第3話「人事」

 ラントは人族に対する諜報活動について八つの種族の長、八神王たちに説明した後、国内体制の強化に話題を変えた。

 そして、エンシェントエルフの長、護樹女王エスクに説明を求める。


「待ってくれ。この話は既にエスクにはしてあるということか」


 古龍族の長、神龍王アルビンがそう言って話に割り込む。


「その通りだ。内政については、エスクから話を聞かなければ何も決められないからな。それがどうしたのだ?」


「我らにも相談があってしかるべきだと言いたいのだ。エスクだけを特別扱いにするのは納得がいかん」


 アルビンだけでなく、他の王たちも程度の差こそあれ不満を感じていた。

 ラントはこうなることをある程度予想しており、平然とした顔で答える。


「特別扱いというが、私は適材適所だと思っている。最も詳しい者に予め話を聞き、それを基に私が方針の叩き台を作る。そして、君たち八人と協議した上で決定する。これが私のやり方だが、何か問題があるか?」


 ラントの主張は正論であり、アルビンは言葉に詰まる。彼に代わり、妖魔族の長、天魔女王アギーが反論する。


「陛下に口答えすることは畏れ多いことですが、わたくしも彼女だけが特別扱いされることには反対ですわ」


 アギーは先ほどまでエスクに対して優越感を持っていたが、それを覆されたことが不満だった。


「アギー、君にもいろいろと話を聞かせてもらったはずだ。妖魔族の特性や暗黒魔法については数時間にわたって聞いている。エスクにも同じように内政について話を聞いた。それでも不満か?」


「私は先ほどの諜報活動についてすべてを聞いておりません。ですが、エスクは内政についてすべて聞いております」


「当然だ」とラントは言い切る。


 エスクを除く七人が目を見開く中、彼は何事もないかのように説明を始める。


「彼女は私がどうしたいのか、自分に何ができるのかを聞き、更に自分の意見を言ってきた。しかし、君を含め、他の七人は私の考えを誰も聞いてこなかったし、自分の意見も言わなかった」


「そ、そんな……」とアギーは呻くように呟く。


「帝国を運営していく上で、魔帝である私が全体方針を決裁することは仕方がないことだ。しかし、国家の運営は一人でできるものではない。最も信頼している君たち八人が自ら私を助けようと動いてくれなければ、いずれこの国はなくなってしまうだろう。そのことを彼女は感じ取り、私に意見を求め、自らも提案を行った。そして、それを基に二人で素案を作ったということだ」


「しかし、陛下のお考えに私たちは付いていけません」


 アギーがそう言って更に反論すると、ラントはあっさりとそれを認めた。


「そうだろうな。私の考えは元の世界の経験に基づいている……」


「ならば……」とアギーが言いかけたところで、ラントはそれを制して話を続ける。


「それはエスクも同じだったはずだ。だから今後は君たちも積極的に私に意見を言ってほしい。頼む」


 そう言って大きく頭を下げた。


「顔をお上げください!」とアギーが叫び、アルビンたちも焦った表情を浮かべている。


 ラントは帝国の弱点が前例主義、権威主義にあると考えていた。歴代の魔帝が決めたことを変えることなく続けていくことだけに終始しているように見えていたのだ。


 強力な独裁体制であったことが原因であり、仕方がない面があることはラントも理解しているが、これを変える必要があると思い、エスクを引き込んで芝居を打ったのだ。


「分かってくれたようだな。では、エスク、説明を頼む」


 エスクはそのやり取りを黙って聞いていたが、すぐに一枚の紙を取り出し、説明を始める。


「内政につきましては、陛下を補佐する宰相を置きます。宰相は陛下が外征でご不在の時に代理として帝国を取り仕切る重要な役職となります。宰相の下には財務、法務、外務、内務、農務、通商、国土開発、軍務の各局長を配します。但し、陛下のお考えにより、法整備が行われるまでは局長は置かず、陛下と宰相に取り仕切っていただくことになります……」


 八神王は誰が宰相になるのか興味津々という感じで聞いている。但し、温度差はあり、エルダードワーフの長、匠神王モールや、死霊族の長、魔導王オードは面倒な仕事をしたくないと考えている。


「次に陛下の直属として、世界樹の管理と祭祀を司り宮廷を取り仕切る聖樹官、魔法と魔道具の開発を行う魔導長、武具製造及び新技術の開発を行う創技長、諜報を取り仕切る諜報官が新設されます。魔導長は魔導研究所所長、創技長は帝国工廠長を兼務します」


 そこでエスクはラントを見る。

 ラントは小さく頷くと、他の七人に視線を向けた。


「ここまでが内政に関する体制だ。詳細は今後詰めていくことになるが、何か質問はあるか?」


 そこでアルビンが発言する。


「宰相の権限が大きい気がするが、誰に任せるつもりなのだ」


「宰相は魔帝に次ぐ帝国のナンバーツーだから権限は大きい。だが、先ほど説明した妖魔を使った連絡手段の他に、これから通信の魔道具を開発していけば、私が外征していても帝都とのやり取りは頻繁に行えるようになる。だから私が不在であってもそれほど権限が集中することはあるまい。まあ、私が殺されたら別だが」


