテスジャーザの町や、住民たちの避難状況を自ら確認しようと考えた。
そのことを側近であるフェンリルのキースに相談する。キースは少し考えた後、自分の考えを話していく。
「現状では
その言葉に後ろに控えていたエンシェントドラゴンのローズが反論する。
「
彼女の意見にアークグリフォンのロバートらも頷いている。
「確かにそうだろう。だが、敵がどのような手を打ってくるのか分からないのだ。陛下の安全を考えれば、万全を期す必要がある」
更にローズが反弄しようとしたが、ラントが先に意見を言った。
「では、アルビンたちにも来てもらおう。エンシェントドラゴンが十体もいれば、天馬騎士たちも手を出しては来ないだろう」
「それであれば問題ありません」とキースも即座に認める。
神龍王アルビンを呼び出し、偵察に同行するように命じた。
「偵察か……暇つぶしにもならんが、まあいいだろう」
そう言いながらもラントと共に出撃できることが嬉しいのか、笑みが零れている。
偵察の準備をしていると、天魔女王アギーがやってきた。
「陛下御自ら偵察に行かれると伺いました。諜報官として
「八神王が二人か。そのまま敵を殲滅できそうだな」
ラントはそう言って笑う。
「俺だけでも人族の奴らを殲滅してやれるぞ。どうだ?」
アルビンが冗談とも本気とも取れることを言った。
「今回は偵察だけだ。人族を倒すだけなら簡単だが、私としては民たちを心服させたいと思っている。そのためには力押しだけではダメなんだ」
「残念だが、陛下がそう言うなら仕方あるまい」
アルビンも忠誠度が七十を超えており、“尊敬”状態となっている。そのため、ラントに対し乱暴な言葉遣いはするものの、以前のような反抗的な態度を取ることはなくなっていた。
準備が整ったところで、出発する。
ラントはローズに乗り、護衛としてアルビン率いるエンシェントドラゴン十体が付き従う。
他にもキースやエンシェントエルフのエレン、ハイオーガのラディら護衛もアークグリフォンたちに乗り、総勢二十名を超える大所帯になっていた。
ラントの質問に答えられるよう、元傭兵隊長の情報官、ダフ・ジェムソンがアークグリフォンのロバートに乗っている。
また、移動速度を考え、アギーはカティに乗ることになった。
「それでは出発する」というラントの合図で偵察隊は空に舞い上がっていく。
高度二百メートルほどのところで、ラントたちは水平飛行に切り替えるが、アルビンらエンシェントドラゴンたちは更に高度を取り、上空から守る形を取る。
天気も良く、五月ということで風にも暖かさがあった。
「戦争なんてやらずにのんびり旅にでも行きたい気分だ」
思わずそんな言葉が漏れる。
『それもいいわね。私が付き合ってあげるわよ』
ローズの念話がラントの頭の中に響く。
「ありがとう。だけど最低でも聖都を陥落させないと、そこまでの余裕はできないかな」
そんな他愛のない話をしていたが、直線距離で八十キロメートルほどしかなく、出発から一時間強でテスジャーザ上空に到着した。
ラントは周囲を見回し、「敵の姿はなさそうだな」と呟くと、ローズに念話を送る。
「町の中の様子を見たいから、高度を下げて速度を落としてほしい」
『分かったわ……キースにも伝えるわね』
「頼む」と伝える。
ラントから直接キースに念話を送ることもできるが、魔力が弱いため、距離が離れると通じないことがある。そのため、簡単な内容の場合はローズに任せることが多かった。
『キースがあまり高度を下げ過ぎるなと言ってきたけど、どうする?』
「念のため、矢や魔法が届かない百メートルほどで様子を見る。そう伝えてくれ」
『了解。全員に伝えるわね』
方針を伝えると、すぐに全員から了解の返事が戻ってきた。
ローズとアークグリフォン六騎は、高度を下げながらテスジャーザ上空をゆっくりと旋回していく。
その上空ではアルビンらが高度を保ったまま散開し、ラントたちを守る姿勢を見せていた。
ラントは望遠鏡を使って町の中を調べていく。
(人影はほとんどないな。住民を避難させて籠城体制を整えるなら、もう少し兵士が歩いていてもおかしくはないんだが……)
王国軍の兵士は城壁や塔の上で周囲を警戒しているが、町の中は閑散としており、決戦前の慌ただしさは全く見られなかった。ラントはそのことに疑問を持つが、どれだけ見て疑問は解消されなかった。
(住民の護衛にでも付いているのか?)
