第23話「古龍」

 三百年ぶりに魔帝陛下が降臨されると聞き、俺アルビンは大きな期待を持つと共に、不安も感じていた。


 魔帝という存在は俺たちにとっては非常に大きなものだ。

 人族に押され続けている帝国にとって、最強の存在であり帝国の守護神である魔帝の存在はそれだけで希望につながるためだ。


 それでも不安を感じているのは先代の雷帝ブラックラ陛下のことがあったからだ。

 ブラックラ帝は初代グラント大帝、第五代ブラッド帝と並ぶ、強力な戦士であり、俺とダラン、タレットの三人で戦ったとしても歯が立たないほどだ。


 特にその異名の元となった雷術はブラックラ帝固有の能力で、数万ものいかづちを召喚し、十万人に及ぶ人族の軍、一瞬にして全滅させている。その力は神をも殺せるのではないかと思ったほどだ。


 しかし、ブラックラ帝は気まぐれで淫蕩、そして残忍だった。


 自らの臣民である帝国の者であっても、気に入れば人妻だろうが、自分の後宮に入れた。私の妻シャーロットや娘のローズも危うく奪われそうになった。さすがにいにしえの者の長である私の家族には手を出さなかったが、それでも二人を帝都から離している。


 残忍さはそれ以上に厄介だった。

 人族の国に攻め込み、兵士だけでなく女子供も平気で殺した。


 殺すだけなら、鮮血帝と呼ばれたブラッド帝の方が徹底していたが、ブラッド帝は帝国の存続のために人族を根絶やしにするという目的のためだったが、ブラックラ帝は自らが楽しむためだった。


 そのため、残虐な殺し方が多く、俺ですら目を背けている。

 仲が良いと評判の夫婦に暗黒魔法を掛けて殺し合いをさせ、生き残った方の魔法を解いて悲嘆にくれる姿を見るなど、吐き気を催すような行いを平気でやっていたのだ。


 だから、今回降臨する魔帝陛下が同じような人物であったらと不安があった。

 しかし、今回降臨されたラント陛下は別の意味で落胆した。


 これまで初代グラント大帝から先代ブラックラ帝までの八人は降臨された瞬間から敵わないと感じるほどの力を持っていた。


 だが、ラント陛下からは一切の力を感じず、本当に魔帝なのかと思ったほどだ。

 儀式を執り行ったエンシェントエルフのエスクが涙を流して喜んでいる姿を見なければ、間違えて召喚された別の存在だと思っただろう。


 最初の謁見で大きく失望した。あの自信のない姿は魔帝に相応しくなかった。そのため、思わず声を上げてしまった。


 これまでの魔帝降臨後の謁見でそんなことをしたことはなかったが、失望が怒りに代わり、自らを制御することができなかったのだ。


 しかし、翌日の謁見で大きく見方が変わった。

 前日までの自信のなさは影を潜め、俺たちにこれからの方針を自信満々に語っていった。それだけでなく、力が皆無であるにもかかわらず、邪神にすら挑むと宣言したのだ。


 その時は面白いと思い、思い付きで娘のローズを彼の下に送り込んだ。

 なぜ娘を送り込んだのか自分でもよく分からない。娘の目を通してラント陛下がどんな人物なのか知りたかったのかもしれない。


 最初は面白いと思っただけだが、戦場に向かうと困惑が大きくなった。

 ネヴィス砦で戦士たちに声を掛け、自ら敵国に入り偵察を行った。何がしたいのか全く理解できなかったし、更に勇者との一騎打ちをしないと言った時には怒りすら覚えたほどだ。


 戦うことができない輸送部隊を襲った理由を聞いたが、なるほどと思ったものの、完全には理解できなかった。


 しかし、勇者との戦いになった時、陛下が狙ったことがようやく分かった。

 勇者の焦りを利用して戦いを有利に進め、更に雑兵たちの不安を増大させることで戦意を落とし、その結果として圧倒的な勝利に導いた。


 鬼人族たちが追撃したが、これまでなら数十名単位で戦死者を出していただろう。しかし、今回は僅か二名しか戦死しておらず、その圧倒的な勝利に目を見張ったほどだ。


 その時思ったことは今までの魔帝とは全く違うが、我々にとっては最良の魔帝なのではないかということだった。

 それでも素直に認めることはできなかった。


 その後も驚きの連続だった。

 帝国は五千五百年続いているが、今まで人を育てるという意識がなかった。もちろん、戦士として鍛えてはいるが、指揮官として育てるという頭がなかったのだ。


 これまでは部族単位で戦っており、その必要がなかったことが大きい。

 我が古龍族も俺か妻が先頭に立つが、特に指揮ということを意識したことがなかった。


 先代までの魔帝からも“あの部隊を潰せ”とか、“あの城を焼け”などの命令はあったが、それは部族への命令であり、俺が率先してやれば、部族の者たちはそれに従う。そんな感じだったのだ。


 それがラント陛下の下では大きく変わることになる。

 と言っても未だにどうなるかは全く分かっていない。ただ面白くなることだけは間違いないだろう。


 初代グラント大帝以来、ようやく仕えるべき主と出会えたと秘かに思っている。秘かにというのは、本来なら陛下に言うべきだが、未だに言えないからだ。

 こういう時、自分の性格が恨めしくなる。


■■■


 私は青龍のローズ。古龍族の長、白龍のアルビンと、その妻、赤龍のシャーロットの一人娘だ。


 新たな魔帝陛下が降臨されると聞いて、私は溜息を吐いた。

 先代のブラックラ陛下ははっきり言って嫌いだったし、それ以前の方たちも好ましいと思う人はいなかった。


 そして、今回の陛下も最初に見た時、話は上手いけど“ほんとに魔帝なの?”と思っただけだった。


 最初の謁見の後、国境に向けて出発する前に陛下のところに行くように言われた。

 最初は父に呼ばれたのかと思ったけど、話を聞いて唖然とした。


 私に騎龍になれと言うのだ。

 馬鹿にされたと思った。

 龍がその背を許すのは生涯でただ一人。その一人をこの弱い男にしろと言うのだ。


 私は即座に断った。

 でも、この件に父が絡んでいると聞き、驚いた。父が魔帝と認めるはずはないと思っていたからだ。


 父が認めたと知り、ラント陛下に興味が湧いた。

 近くにいると、少しずつ分かってきた。とてもすごい人だということが。

 もちろん、どこがどう凄いかはよく分かっていない。


 ただ、みんなに「よくやってくれた」とか、「誇りに思う」と言っているだけなんだけど、みんなが本当に嬉しそうで、心から力になろうと思っていることはよく分かる。


 特に鬼人族は完全にあの人のとりこになった。

 ラディなんかはあの人が死ねと言ったら、その場で喜びの笑みを浮かべながら自害するんじゃないかってくらい。


 他にも魔獣族のグリフォンたちもあの人に惚れ込んだみたい。今までなら不満を言いそうな任務を喜んでやっているから。

 その点、古龍族はいつも通り孤高を守っているわ。


 私もそう。

 あの人に甘い顔なんて絶対に見せない。アギー様に鼻の下を伸ばすような人に甘い顔はできないわ。

 まあ、守ってあげるくらいはしてもいいかなと思ってはいるけど。


 そうは言っても、気になることは確か。

 父様も許してくれたから、あの人の側にいる。

 今はまだ背中を許す気はないけど、もう少し見たら許すような気がする。

 もっともこちらからそんなことを言う気はないけど。

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