第14話 女性の仕事を奪うってなあに その3
「つまり、ただでさえ少ない仕事を、多くの人が奪い合っている状況……働く側が、あまり自分で好みの仕事を選べない状況が大いにあるはずなんだよ。普通に考えればね」
「え……? そうなの?」
タケシ君はきょとんとしました。
「でも、その人たちはやりたいからアイドルや声優をやってるんじゃないの?」
「もちろん、基本的にはそうだ。でも、仕事の内容によっては『本当はやりたくないけれど、仕事だからやっている。これでしか働けないのだから、文句言わずやろう』と思ってやっている場合もけっこうある」
「え、そうなの?」
「そりゃそうさ。所属している事務所や、映画会社、アニメ会社、出版社の意向で黙っているしかない場合が多いだろうしね。まあ、こういう『大人の事情』はどんな仕事にもあることだけど」
「ん? どういうこと?」
「つまり……だね」
ここでパパ、またもや非常に言いにくそうな顔になりました。その顔を、指の長い大きな手でおおっています。
「ええと……あんまり『パパが教えてくれたよ』とか、具体的なことはママに言わないでほしいんだけど」
「わかったわかった。わかったから、はやく!」
遂にタケシ君、せきたてるような声を出してしまいます。
それでもパパは必要もない咳ばらいを何度かしました。
「んんっ……。だからね。男性向け、女性向け両方にあることだけど、いわゆる……エッチな関係の仕事ってあるだろう? 大人向けのさ」
「んえっ……?」
「つまり。声優さんだったら、たとえばエロゲーとか、R18のついたアニメ作品だとか、そういったものかな。俳優さんだったらアダルト関連の作品ってとこだろうか」
「うええ……」
タケシ君、ちょっとびっくりです。
いえ、でも実はちょっぴり知っています。なにしろ、友だちには年のはなれたお兄さんがいますからね!
その人はたまに「お前らガキには見られないもんをちょっとだけ見せてやる」なんて言って、裸の女の人が変な声を上げているビデオだの、萌え絵の美少女がなまめかしいかっこうをしてこっちを見つめているエッチなゲームだのの映像を見せてくることがあるからです。
「ええっと……」
タケシ君、ちょっと考えました。
「つまり、それは声優さんが、本当はやりたくないけどしかたなくやってる仕事なの?」
「いや、もちろん全員じゃないとは思うよ。そういう仕事がとても好きで、天職だと思って心から求めてやっている人もいるだろう。でも、ママに言わせるとそういう仕事を大喜びでする女性って、百人にひとりいるかいないかのレベルらしいんだよね」
「ふ、ふーん……??」
「さっきも言ったけど、仕事の数には限りがある。それに対して、声の仕事やイラストの仕事がしたいと思っている人はとても多い。……そうなると、どうなるかな?」
「えっと……仕事の取り合いになる?」
「そうだよね」
ちょっと考えればわかることです。
例えばクラスで、自分は図書委員がやりたかったけれど、そちらは人気なので仕方なくほかの委員をやる……みたいなことでしょうか。まあ、委員の仕事では別にエッチなことはしませんけれど。
「若い女性たちにとって、仕事とはいえ自分の体や声を使ってわざわざエッチな演技や絵を他人に提供するって……どういうことを意味するだろう。本来はそういうのは、恋人や結婚した相手にだけ聞かせたり、見せたりするものだよね。でもそれが商品になってしまうから、仕事として関わっているだけだ」
「あー……そりゃそうだよね」
「パパは男だから、そういう仕事をせざるをえない女性の気持ちを本当に理解できるわけじゃない。でも、男性にもいわゆる性風俗の仕事が存在するんだから、ある程度は想像できる」
「え、そんなのあるの……」
「うん、あるよ。というか日本には昔からそういう文化があって、店もあった。江戸時代の
「か、カゲマ……??」
「えっと。く、くわしいことは、ママにきいて……」
ゲフンゲフン、とパパの無意味な咳が激しくなりました。
「話を戻すね。つまり、全年齢向けの作品に出演できるなら、またそういう絵を描いていてちゃんとご飯が食べられるなら、そうする人のほうが圧倒的に多いだろう、ということなんだ。少なくとも、百人いれば九十九人まではそうじゃないだろうか。わざわざエッチなコンテンツに関わらなくても、全年齢向けの作品でやりがいのある仕事があって、ちゃんと生きていけるんなら──」
「あ、あー……」
なるほど。
だんだん、パパが言いたいことがわかってきたような気がします。
「実際、以前R18作品に出演していたとしても、ある程度実力がついて人気が出てきた人が、わざわざそちらへ戻ることはほぼないといっていい。そうなればある程度は仕事が選べるようになってくるからだろう。それがすべてを物語っているような気がするよ」
「な、なるほど……?」
そのあたりは、具体的にどんな作品があってどんな声優さんが関わっていたかを知らないので、タケシ君にはなんともいえませんが。
「で、ここでまた需要と供給の話にもどる。世の中にエッチなコンテンツがたくさんあるのはなぜだい?」
「えっと……。それを『欲しい』『見たい』っていう人がたくさんいる、から……?」
「その通り。まさに『需要』だね。その需要を生み出しているのはお客。つまり消費者側で、今回なら『裸リボンの絵』を擁護していた側の人たちだ」
「……あっ」
タケシ君、そこでハッと気づきました。
(もしかして、ぼくわかったかもしれない。パパが感じているモヤモヤポイント……!)
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