そう考え、西に向かう街道を確認することにした。
「街道に沿って西に向かってくれ。高度はこのままでいい」
『分かったわ』
軽快に翼を翻して西に向かう。
街道沿いを進むと、すぐにノロノロと進む住民たちの列が見えた。
(サードリンからナイダハレルの時みたいなことはないようだな。安心したよ……)
サードリンから住民が避難した際、歩けなくなった老人たちが見捨てられ、死体が多数あったことを思い出したのだ。
列の最後尾には住民たちを守るように、神聖ロセス王国の旗を持った兵士たち歩いている。
(王国軍の兵士がテスジャーザの町に少なかったのは避難民たちの護衛のためか……)
住民たちの列は見渡す限り続いていた。その中にはラントたちに気づいた者もおり、驚いて腰を抜かす者や慌てて走り出そうとしている者などで混乱が起きている。
更に街道沿いに進んでいくと、見慣れない旗を持った兵士の一団が規則正しく行軍している。
「ここで速度を落としてくれ。ダフに聞きたいことがある」
『分かったわ』とローズが言うと、ダフが乗るロバートに近づく。
「ロブ、ダフにあれがカダム連合軍で間違いないか聞いてくれ」
そう言ってロバートに伝言を頼む。ラントとダフの間では念話が使えないためだ。
『間違いないそうです。但し、実際にはエルギン共和国の傭兵だそうで、知っている傭兵隊の旗があったとのことです』
ラントは頷くと、更に偵察を続けるよう命じた。
(ざっと見た限り、王国軍のほとんどがいた感じだ。まあ、素人の僕が見ても正確な数は分からないけど、あとでロブたちに聞けばおおよそは分かるはずだ。ほとんどの軍を送り出したってことは、テスジャーザを放棄するつもりなんだろうか? それとも何か罠を張っているのかな?)
そんなことを考えていたが、住民たちの列が切れたため、五十キロほど進んだところで引き返す。
ナイダハレルに戻り、アルビンたちを含め、偵察に行った者たちを集めて会議を行った。
「兵士の数は五万人以上に見えたんだが、実際にはどの程度か分かる者はいるか?」
その問いにロバートが即座に答える。
「我々で確認した結果ではございますが、六万五千から七万人ではないかと」
「ほぼ全軍ということか……テスジャーザに兵士が少なかったのは護衛についていたから……辻褄は合うが、どうもしっくりこないな」
ラントが半ば独り言を呟くようにそう言うと、アルビンが発言する。
「数は合っているのだ。おかしなことではないだろう」
ラント自身、そう考えているが、どうしても腑に落ちない。
「そうなんだが、それならわざわざ防諜対策をする必要はない。何かを隠しているのか、それとも私がこうやって悩むことを期待しているのか……いずれにしても引っかかるんだ」
「悩む必要はなかろう。そもそも七万いようが、我らの敵ではないのだ。多少の罠など食い破ってやればよい」
アルビンはラントの悩みを一蹴する。
ラントはそこで周りの者たちも同じように思っていることに気づき、士気を下げないためにもアルビンの言葉に乗ることにした。
「確かにそうだな。我が軍の精鋭なら百万でも問題ない。念のため、住民たちの中に紛れ込んでいる諜報員に確認してみよう。アギー、王国軍に変わったところがないか、至急確認してくれ」
「承りましたわ」
翌五月十三日の夕方、諜報員からの報告が入った。
「兵士におかしなところはありませんでした。それどころか、住民たちにずいぶん気を遣っているようですわ」
「気を遣っている?」
「はい。年寄りや幼い子供がいる家族は馬車を使っているようなのです。その分、その家の男たちは軍の雑用をさせられているようですが」
「そうか。引き続き、おかしなことがあればすぐに連絡するよう頼む」
その後、ラントはテスジャーザへの進攻作戦について協議し、十四日に進軍することを決定した。
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