第7話「士気高揚」
ラントが今後の方針と人族との関係について話をした。
以前の魔帝とは方針を変え、人族を滅ぼすことなく、脅威を取り除く方針と伝える。しかし、謁見の間に居並ぶ者たちはどうしたらいいのか分からず困惑の表情を浮かべていた。
そこで古龍族の長、エンシェントドラゴンのアルビンが我慢できなくなったのか、立ち上がった。
「人族を殲滅することなく、野望を打ち砕くというが、そのようなことが可能なのか? 奴らは餓狼のように執念深い。それに狡猾でもある。我らは何度も煮え湯を飲まされてきたのだ」
「無礼でしょう! 陛下にそのような口の利き方をするとは何を考えているのです!」
横に並んでいるエンシェントエルフのエスクが顔を上げ、睨み付けるようにして
ラントは片手を上げて「よい」と言い、全員に向かって話し始めた。
「まだ私の力を見せていない段階だ。侮るなという方が無理がある。私も言葉遣い程度でどうこう言うつもりはない。但し、私を侮るのなら、諸君らもそれ相応の力を見せてくれなければ困るがな」
そう言ってニヤリと笑う。
内心では冷や汗を掻いているが、余裕を見せなければと考えながら、アルビンに視線を向けた。
「先ほどの問いだが、確かに人とは傲慢で狡猾で執念深い生き物だ。それに彼らの信じる神も同じように狡猾だ……」
そこでアルビンだけでなく、多くの者が頷く。彼らは勇者に煮え湯を飲まされ続けたので、その言葉に思わず反応してしまったのだ。
「だから人と神の関係を断ち切る。その方法はこれから考えるが、邪神の支援を受けなくなれば、勇者という存在が消滅する。そうなれば、人族はただ数が多いだけの弱い種族になり下がるはずだ」
「しかし、邪神と人族の関係を断ち切ることが可能なのか?」
アルビンが疑問を口にする。
「言いたいことは分かる」とラントは言って肯定し、更に話を続けていく。
「私も今はその答えを持っていない」
アルビンがその言葉に反論しようとしたが、ラントは目でそれを制して更に続けていく。
「だが、相手のことを調べれば、何か方法があるはずだ。そもそも邪神とは何者なのか。いつから人族が信じ始めたのか。今現在、誰がそれを主導しているのか。この辺りを徹底的に調べれば、糸口くらいは見つかるだろう」
「見つからなかったらどうするのだ?」とアルビンが尋ねる。
「他の方法を探るだけだ。現在我が国には他国に関する情報がほとんどない。この状況では戦略を練ることなどできない。だから今言えることは情報を集め、それを分析し、その時点で最良の対策を立て、実行するというだけだ」
アルビンは完全に納得したわけではないが、聞きたいことを聞いたので再び跪く。それを見たラントは話を再開した。
「我が国の当面の目標は今まで通り国土の防衛だ。それに加え、今後の方針を決めるために人族に関する情報収集を行う。更に私の下で各部族の融和を更に図る」
融和という言葉で再び疑問を持つ者が増える。
「
そう言って用意しておいた細い糸を取り出す。
「この糸はごく普通のものだ。一本であれば、私のような非力な者でもこのように引きちぎることができる」
そう言ってブチンと糸を引きちぎる。
そして、更に糸を取り出し、束ねていく。
「しかし、これが五本、十本となれば容易には切れない。更に撚り合わせて太い綱にすれば、強力を誇る巨人族の戦士ですら容易には断ち切れないだろう。糸一本が我が国の国民であり、今は一本ずつがバラバラな状態だ。私はそれを撚り合わせ束ねるつもりでいる。こうすることでこの国は更に強く偉大な国家になることができる」
多くの者が納得したのか、小さく頷いている。
「撚り合わせるということは、諸君ら個人の想いと我が国の方針が同一になるということだ。今でもそうだと言いたいかもしれない。だが、よく考えてほしい。鬼人族の戦士が死闘を繰り広げている今この瞬間、他の部族の戦士はここ帝都やそれぞれの支配地域で手を拱いている」