「「「陛下!」」」とエスクと魔獣族の長、聖獣王ダラン、そして鬼人族の長、鬼神王ゴインが同時に咎めるように声を上げる。


「冗談だ。私も死にたいわけじゃない。で、誰を当てるかだが、それは後で説明する。まずは軍の体制について説明させてくれ」


 アルビンは不満を見せるが、自分が興味を持っている軍の体制ということで矛を収めた。


「では、軍の体制だが、これは私から説明しよう」


 そう言ってラントはエスクに目配せする。すぐにもう一枚の紙がテーブルの上に広げられた。


「軍の編成については、アルビンたちの意見を参考にして作ってみた」


 そう言いながらラントは紙の一部に指を指す。


「軍は目的別に二つに分ける。一つは主に国外で戦う外征軍だ。そしてもう一つは防衛に当たる防衛軍となる。外征軍は私が総司令官として直接指揮を執る。総司令官の下に飛行部隊、野戦部隊、攻城部隊、支援部隊を置く……」


 アルビン、ダラン、ゴイン、巨人族の長、巨神王タレットの四人は興味深く聞いている。


「飛行部隊は古龍族と魔獣族の飛行可能な者で構成し、その機動力を生かして戦場を支配する。野戦部隊は鬼人族と魔獣族の地上部隊で構成する。この部隊が最も数が多く、敵が決戦を仕掛けてきた時に正面から受け止めて駆逐してもらう。攻城部隊は巨人族と死霊族の魔術師に任せようと思っている。遠距離からの攻撃で城壁を破壊し城兵を蹂躙する……」


 そこでラントは言葉を切り、アルビンら四人を見る。


「まだ仮称だが、飛行部隊は“天翔兵団”、野戦部隊は“駆逐兵団”、攻城部隊は“轟雷兵団”と名付けようと思っている」


 そこでアルビンたちがほぅと息を吐き出す。


「支援部隊だが、工兵、輜重兵、衛生兵、伝令など外征軍の支援を任せることになる。防衛軍だが、これはその名の通り、帝国の領土を守る軍だ。帝都を始めとする各都市の防衛隊とネヴィス砦に国境守備隊を置く。防衛軍は私が不在の時は宰相が司令官となる」


 そこまで話したところでアルビンたちが早く人事を発表しろと目で訴える。


「では、人事を発表しようか。まず宰相からだ」


 ラントはダランに視線を向けた。


「私の代理が務まるのは聖獣王ダラン、君しかいないと思っている。内政と軍事の双方に精通し、常に冷静だ。書類仕事も苦手ではなさそうだし、ぜひとも引き受けてもらいたい」


 ダランは一瞬、目を見開くが、すぐに「謹んでお受けいたします」と答え、頭を下げる。


 先ほど権限が大きすぎると文句を言ったアルビンだが、帝国ナンバーツーという地位には魅力を感じたものの、面倒な書類仕事を敬遠し、文句を言うことはなかった。


 その後、聖樹官にエスク、魔導長にオード、創技長にモール、諜報官にアギーと順当な人事で、誰からも否定的な言葉は出なかった。


「では、外征軍だ。天翔兵団長は神龍王アルビンに任せたい。君以外には考えられなかった」


「御意。空のことなら我に任せておけ」


 アルビンは満足げに頷く。

 魔帝直属の強力な兵団長という地位と天翔兵団長という名に魅力を感じ、即座に機嫌よく了承したのだ。


 その後、ゴインが駆逐兵団長、タレットが轟雷兵団長となり、皆が満足げな表情を浮かべている。

 ラントはその様子を見て、心の中で安堵の息を吐き出していた。


(何とかなったみたいだ。兵団にそれらしい名前を付けてみて正解だったな。あとは宰相の下に長たちを入れなかったこともよかったようだ……)


 そして、もう一度全員を見ていく。


「意見がなければ、これで決めたいと思っている。もちろん、不都合があれば変えていくつもりだが……」


 そこまで言ったところで、モールが手を上げた。

 軍事にも内政にも興味がないモールが発言を求めるとは思っておらず、ラントは虚を突かれた。


「な、何か意見があるのか?」


「もう一つ絶対に必要な役職がある」


 ラントはすぐには思いつかず「何があるんだ?」と聞いた。


「酒の品質向上や新たな酒造りもやると陛下は約束した。ならば、そのための組織が必要だと思うんじゃ」


 そこでラントは昨夜行われた戦勝記念祭で話を思い出した。


(そう言えば、そんな話もしたな。だが、軍事や内政と酒造りを一緒にしてもいいのか?)


 そこでモールを見ると真剣な表情でラントを見ていた。その目は宰相を決める時よりも鋭く、ラントは背中に冷たいものが流れた。


(あの目を見れば分かる。ドワーフにとって酒は最重要課題だ。ここで対応を間違えば大変なことになる……)


 そこまで考えたところで、大きく頷いた。


「確かに抜けていたようだ。酒の製造、販売、保管に関する役職が必要だ。名前は何しようかな……」


 全く考えていなかったので時間を稼ぎながら必死に考える。


「そうだ! 典酒官というのではどうだ? 酒の品質を守ると規則を司るという意味だが」


 自動翻訳でどんな言葉になっているのか気になるが、それを隠して自信に満ちた表情を浮かべる。


「典酒官か……うむ。よい響きじゃ」とモールは満面の笑みを浮かべた。


 ラントは安堵の息を吐き出しそうになるが、真面目な表情を作る。


「では、典酒官はモールに任せる。もちろん、この役職も魔帝直属だ」


「任せてもらおう!」


 他の七人は呆れた顔をしているが、ドワーフなので仕方がないと諦めていた。

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