この言葉でゴインが大きく頷いた。彼自身、自分の権限を侵されたくないと思いつつも、自分たちだけがいつも戦闘の矢面に立たされ、更に国境が突破された際に非難されることに不満を感じていたのだ。
ゴインに対して小さく頷くと、ラントは更に話を進めていく。
「私はこの国に目的にあった組織を作るつもりだ。国防に関しては国防軍を、内政に関しては財務、法務、商務などの役所を組織する。もちろん、現在の各部族のやり方を完全に否定する気はない。これほど多様な種族がいれば、画一的なやり方が通用しないことは容易に分かる」
そこでもう一度全員を見回した。
「しかし、我が国は八つの部族の連合国家ではない! 魔帝を頂点とした帝国なのだ!」
今までになく強い口調にアルビンを含め、全員が驚く。それに構わず、ラントは話を続けていく。
「部族への帰属意識を捨てろとは言わん! だが、神より与えられた崇高な目的を達成することこそが、最優先事項だ! 魔帝が不在であれば、合議による部族間の調整は必要だろう。だが、今は違う! 魔帝である、この私がいるのだ! 自らのプライド、こだわりを捨て、帝国のために力を合わせてほしい!」
一気にそこまで言い切る。そして、全員に強い視線を向けていく。
「陛下の仰せに従います!」と涙を流したエスクが叫ぶ。彼女は調整役として苦労しており、ラントの言葉に共感したのだ。
更に多くの者たちが彼女と同じように声を上げた。
その中には鬼人族のゴインもおり、ラントはウインドウにちらりと視線を送り、ゴインの忠誠度を確認する。
(少なくともゴインの忠誠度は上がっているな。いや、アルビンも僅かだが上がった。何とか上手くいったようだ……)
謁見の間に集められた者たちの忠誠度が上昇したのは、彼の演説に共感したこともあるが、魔帝という存在に対する渇望が大きい。
先代の魔帝が勇者に暗殺されてから約三百年。その間、人族側に押され続けていた。彼らは魔帝が降臨すればこの状況を改善できるという希望を持つことで人族の攻勢に耐えていたのだ。
力を持たないラントが魔帝と知り、最初は絶望した。しかし、その強い思いを聞き、新たな希望が芽生えた。これまでの魔帝とは全く違うが、自分たちを導いてくれると感じたのだ。
「今回の戦いが終わり次第、私は帝都において戴冠式を行う。その後、各部族の土地を回り、私の考えを直接伝えるつもりだ。だが、その前に勝利を完璧なものにしなければならない。この後、長たちは私の執務室に来てくれ。具体的な作戦について協議する」
その言葉で謁見が終わった。
ラントはゆっくりと立ち上がり、疲れた表情を隠しながら、入ってきた扉に向かった。
扉の外には執事服姿のキースが待っており、「お疲れさまでした」と言って、マントを外す。
ラントは王冠を外して手に持つと、執務室に向かって歩き始めた。
歩きながら長たちの忠誠度を確認する。
(軒並み上がっているな。アルビンはともかく、ゴインの忠誠度が五十を超えたのがありがたい。これで裏切られる可能性がかなり減った……しかし、僕のいい加減な話でこれほど忠誠度が上がるとは思っていなかった。最初はハードモードだと思ったけど、案外イージーモードなのかもしれない……)
ラントが疑問を持ったように長たちの忠誠度の上昇は異常なほど大きかった。
情報閲覧では確認できなかったが、そもそも長たちの初期忠誠度は歴代の魔帝より二十近く高い。
これはラントを召喚した神が彼に与えた特典であった。
(いや、ここで気を緩めるわけにはいかない。何と言ってもこれから戦場に向かわないといけないんだ。それも僕一人を殺しに来る奴らの前に出なくちゃいけない。勇者の能力がエスクの情報通りならいいんだけど……)
不安を抱えながらも表情に出すことなく、執務室に向かった。
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